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空母翔鶴と加賀の未発表写真

1ものろーぐ:2023/07/22(土) 16:03:53
本当に久しぶりに投稿いたします。
発売されたばかりの「世界の艦船」の軍艦1000隻?特集号に、
なんと、昭和18年撮影の空母翔鶴の比較的鮮明な空撮写真が掲載されております。
以前ここで論議された損傷修理後の後部の飛行甲板ですが、
残念ながら、白く飛んでいるので私には良く分かりません。
ただ、翔鶴型の左舷の詳細が良く分かる大変貴重な一葉です。場所はトラック島のようです。

それと、昭和16年に桜島をバックにした、真珠湾攻撃直前の加賀の写真も載っております。
話題の艦首支柱が3本かどうかは、私には判断出来ません。
副砲の数がハッキリしました。4門です。
(私は加賀はそれほど詳しくないので、よくわかりませんが)

とりあえずお知らせまで。
分厚く高価な一冊なので購入するのは戸惑います。
ご覧になられた方は、どう読み取るのか気になります。

2ものろーぐ:2023/07/22(土) 18:59:17
こんにちは。上記を投稿したものろーぐです。
再確認したところ、書籍名に誤りがありました。
世界の艦船増刊「日本軍艦史」でした。

翔鶴の写真はちょうど、有名なタウイタウイの大鳳のような俯瞰で、
飛行甲板も全部見えているのですが、陽光に照らされているのか、
真っ白なので白線も鉄甲板との境界線もはっきりしません。
左舷のディテールが解るすごく良いアングルなので残念です。

加賀ですが、良く見ると艦首の支柱は3本に見えるような感じです。
これで確認されれば、支柱3本化工事は真珠湾前になされたことになります。
貴重な発見です。

追記しました。詳しい方のご考証の助けとなれば。

3龍門:2023/07/22(土) 23:52:05
こんばんはものろーぐさん、大変ご無沙汰しております。

日本海軍艦艇の考証は。今現在ウェブサイト及び掲示板がこのような状態なものですので、ほとんど中断したままでいます。
大変申し訳ありません。
僕にかまわず気にせず、艦艇の考証をどんどんお書き下さい。

さて、世界の艦船増刊「日本軍艦史」は持っていないんですよね。
残念、手元にあればすぐに見るのですが・・・。

>翔鶴の写真はちょうど、有名なタウイタウイの大鳳のような俯瞰で、
>飛行甲板も全部見えているのですが、陽光に照らされているのか、
>真っ白なので白線も鉄甲板との境界線もはっきりしません。

ますます見たくなりますね〜。
そのうち書泉にでも行ってみますか・・・。

4龍門:2023/07/23(日) 00:02:35
艦艇の考証といえば・・・。

つい最近「瑞鶴」のニュースフィルムをたまたまYouTubeで見たのですが、昭和17年7月に「瑞鶴」飛行甲板上で5航戦司令官原忠一少将の退艦挨拶が出て来ました。
ヴァンガード工場で考証が盛んだったころ、この時の模様から、艦橋構造が明確になり「翔鶴」との差異が明確になりました。
また艦橋の上に置かれた高射装置の通常時の向きも明らかになったりしました。
とても懐かしかったですね。

あの頃から、考証はあまり進捗していないような気もしますが、どうなんでしょうか。
最近は新しい発見とかあったのでしょうか・・・。

5ものろーぐ:2023/07/29(土) 17:16:46
龍門さま

8月16日発売予定にて潮書房の雑誌「丸」別冊にて翔鶴・瑞鶴特集が組まれます。
そこでこの写真について触れられれば良いのですが。

ご存知かもしれませんが、モデルアート2023年6月号の特集の
「翔鶴型航空母艦」にて翔鶴のマスト上の拡声器について言及があり、
珊瑚海海戦の被弾で信号マストを被弾した時に拡声器が脱落したのでは?
と言う説が述べられております。
そして、昭和18年夏の翔鶴は白線マーキングを一切施していなかったらしく、
その時の状態と写真と一致しますので、初めから消去していた可能性があるらしいです。

以上モデルーアート2023年6月号P20〜29
考証・航空母艦「翔鶴」「瑞鶴」の相違点と年次変遷 文:藤田高史様 による。

6龍門:2023/07/30(日) 13:33:15
こんにちはものろーぐさん。
モデルアート2023年6月号の「翔鶴型航空母艦」特集の記事内容のご紹介、ありがとうございます。


>翔鶴のマスト上の拡声器について言及があり、
>珊瑚海海戦の被弾で信号マストを被弾した時に拡声器が脱落した
>昭和18年夏の翔鶴は白線マーキングを一切施していなかった

なるほど、珊瑚海海戦での被弾によって拡声器が脱落したというのは面白いですね。
実際そうだったのかもしれません。

最近は本屋に行く頻度も減りまして、まだこの特集は読んでいませんでした。
涼しくなったら秋葉原の書泉にでも行って、見てみます。

7龍門:2023/07/31(月) 20:28:57
こんばんはものろーぐさん。

本日月曜日に、所用で外出せざるを得ませんでしたので、その機会を逃さずアキバの書泉に寄って来ました。
猛暑で今日もクソ暑かったですが、書泉ブックタワーは冷房が行き届いていましたので、本を漁るのには意外にも快適でした。

さて、海人社「日本軍艦史」の例の写真をようやく見て来ました。
さすがに6800円は痛いので、買わずに立ち読みだけしましたが(苦笑)。

まず、「加賀」の6本支柱の写真ですが、これは昔見た記憶がありました。
()たぶんこの写真だろうと思っていましたが、まさにその写真でした。)
しかしこの写真だけでは6本か否かは、確実には断定出来ませんね。
もう1枚でも別アングルからの同じような写真があるといいのですが・・・。

8龍門:2023/07/31(月) 20:39:42
ふたたびものろーぐさん。

ご指摘いただいた「翔鶴」の上空写真ですが、初めて見ました!
素晴らしい写真ですね、思わず立ち読みしながら少々感動してしまいました。

飛行甲板がハレーションを起こしてしまい、白っぽくのっぺりとしか写っていないのが至極残念です。
これがもし鉄甲板との境界とか飛行甲板上に線引きされた白線のラインとか分かれば、一大センセーションを巻き起こしただろうにと思います。

撮影が昭和18年なので、船体前後の増加機銃とかがハッキリしています。
また個人的にツボったのは、艦橋直上電探の通常待機位置が船体前後方向に平行して位置するスタンダードな配置だったのが納得です。
模型では、この電探は船体前後方向と直角に位置する作品(作例)が多いものですから。

9紀州の古鯰:2023/08/03(木) 17:24:48
龍門さん、ものろーぐさん、こんにちは。
紀州の古鯰です。
こちらのスレでも翔鶴が話題なっていますね。
私も翔鶴の発掘写真を興味深く観察しました。まだまだこんな写真が出てくるんですね。だけど、個人蔵でしたら世代交代の際に処分されてしまうことがあるようなので、サルベージの方法が講じられないでしょうか。

>また個人的にツボったのは、艦橋直上電探の通常待機位置が船体前後方向に平行して位置するスタンダードな配置だったのが納得です。
翔鶴型艦橋頂部の94式高射装置は左舷高角砲の管制用なので、左舷に向けておくのが定位置であることは理解できますが、電探はどうだったのでしょうね。アンテナ面を艦首方向に向けた(つまりアンテナの指向性が艦首に向いている)写真もありますので、どちらが定位置だったのでしょうか。

10ものろーぐ:2023/08/03(木) 22:04:59
龍門さん 紀州の古鯰さん こんばんは。
再びお邪魔いたします。

あれから気になって、モデルアート社の翔鶴型特集をもう1回読み返しました。例の藤田高史氏の考察ですが、この翔鶴の写真は以前「丸エキストラ戦史と旅Vol.33」という本に
掲載されていたようで、本文中に「(前略)トラック島沖で昭和18年8月に撮影された写真では、飛行甲板の白線を消去し、一切白線が確認できない「翔鶴」が確認できます(後略)」とあり、
世界の艦船誌の当該の写真の特徴と合致いたします。

更に、こちらの旧掲示板でしたっけ?白線の施していない翔鶴の映像があるとのこと(映画「雷撃隊出動」の1シーンですよね)
藤田氏もその件について、この時期の、マーキングのない翔鶴の映像を映画に使ったのではないか?と言及しております
(甲板が白飛びしているだけで、本当にマーキングが無いとまでは断定できないと思いますが)
今の技術でこの写真を解析出来るのならば、損傷修理後の飛行甲板の状態を是非知りたいです。

被害担当艦であった翔鶴は、珊瑚海と南太平洋で2度も瀕死の損傷を受けて、
それでも不死鳥の如く蘇り、その傷だらけの闘いの記録が残っているせいか、
幸運だった瑞鶴よりも個人的に想いが深いです。

米軍は翔鶴クラスは3隻あると思っていたらしいですね。
珊瑚海で絶対沈んだと思っていたのに、まだ2隻残っているからきっと勘違いしたのでしょう。
いつか翔鶴のモデルを作ろうと思いますが、やはり南太平洋海戦時がいいかな。
昭和19年頃の翔鶴型は、悲しい晩年期なのでとても作る気になりません。

11龍門:2023/08/04(金) 21:56:59
こんばんは紀州の古鯰さん。

久しぶりに「翔鶴」型の考証の話題が続いていまして、嬉しい限りです(^^)/。

高射装置そのものは高角砲と連動しますので、おっしゃるように定位置そのものは理解出来ますよね。
電探に関しては360度全方向なので、特に決まった定位置は定めていなかったような気もします。
となると、進行方向正面とか左舷方向とか分かりやすい位置が慣例となった可能性も無きにしも非ず、というところでしょうか。

12龍門:2023/08/04(金) 22:09:12
こんばんはものろーぐさん。

僕の考えでは、この昭和18年の写真は甲板がハレーションを起こして、判別不可能なのではないかと思います。
特に白線を除去していたのではなく(そうかもしれませんが)、写らなかったのでは・・・。
「雷撃隊出動」で写っている「瑞鶴」は迷彩仕様のものですから、白線は描かれなかったのでしょう。
しかしこの事例が昭和18年の写真にも適用出来るとは、僕には考えづらいですね。

「翔鶴」「瑞鶴」ともに、戦前の我が国国力を代表する素晴らしい航空母艦だと思いますね。
両艦とも奮闘空しく撃沈されてしまったのは惜しくもあり残念ですが、もしも生き残ったとしても「長門」のように核実験に供与されるのがオチだったでしょうから、力の限り勇戦奮闘して散ってしまうのもまたむべなる哉と思います。


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