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「俳句ダービー」?
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三菱による戦前の拡張政策促進と東条の繋がり。
下で、三菱こそフリーメーソンの牙城だ!から再度引用するが、
軍部の拡張路線には実は三菱がいたのではないか?という論。
そうすると東条など強硬派と三菱が繋がり、
山縣−三菱と伊藤−三井の勢力争いとして、
明治維新以降、太平洋戦争までを理解できるのではないだろうか?
既に見たように三井は藤原氏で、マナセ族の可能性があり、
三菱にも東条−岸に繋がる自由民主党からエフライムの可能性が、
可能性としては仮定できる。
自由民主党のシンボルマーク「太陽を仰ぐ二人の子ども」は、
太陽=天照から生まれたマナセとエフライムを指す可能性も、ありえる。
戦前の三井と三菱、マナセとエフライムの対立が、
どこまで本気のものなのか、仕組まれたものなのか、
まだ私にはわからない。
http://www.asyura2.com/0306/dispute11/msg/603.html
第16代 渋沢敬三(昭和19年3月18日〜昭和20年10月9日)
渋沢敬三は、財界の指導者・渋沢栄一の孫である。戦後は大蔵大臣になっている。渋沢
敬三の妻登喜子は岩崎弥太郎の孫である。三井の渋沢と三菱の岩崎は一族を成していたの
である。
以上、日銀創設時から太平洋戦争直後に到る歴代日銀総裁の経歴を調べてきた。その過
程で判明したことは、歴代日銀総裁の背後に常に三菱財閥の影がちらついていたことだ。
三菱財閥本体からも3人続けて日銀総裁を出している。結論としては、日本銀行は日本の
銀行ではなく、三菱の銀行であったことになる。三菱財閥が日銀をコントロ−ルして行っ
たのは、日本を太平洋戦争へと導くことであった。そのために恐慌を引き起こしてインフ
レ政策を誘導し軍事費を増大させた。三菱財閥は軍部、右翼の怨嗟の的になったが、三井
財閥の影に隠れて、目立たないようにうまく立ち回った。
では三菱財閥が太平洋戦争を演出した理由は、金儲けにあったのであろうか。勿論、そ
れも理由の一つではあるが、もっと重要なことは、三菱は一部外国勢力の手先となって暗
躍したという事実にある。
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