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「俳句ダービー」?
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ネロのキリスト教迫害は、当時のローマでは異常ではないらしいが、元老院が「国家の敵」宣告。6月6日に自殺。666話。匂う。
以下、ウィキペディアから抜粋+私見
ティベリウス、紀元前42年- 37年
アウグストゥスの養子。
ゲルマニアに対しては、ライン川、ドナウ川に防衛線を確立。
パルティアに対しては、アルメニアに梃入れし当方を安定させた。
カプリ島に隠遁して元老院を通過しない政治を行なったため、
評判は良くない。
重用されたセイヤヌスはユニウス派?エトルリア派?詳しく追わない。棚上げ。
カリグラ、37年 - 41年
ティベリウスは恐怖政治と共に緊縮財政を行なっていたが、
元老院派のカリグラは、ばら撒き財政、減税、剣闘士試合の復活など、
市民や元老院に阿ったが、やがて財政が破綻し、
人心が離れ近衛軍団に暗殺され、叔父が後を継いだ。
クラウディウス、紀元前10- 54年
近衛軍団に担がれる形で皇帝に就任した。
以降、軍事力がローマ皇帝を決定する最初の例となり、
元老院の力が弱くなった。
先代のカリグラが崩壊させた財政を立て直し、
ブリタニア南部を制圧。
ローマを世界帝国にし、官僚制を発達させ、
元老院の力を削ぐが、妻の小アグリッピナに暗殺される。
ネロ、37年- 68年
小アグリッピナの子。
初期は名君とされたが、
55年のブリタンニクス、59年に実母小アグリッピナ、
62年に妻オクタウィア、65年にセネカを殺害。
加えて64年に発生したローマ大火の犯人としてキリスト教徒を迫害し、
後世に暴君とされた。
キリスト教を迫害したため、現在でも評価は低いが、
当時はローマ伝統の多神教と対立するキリスト教を嫌うものも多く、
ネロがキリスト教とその信徒を、
「人類全体に対する罪」とした事については、
タキトゥスを始めとする歴史家も、ネロに近い見解をとった。
この時代のキリスト教は興味深い課題だが、
棚上げしておく。
初代、アウグストゥスからネロまでの5人の皇帝を、
ユリウス・クラウディウス家と呼ぶ。
ネロが元老院によって「国家の敵」とされ自殺したことで、
カエサルの流れ、
ユリウス家−クラディウス家は約100年の歴史に幕を閉じた。
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