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「俳句ダービー」?

101:2006/11/11(土) 16:33:04
オゴデイ、グユク、モンケは領土を広げるものの、内紛を抱える。
以下、ウィキペディアから抜粋+私見

オゴデイ、1229年 - 1241年、2代ハーン。
チンギス・ハーンの三男

チンギスの後を継ぎ、1234年までに金(女真、ツングース系)を完全に滅ぼした。
東欧の大半までを制圧したが、南宋(エフライム?)遠征は失敗。

広がりすぎた領土では駅伝を設けるものの、連絡が密にとれず、
晩年には、長男・グユクとバトゥの対立の内紛が決定的になる。


グユク、1246年 - 1248年
バトゥとの対立する姿をオゴデイに激怒され、
ヨーロッパ遠征から帰還させられるが、その途上でオゴデイが死去。
偶然、本国に近くにいたことと、生母・ドレゲネの政治工作により、ハーンに即位。

南宋、イラン諸地方、高麗に兵を送り、勢力の拡大に努めたが、
政敵であるバトゥ討伐のため、違う名目で兵を起こした時に急死。
バトゥによる暗殺という説は有力に思われる。

グユクの即位には、ドレゲネの工作によって、
トルイ家
チャガタイ家
ジョチ家
ルーム・セルジューク朝
ウラジーミル大公国
グルジア王国
アイユーブ朝
ローマ教皇インケンティウス4世の使節
カラキタイ朝
サルグル朝
アッバース朝
アラムート
からの使者が確認されており、個人的にその規模に驚く。
西方の各勢力については棚上げ。元、明、清の後に調べたい。

モンケ、1251年 - 1259年
トルイ家。若い頃に金(女真、ツングース系)を破っている。
グユクの即位に不満を持つジョチ家のバトゥと手を結んだ。
即位時、グユクの皇后、オゴデイ家やチャガタイ家の反対派を処刑している。

南宋、イランを攻撃し、1258年にはアッバース朝を滅ぼしている。
1258年、自ら南宋に侵略するが、
途上で軍陣内で流行した悪疫にかかって死去した。
これには、クビライ派による毒殺説も囁かれている。

シャーマン信仰に篤いモンゴル人である一方、
数ヶ国語に通じていたうえ、ユークリッド幾何学など東西の学術文化に通じる。




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