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哲学・宗教質問箱
69
:
Sekko
:2006/05/24(水) 16:07:36
なぜヴァティカンが?
どうもこのコーナーが宗教・哲学と関係なくなってきたんで、ちょいと戻して。
来週発売の読売系週刊誌からダ・ヴィンチ・コードについてのコメントを求められ短ですが、どの程度載せてもらえるか分かんないので、ここで宗教についての部分を敷衍しときます。
『> ▽イエスとマグダラのマリアの関係にスポットをあてて、
> 物議を醸した映画は過去にもあったと思うのですが、
> 欧米ではどうして、こういう“異端”が受けるのでしょうか。
キリスト教が欧米の成り立ちの根幹にあって、キリスト教権威との桎梏の中で「近代」を築いてきたという歴史があるので、基本教義について共通の了解があるからこそ、異説が意味を持つのでしょう。しかし、実際は、紀元4世紀頃までのキリスト教世界は、教義についてもいろいろな説を持ついろいろなグループがある多様なものだったのです。さまざまな「発掘」文書はそれを示しているに過ぎません。
その中で、一定の聖典を採用したローマ・カトリックという宗派がたまたまヨーロッパの母胎になり、そこから派生した欧米文化が近代世界のスタンダードになった形です。でも別に「欧米キリスト教」以外のグループが無理に闇に葬られ「秘密」となったわけでなく、イスラムの勃興などによって自然淘汰されただけでしょう。そういう異説の文書が中近東で発掘される度に、やれ秘密だとかタブーだとか騒ぐのは、「欧米のキリスト教のみが正当な(正統の誤変換ではありません)キリスト教」という欧米中心史観が揺らぐからかもしれません。
もう一つは、先のムハンマドのカリカチュア騒ぎのように、今の欧米には、うっかりフィクションにもできない本物のタブーのテーマがあります。イスラム教についてや、ユダヤのホロコーストについてです。これらについてはいくらフィクションだと言っても、威圧的なロビーはいるし、原理主義者テロリストはいるし、否定的なことは書けないのが現実です。
これに対して、カトリックの教皇などは自由にカリカチュアにされています。いくらスキャンダルになったといっても、同じキリスト教文化圏の表現の自由ということで、宗教側の成熟や余裕が感じられます。
もちろんキリスト教原理主義者もいるにはいますが、ダ・ヴィンチ・コードのスキャンダル程度では、所詮内輪ネタではないでしょうか。
日本でも、過去に雑誌がホロコーストはなかった式のタブーを犯してユダヤロビーから叩かれたり、悪魔の詩の翻訳者が殺されたり、危機管理が出来ていないのを露呈してきました。でも、どうやらキリストネタやヴァチカンネタはお目こぼしの書き放題だと気付いて、ダ・ヴィンチ・コードに関するキリスト教側の反応をおもしろおかしく記事にしてるようですが、見苦しいです。日本のメディアにも皇室ネタをはじめとして厳然たるタブーがあると思いますが、多文化の内輪もめネタを垂れ流していると、タブーとそれをめぐる地政学からますます目をそらすことになるのではないでしょうか。
キリスト教についてフィクションの中にある間違いや曲解について、それがある程度の影響力を超えたら、教会側が態度を表明するのは当然だと思います。権威とはそのためにあるのですから。それが結果的に本や映画の宣伝になったとしても、それをきっかけに、キリスト教の歴史などを知ってもらいたいというキリスト教メディアも少なくないようです。伝統的にはカトリック国であるフランスでさえ、この本を読んだ30%の人が、キリストやキリスト教についての記述を真実だと思ったというアンケート結果が出たので、教会があわてているという話も聞きました。映画を家族で観て子供たちと話しあうようにと、親へのガイドも紹介されています。
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