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「俳句ダービー」?
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ミタンニのフルリ語
http://www.lingua.tsukuba.ac.jp/ippan/JGL/2004/2004-Ninomiya.pdf
「フリ人が確実にいたと推察される地域は、ミタンニ、ヌジ、
アララハ、ウガリット、カトゥナである。」
同サイトによると、この時代の共通語はアッカド語で、
アッカドはヒクソス勢力の言語と推定したが、
ミタンニがイナンナ派、ミトラ教、穢貊に繋がるので、
フルリ語使用者は、シュメール勢力の可能性と仮定できる。
調べてみたい。
以下のサイトによると、
http://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/53-2-285.pdf
ヌジは、イラクのキルクークにある青銅器遺跡。
アラプハという小国の都市。
大半がフルリ人。
「フルリ人はヒッタイトの歴史でも大きな役割を果たした。」
「現在知られている彼らの根拠地はスバル(Subar)の地であり、
ハブール川流域や後には北メソポタミアと歴史的シリアのいたるところで小国を形成した。」
ハブール川はユーフラテス河の支流、北シリア。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1997Expedition/03/030400.html
「ハブール川流域のテル・カシュカショクの発掘権を得た。この遺跡も四つのテルからなる遺跡群であり、われわれが掘ったのは二号丘と名づけた舌状の部分である(一九八七、八八年)[挿図5]。ここでは、土器新石器時代に集落が営まれていたが、ウバイド期からウルク期に至ると一号丘の住民の墓地とされた。」
カシュカショク遺跡はウバイド期に当たるようだ。
「知られている限り最初のフルリ人の王国は紀元前3千年紀の終わりに
ウルケシュ市の周辺に登場した。」
「紀元前25世紀頃から記録に登場する。」
「ウバイド文明は、ザグロス高原北西部付近に文化的根拠地」
ウバイド人は文字を持たない先−言語学的シュメール人。
そこへペルシア湾からエンメルとウバル(伏儀の一派)が現れて文字をもたらした。
ウガリットにもフルリ人がいて、後のミタンニの主勢力のフルリ人は、
北シリアなどフェニキアとの繋がりも仮定できる。
ミタンニが穢貊に繋がり、百越に繋がるのなら、
東の海洋民族との繋がりも仮定できる。
地図は以下のサイトから、ハブール川。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1997Expedition/03/030600.html
https://img.shitaraba.net/migrate1/6556.shugyo/0002349.jpg
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