レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
「俳句ダービー」?
-
グプタ以降のインド、概観
吐蕃がわかりにくいので、
南のインドの諸王朝を調べて、インドとチベットの繋がりを追いたい。
以下、ウィキペディア+私見
グプタ朝
第4代クマーラグプタ1世(位415年頃〜455年)の治世は、
玄奘や義浄も学ぶことになるナーランダー僧院が設立されたことで知られるが、
遊牧民エフタルの侵入によって衰退。
その後は分裂し550年に滅亡。
マウカリ朝 6世紀半ば〜7世紀初め ヒンドゥー王朝
ヴァルダナ朝(606〜647)
↓
ヒンドゥー教(仏教保護もあり)
マイトラカ朝 5世紀末〜8世紀中頃
サウラーシュトラ地方を支配した古代インド王朝。
首都名にちなんで「ヴァラビー朝」とも。
ヒンドゥー教シヴァ信仰が中心だが、
首都ヴァラビーは仏教・ジャイナ教の中心地でもあった。
チャールキヤ朝は、
ササン朝ペルシャのホスロー2世との間に使節や贈物の交換。
ヒンドゥー寺院を建設した。
↓
イラン系と組んだヒンドゥー系と推定。
パラヴァ朝は、タミル系王朝である。
パーンディヤ朝は、ヒンドゥー系だが、
プトレマイオス朝エジプトと交易関係があって、
プトレマイオス朝滅亡後はエジプトを経由してローマと通交があった。
↓
パーンディヤ朝はマナセと組んだバラモン王朝と仮定。
チョーラ朝はタミル系のヒンドゥー王朝。
パッラヴァ朝の封臣であったヴィジャヤラーヤが起こした。
地図は以下のサイトから。
http://www.ne.jp/asahi/chronicles/map/eurasia6C.htm
https://img.shitaraba.net/migrate1/6556.shugyo/0002399.jpg
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板