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「俳句ダービー」?

57:2006/11/06(月) 18:17:20
グプタ以降のインド、概観
吐蕃がわかりにくいので、
南のインドの諸王朝を調べて、インドとチベットの繋がりを追いたい。

以下、ウィキペディア+私見

グプタ朝
第4代クマーラグプタ1世(位415年頃〜455年)の治世は、
玄奘や義浄も学ぶことになるナーランダー僧院が設立されたことで知られるが、
遊牧民エフタルの侵入によって衰退。
その後は分裂し550年に滅亡。

マウカリ朝 6世紀半ば〜7世紀初め ヒンドゥー王朝

ヴァルダナ朝(606〜647)

ヒンドゥー教(仏教保護もあり)

マイトラカ朝  5世紀末〜8世紀中頃
サウラーシュトラ地方を支配した古代インド王朝。
首都名にちなんで「ヴァラビー朝」とも。
ヒンドゥー教シヴァ信仰が中心だが、
首都ヴァラビーは仏教・ジャイナ教の中心地でもあった。

チャールキヤ朝は、
ササン朝ペルシャのホスロー2世との間に使節や贈物の交換。
ヒンドゥー寺院を建設した。

イラン系と組んだヒンドゥー系と推定。

パラヴァ朝は、タミル系王朝である。

パーンディヤ朝は、ヒンドゥー系だが、
プトレマイオス朝エジプトと交易関係があって、
プトレマイオス朝滅亡後はエジプトを経由してローマと通交があった。

パーンディヤ朝はマナセと組んだバラモン王朝と仮定。

チョーラ朝はタミル系のヒンドゥー王朝。
パッラヴァ朝の封臣であったヴィジャヤラーヤが起こした。

地図は以下のサイトから。
http://www.ne.jp/asahi/chronicles/map/eurasia6C.htm

https://img.shitaraba.net/migrate1/6556.shugyo/0002399.jpg




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