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「俳句ダービー」?
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南ユダのキリスト教派と、ヒクソスは、坊ちゃんイエスの擁立で手を組んだか?
以下、ウィキペディアから抜粋+私見
325年 - キリスト教徒間の教義論争を解決するために初の公会議である第1ニカイア公会議を開催、アリウス派を異端と決定し、皇帝がキリスト教の教義決定に介入する嚆矢となった。
アリウス派
アレキサンドリアの司祭、アレイオス(アリウス、250年頃 - 336年頃)の教説を信奉する古代キリスト教の一派である。 正統信仰の三位一体説ではない説を唱えたため、異端とされた。
三位一体
カトリック・東方正教会・プロテスタント等のキリスト教主流派の中心的な教義の1つ。
4世紀に確立された。
「父なる神」
「ロゴス (λογος) である子なるイエス・キリスト」
「使徒などに下された聖霊」の3つ
三者はそれぞれ独立の相をなしつつ、一体として働き、本質において同一である。
これは西方神学における三位一体理解の基礎となる。
上記のように現キリスト教の主流派は三位一体を教義としている。しかしこの教義はキリスト教の教義が確立するなかで形成されたものであり、最初期から明確に教義として保持されていたものではない。
第1回ニケーア公会議(ニケア公会議)
キリスト教が広がる過程で、教理解釈のさまざまな異論が生まれていった。4世紀初め頃、アレイオスによって説かれた「御子は御父と同一の実体ではなく (έτεροούσιος) 神性を持たない」と考えるアリウス派が、当時は神学において首位を担っていたアレクサンドリア学派と激しく対立した。教理の混乱に収拾がつかず社会問題にまで発展したため、ローマ帝国皇帝は公会議を召集、325年第1回ニケーア公会議(ニケア公会議)において、アレクサンドレイア教会の助祭アタナシウスらの論駁により、アリウス派側が異端として敗北した。アタナシウスはさらに書簡などの中で、聖霊が御父と同一の実体 (同本質: όμοούσιος) とすることを説いた。後、彼はアレクサンドリア教会の総大主教に叙階され、三位一体の教理の創始者の第一人者となった。
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アリウス派が異端として排除されたのは、
「御子は御父と同一の実体ではなく (έτεροούσιος) 神性を持たない」
伏儀を重視して、イエスを認めなかったからか?
イエスは十字架(伏儀)に、引っ掛けられている坊ちゃんだから、
こういう考えも普通に起こると思うのですが、
母マリアとしては子イエスを偉くしたいし、
ヒクソスとしては、伏儀よりも、無害なイエスを好むので、
ベニヤミン−ヒクソス連合のキリスト教カトリックが作られた。
アリウス派は、ゲルマン人のヴァンダル王国・東ゴート王国などでは強い勢力を持ち、
これらの諸王国では正統とされたアタナシウス派が迫害されるほどであった。
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ゲルマンはインダス・イランに近く、ミトラ教と近く、
ミトラ=伏儀なので、イエスを重視しないアリウス派を受容。
精霊は、真理や根本的に良い力そのもの、として理解しておく。
フィリオクェ問題
第1回コンスタンティノポリス公会議で定められた、
ニカイア・コンスタンティノポリス信条の原文では、
「聖霊は父なる神から発する」としていた。
ローマ・カトリック側がそのラテン語訳に9世紀になって一方的に「子からも(発する)(Filioque フィリオクェ)」と付け加え、これを正文であると主張したためにコンスタンティノポリス教会側が反発した。
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「キリスト教の神学上最大の論争のひとつ」は、
父(伏儀)が偉くて、ミトラ−東方正教会ではまだ、
精霊は伏儀から発するものとされていたが、
ローマ・カトリック(これはヒクソスか?ベニヤミンか?未決)が、
子供(イエス)からも精霊が発することに変更したこと。
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伏儀だけが偉いか?坊ちゃんのイエスも偉いことにするか?という対立。
ローマ・カトリック教会と東方正教会の分離、
いわゆる大シスマ(東西分裂)の主要なきっかけとなった。
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東方正教会は民族的にもミトラ教に近いキリスト教で、伏儀重視。
現在でも東方正教会では、
「聖霊は父からのみ発出し、子を通して派遣される」としている。
ここに教会と皇帝がどのように絡むかは、ゆっくり調べたい。
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