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「俳句ダービー」?

59:2006/11/06(月) 18:54:24
ソンツェンガンボ→聖徳太子
以下、ウィキペディア+私見

面白いので、以下のサイトから殆ど抜粋。続き。

http://murashita.que.jp/asu4.htm
かっかっか。「創り出された」聖徳太子像にはもう勘弁して欲しいってのあるんだよね。
でもね、畿内の勢力は何もやってなかったって言ってるんじゃないんだよ。
裴世清は九州王朝を訪問した後に畿内にも行ったって考えたいんだな。
それについては知られている通りだと思うのよ。
ただ「日出づる処〜」を書いたのは聖徳太子でも無いし畿内政権の誰でも無いと。

じゃ十七条憲法とか冠位十二階なんかはどうなるんです?

十七条憲法って「憲法」なんて大げさな名前が付いてるけど「和を以て貴とし」
だからねぇ。基本的に十七条憲法は「仏教をあつく信じてお上にはさからいなさんな」
って主張なんだけど大したものじゃないよ。

ですかねぇ。それまではそういうものすらなかったわけで内容云々はともかくとも
評価されるべきものじゃないのかな〜って思いますけどねぇ。

んじゃ内容はそれでもいいとしましょう。では文中第12条に「国司」、
4,8,14条に「群卿百寮」って語句があるんだけど、「国司」の名称が
使われるようになったのは大宝律令後で「群卿百寮」って語句が合致するのは
天武朝以後であるってあたりについてはどう説明しましょうかねぇ。

なんか意地悪ですね。

奈良時代の「明一伝」だとか「七代記」あたりの聖徳太子の資料にも
一切この十七条憲法の記述が見えないのはどう考えても「日本書紀」
の創作と思わざるを得ない。

この時期のチベットに「十六条憲法」が制定されたって事実があんのよ。

ソンツェンガンボ王によって制定されていますね。かなり仏教に熱心な国王
だったようです。それ以前でもインドでアソカ王が似たようなものを出してますね。

仏教に熱心なところではそういうことをやってんのよね。
で、このソンツェンガンボは「観音菩薩」の化身なんだってさ。

たしか聖徳太子って・・・

聖徳太子は「如意輪観音」の化身だよねぇ。似てるよねぇ。

またまた含みますねぇ。

冠位十二階についても推古天皇に冠位が無いのはいいさ、与える方だもんね。
でも聖徳太子にも無いんだなー。おかしくない?

聖徳太子も与える方だったとか。

百歩譲って聖徳太子も与える側だったとしましょう。さて、そこでもう一つ、
実は蘇我馬子にも無かったんだなー。どうしましょうねぇ。
馬子も与える側だったとしましょうかねぇ。

言いますねぇ。

馬子が与える側だったとすれば冠位十二階の制定に馬子もかなり関わっていたって
見るべきよねぇ。でね、この冠位十二階って当時の百済の冠位と似てるのよ。
百済系渡来人と非常に近かった蘇我氏が関わってないって思う方が無理があるって
感じなんだな。冠位十二階は聖徳太子が作ったってよか蘇我氏中心でできあがった
って説を村下としては支持したいと。

まぁ「聖徳太子」って名前は後世の作なのははっきりしてるんだけどね。
でも厩戸しかり、豊聡耳皇子しかり、なんか作為を感じてしまうんだねぇ。

厩戸とくればキリストでしょうか?でもそんな昔にキリスト教の事が
わかっていたのかなー?ザビエルが来たのって戦国時代ですよー。

ちょうど「記紀」の編纂された頃って言うのは遣唐使が唐の文化を持ち帰っていた
時期なんだよね。当時の唐は世界文化の一大博覧会的な土地だったんだよ。
中国では景教って呼んでたんだけどネストリウス派キリスト教はしっかりと
入ってきてたんだな、これが。




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