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「俳句ダービー」?
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ヴェーダにも濃い伏儀の痕跡
以下、ウィキペディア+私見
サンヒター(本集)
(ヴェーダの)中心的な部分で、マントラにより構成される。
リグ・ヴェーダ
ホートリ祭官に所属。神々の讃歌。インド・イラン共通時代にまで遡る古い神話を収録。
アタルヴァ・ヴェーダ
ブラフマン祭官に所属。呪文集。他の三つに比べて成立が新しい。後になってヴェーダとして加えられた。
「アタルヴァ・ヴェーダ(Atharva-Veda)は主にバラモン教の呪術的な儀式のしきたりが記されているものである。4ヴェーダ本集のひとつ。古い部分は紀元前1500年ころには成立し、時代とともに書き加えられていったと考えられる。当初は、ヴェーダとして認められていなかったが、紀元前500年ころから徐々に認められるようになり、現在では4ヴェーダのひとつと称されるようになった。たとえば、古い仏典でヴェーダといえば「3ヴェーダ(リグ・サーマ・ヤジュル)」のことで、アタルヴァ・ヴェーダは含まれていないことが多い。また、仏典には「わが徒は、アタルヴァ・ヴェーダの呪法と夢占いと相の占いと星占いとを行ってはならない。」(スッタニパータ)とかかれている。」
「紀元前13世紀頃、アーリア人がインドに侵入し、インダス文明などを構成した
先住民族であるドラヴィダ人を支配する過程でバラモン教が形作られたとされる」
ので、バラモン教には階級固定の狙いが強いのだろうが、
釈迦はバラモンと距離を置いたと理解できる。
まずインダス文明に連なるリグ・ヴェーダがあった。
↓
次に征服者のアーリア人が階級支配の正当化のために、
アタルヴァ・ヴェーダを付け加えた。
↓
バラモン教と対立する仏教が広まった。
↓
仏教に対して、バラモンはヒンドゥー教を作った。
↓
ヒンドゥー教は現在でも盛んで、
同じヒクソスだからか、イスラエルの10氏族も、
ヒンドゥーにはそれほど入りこんでいないように見える。
その代わりに、反バラモン的な釈迦を勝手に仏像化して、思想的に殺した。
バラモンにとって「カースト制度の維持」が何よりの課題だったから、
土着勢力を諭すために、ヴェーダを使用したのだろう。
私は土着思想に興味がないが、
エフライム族が記紀で、列島の歴史に自分たちを繋げる過程をみても、
支配には土着信仰の取り込みが有効。
(関係のない人同士を、勝手に関係あるように捏造するのは、よくある手口)
(私もこの手の詐欺から自分を守らないといけないのです。)
(かわいこちゃん好きは事実なので、捏造ではないです。)
メソポタミア、中華とは別系統の、
インダス・エジプト系シュメールの思考は、
インダス→ミタンニ→アマルナ→エルサレム、などの路線で、
ミトラ教、ユダヤ教、原始キリスト教に繋がった。
大雑把だが、このように仮定しておく。
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