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哲学・宗教質問箱
79
:
Sekko
:2006/09/19(火) 23:47:47
やっぱこういう質問は古川さんから来るんですねえ。
私がこの話題に飛びつかなかったのは、質問がなかったこともありますが、いくつか理由があります。
まず、日本で、「一神教同士の喧嘩」と一部で見られるほどには、フランスでは、キリスト教徒とイスラム原理主義の温度差が大きすぎて、争いになっていないことです。伝統的なカトリック国はまた伝統的なガリア教会の国でもあって、ローマ法王の存在はあまりにも希釈されています。JP2は確かにメディアティックでしたが、涜神とか冒涜とかいうコンセプトそのものがフランスではアナクロニックになっていて、教皇という存在はJP2の頃から、辛らつなカリカチュアや悪趣味なゴシップ記事やスキャンダルにさらされるのは普通でした。
同じことが他宗教のシンボルや教祖はもちろん、個人やセレブに向けられていたら名誉毀損で大問題になるようなものが、カトリック系では野放しで、だから逆にインパクトもなく、そこには、今のカトリックの鷹揚さと共に、長い間カトリック教会が権力を持って社会を検閲してきた歴史に対する購いみたいな暗黙の了解があるかのようです。涜神罪の復活だけは避けたいという了解でしょう。
今回の話も、面白いギャグにこういうのがありました。誰かがジダンに、
「知ってるかい、全イタリア人が、ムスリムに非難されているB16を支援しているそうだ。」と言う。
「いったいそいつは何をしたんだい?」
「ムスリムの兄弟を侮辱したんだ」
「なに、今度は姉妹じゃなく兄弟を? 捨て置けないな、よし、そいつの
ナンバーは16だな、行って懲らしめてやる」
という感じです。
ギャグになることのもう一つは「教皇の無謬性」というやつで、今回の件に関して、B16は謝罪したわけではなく、遺憾の意を表明しただけですが、それを揶揄して、教皇は謝らない、なぜなら教皇は「無謬」で絶対に間違わないからだ、というので、ギニョールなどでもからかっていました。
もちろんこれはわざとした誤解で、近代カトリック教会は教皇と公会議(司教会議)のどちらが権威があるかということでいろいろもめたのですが、一応、教皇は公会議の承認を受けなくとも新しい教義を公布できるという意味の教皇の無謬性が1870年に決まりました。でも条件はいろいろあり数回しか使われていず、聖母マリア好きのJP2が聖母がイエスを助ける救済者であるという教義を出すかと思われていたのも出さずに終わり、ましてや普通のことでは、教皇が、この前言ったことは違っていた、と誤りを認めることがあるのは当然です。
まあ、今回のB16の発言は、歴史上の発言を引用しただけで、全体の趣旨は異宗教間の平和的な対話を望んでいることなので、「遺憾」でOKだったと私は思います。最も彼はドイツ人でホロコーストの責任問題を民族的に背負っているので、ユダヤ人とユダヤ教への配慮が繊細な分、イスラムへの脇が甘かったのかもしれません。(といっても今回のババリア訪問では当地ユダヤのラビの面会希望に対して返事しなかったそうです。中東情勢と関係があったのかは分かりません)
しかしこの教皇は、ともかく、神の名において人の命を奪うのはいかなる文脈でも全て誤っていると明確に言っています。「冒聖」や「涜神」を理由に人を殺すのは悪だというのです。
教皇が「遺憾」の意を示した同じ日、ソマリアの病院で、イタリア人の看護修道女が侵入したイスラム過激派に狙い撃ちで殺されました。70歳の修道女です。カトリックである以外に彼女に非のないのは明らかです。教皇の責任は、むしろこのような罪のない犠牲者を出したことでしょう
しかし、今回のことは、単に「アホなおっさん」が「空気を読めなかった」というようなことでは決してありません。今年初めの例のデンマークのムハンマドのカリカチュア騒ぎと同じ根を持っています。デンマークのカリカチュアも、今回の教皇の発言も、普通に見たり読んだりして、どうして問題になるのか理解できないのです。
フランスに、アラブ系のモアメド・シファウイというジャーナリストがいて、イスラム原理主義のプロパガンダに対する西欧諸国の政治家の温い態度を批判する著作をすでにいくつか出しているのですが、カリカチュア事件の真相を暴いた本を最近出しました。ようやく冒神罪のコンセプトを捨てた西洋に、イスラムがらみでまたその基準を蘇らせようとする政治家は、近代が獲得した精神と表現の自由に反するものだという動機ですが、彼の取材の結果は驚くべきものです。要約するとこうです。
デンマークの事件では、新聞デンマーク一の部数を持つ日刊紙が、まるでゴシップ誌のようにムハンマドを揶揄して、良心的なムスリムがそれに傷つき怒り、西洋の他の国が軒並みそれにあわてて襟を正したという風に見えました。
実は、この新聞Jyllands-Postenは、コペンハーゲンのイスラミストのモスクでの説教を継続して録音し、翻訳して、掲載することで、すでにイスラミストから嫌悪されていたというのです。フランスでも、過去に、モスクでの説教を公開してムスリムのヒステリーを引き起こして中止されたことがあったそうです。金曜日のモスクでのアラビア語の説教はそれほど過激だそうです。
そして、コペンハーゲンのイスラム過激派のトップは、アフメド・アブー・ラバンというエジプトのイスラム兄弟団の人で、エジプトから追われた後、ナイジェリアとアラブ首長国で働き、その後デンマークに政治亡命を認められた人物です。モアメド・シファウイは、シンパを装ってこの人物に取材して、ことの真相を知りました。アブー・ラバンは、オランダの映画監督テオ・ヴァン・ゴーグが2004年に惨殺されたことに共感していて、1993年のワールド・トレード・センターのテロの指導者でアメリカに投獄されているオマール・アブデルラーマンら、過激派のイマムたちとも関係があり、デンマークのムスリムのメディア代表の地位にあります。
それで、カリカチュアが載った時、デンマークのムスリムを扇動しましたが、あまりにも大したことがなかったせいか、3パーセントしか動員できませんでした。フランスのムスリムもそうですが、ほとんどは、モアメド・シファウイと同じ穏健派で、一部過激派に批判的だからです。
そこで、ことを国際的に広げようとしたアブー・ラバンは、実際のカリカチュアに、もっと猥雑で汚らしい偽物を付け加えて、関係者に送り、その偽物がアラブ世界の公式リアクションを誘発したというのです。その最初はエジプトでした。デンマークのエジプト大使がプロパガンダをアラブ連盟の書記長でもと外務大臣のアムル・ムッサに送り、それが2005年の10月から2006年2月までダマスからジャカルタに至る、大使館放火やテロや過激抗議につながったのです。皮肉なことに過去にアブー・ラバンを追放したエジプト政府はこのプロパガンダを規制したそうです。この事件の最中に元のカリカチュアを掲載した勇気あるジャーナリストもヨルダンやエジプトにいましたが、投獄された人もいるそうです。
フランスで掲載した風刺週刊誌(そのおかげで私も目にすることができた)に対する訴訟はこの秋再開されます。
ちなみに、このモアメド・シファウイの本のカヴァーにはアルジェリア系のイラストレーターのラモが、カリカチュアを描いています。彼らの身辺が心配ですが、「共和国の自由」のためにフランスのムスリムががんばってくれるのは楽しみです。
この本の表紙はここで少し見れます。
http://www.amazon.fr/L-Affaire-caricatures-Dessins-Manipulations/dp/2350760316/ref=sr_11_1/171-2743065-3291405?ie=UTF8
長くなったので、一応これで。
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