[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
哲学・宗教質問箱
6
:
:2005/05/12(木) 18:34:38
一神教の好戦性について
一神教に関するこのような、一種紋切り型の不信感というのは、確かにアメリカの
対イスラム政策を見ていて高まったような気がします。
ブッシュ大統領が「悪の枢軸」国を制裁する姿勢を打ち出した時、
その善悪二元論を単純だと思ったり、一神教的だと思った日本人は
少なくありませんでした
しかも、実際、イスラム原理主義の側もアメリカを「悪魔」だと決め
つけていることが知られているので、どちらも善悪二元論で自分たち
が善の側に立っていると信じているのだから、結局、融通の利かない
一神教同士の喧嘩じゃないかと短絡的に語りたくなるのです。
でも、一神教と善悪二元論はほんとうに関係があるのでしょうか。
確かに、一神教、特に世界の創造者としての神を戴く宗教は、それ
に拮抗する悪のキャラクターを作ってしまう傾向が多いのは事実です。
その理由は簡単です。全能で至善の創造神の創った世界は全き善で
あるはずなのに、この世には殺戮を初めてする悪や不和、秩序の乱れが存在します。その
悪はどこから来るのか? 神が悪を許すはずはないのだから、悪を押
しつけるキャラクターが必要になるわけです。最初のレトリックは、悪魔は神
に許しを得た範囲で人間に試練を与えるために悪を行使するというも
のでした。だから、現代世界の一神教の始祖であるユダヤ教における
悪魔であるサタンには「敵」という意味しかありませんでした。
しかし、人々は「サタン=悪魔」のイメージを増幅し、悪の力を増
大させていきました。善であるはずの世界の中で悪を位置付けるためには
それが一番効果的だったからです。果てには、悪魔を神のように礼拝す
る悪魔教まで現れて、ミサに対してその逆のことをする黒ミサ、魔女
たちが獣の頭を持つ悪魔と乱交するサバトなどのディティールが充実
していきました。イメージ化が進んで一種の偶像崇拝が生まれたのです。
多神教や陰陽二元論の世界では事情が少し違います。多神教の神は「神
人同型」が多く、その「人格」の中にすでに善悪二面性があると考え
られています。戦争のような集団的殺戮の「悪」も、神々同士の戦いと
いう形で表現されて納得されてきました。だから、人々は、神に拮抗する
ような突出した「悪の化身」を発明せずにすんだのです。また陰陽二元論な
どは、陰と陽が交替し得るし、互いに互いを支え合っているようなバ
ランスの関係なので、どちらかがどちらかを制圧するという展開には
なりません。
だから、多神教的世界よりも一神教の方が善悪二元論に陥りやすい
心理構造をはらんでいるのは事実だといえるでしょう。しかし、だからこそ一神教の歴
史はこのような二元論との戦いの歴史だったことを忘れてはなりません。
キリスト教は、その内部で次から次へと生まれる善悪二元論の誘惑を
執拗に断罪していきました。初期のキリスト教は、ギリシャ・ローマ的多
神教の世界の中で自分たちを差異化するために、多神教対一神教とい
う戦い方をしてきたのですが、その後のキリスト教が戦ってきた内なる
異端は、多神教ではなく、常に二元論に基づいたものです。といっても、
前述したように、異端となった二元論は、もともと、一神教における
「悪の起源」を説明しようとするいろいろな試みが、いつのまにか正
統を逸脱したものだといえます。
エジプトの太陽神が一神教の成立に影響を与えたとしたら、それ以
前からあったペルシャのゾロアスター教が世界は善と悪、光と闇の戦
いだという二元論に影響を与えたのは間違いがないでしょう。 一神教のはらむ
二元論の契機にゾロアスター教の遺産が拍車をかけて、多くのキリス
ト教二元論が生まれました。初期のキリスト教の異端であるグノーシス思
想にも、マニ教に発展したペルシャ型があり、善と悪は最初から対等
な対立原理でした。
これに対してシリア・エジプト型のグノーシス思想は、全能の神を
温存しながら何とか悪の起源を説明するために、平行ではなく縦型の
レトリックを駆使したものです。代表的なものに、悪を含むこの世を創造した
「神」を超えた上位世界を想定して、そこに至高神を置く体系があります。
そこからさまざまな要素が「流出」していき、ある段階で、アクシデ
ントのように、悪を含む物質的なものや人間的な心などが生まれたの
です。しかし、悪である心身の中にも、実は上位世界から流出した「霊」
が燠火のように隠れています。人にとって、悪の世界からの救済とは、
自己の中にあるこの霊を発見して、心身を捨てて上位世界に回帰する
ことであるわけです。このレトリックは今でも「本当の自分さがし」などという生
き方指南や、ある種のカルトの超人志向などと共通していますし、神性
はすべてのものに宿るという汎神論的な世界観にも通じています。
この考え方だと、一神教を維持しながら被創造界の悪を何とか説明
することができます。しかし、キリスト教はこのグノーシスを異端とし
て論破することによって正統の基礎を築くことになりました。なぜかというと、
この考え方では、はじめに「光りあれ」といって天地創造をした旧約
聖書のユダヤの神の説明がつかなくなるからです。実際、グノーシス派
は旧約聖書を切り捨てて、新約聖書のみを奉じ、イエス・キリストの
語った神こそが至高神にあたるという見解を示しています。これに対し
て、「正統」キリスト教の方は、たとえ矛盾をはらんでいても旧約聖
書と新約聖書のどちらをも聖典とする姿勢を守ったわけです。グノーシ
ス派のいう「霊」も、上位世界からの流出ではなくて、肉体とペアに
なって創造されたものだという立場を守ります。
しかし旧約と新約を共存させたせいで、キリスト教にはその後も二
元論的異端が絶えることがありませんでした。代表的なものは、中世キリスト
教最大の異端であるカタリ派です。カタリ派はグノーシスの系統で、魂
のふるさとである至高神のもとに回帰することが人の救済であるとし
ました。しかしカタリ派は旧約聖書を否定しないで、旧約の創造神は汚れ
た物質界を創造した「悪」であると考えたのです。こうして善なる至高
神と悪の創造神という善悪二元論が成立してしまいました。彼らには「完全
な人間」を目指して肉体を痛めつけ禁欲や苦行に走るという、これま
た今でもある種のカルトの修行にも見られるある意味で普遍的な「行
き過ぎ」がありました。 もちろんペルシャ型グノーシスの流れを受けるマ
ニ教の影響もあったでしょう。
実際、カタリ派的な善悪二元論は、中世に突然孤立して現れたわけ
ではありません。「正統」キリスト教としてのローマ・カトリックが一応安
定して精神界を独占したヨーロッパでは、紀元千年を過ぎた頃から終
末思想が流行るようになりました。「至福千年」思想というもので、新約
聖書の最後にある『ヨハネの黙示録』に基づいた一種の集団幻想です。
この世の終わる前に天使が降りてきて悪の化身であるドラゴンを
鎖でつなぎ、千年の間は至福の時代が続くというものです。ただし天使
とドラゴンの戦いの間は混乱が続きます。また千年後には封印が解かれて
混乱が再開し、最後の審判があるというのですから、終末思想の色合い
が濃いわけです。その成立や展開についてはここでは述べませんが、中世
ヨーロッパにおける飢饉や疫病や戦乱の中で至福の時に憧れる人々の
心性が、天使対ドラゴンの戦い、善による悪の征伐というイメージを
増幅していたという時代背景は強調できます。つまり、中世ヨー
ロッパにおいては、黙示録的イメージの中での善悪二元論はかなり支
配的なものであり、それが十字軍による聖地奪還のような好戦性にも
つながっていたということです。カタリ派はその鬼子に過ぎなかったのです。
カトリックの秘跡を排して独自の典礼や位階を作った上にそれなりの
経済的基盤を持ったことではっきりと「異端」の烙印を押されましたが、
二元論自体は、時代の潮流を反映していたわけです。ボスニアやブルガ
リアにも神の友団(ボゴモリスト)という同系の二元論教会が生まれ
ていたことも知られています。カタリ派は聖書(当時のヨーロッパでは
ラテン語聖書のみ使われていた)を地元のオクシタン語に訳してすべ
ての信者の手の届くものにしていたり、女性の聖職者や説教者を認め
るなど、後のプロテスタント運動の先駆のような立場でもありました。
しかし、結局、「正統派キリスト教」が、アルビ十字軍を派遣して
カタリ派を殲滅した(14世紀)という事実は、政治経済的な理由
(トゥールーズ伯の領地をフランス王領に組み入れる)は別としても、
ヨーロッパのキリスト教が、必死になって善悪二元論に抵抗し続けて
いたという証しにほかなりません。アリストテレスの影響を受けた主理
主義哲学と神学を融合させたりして、二元論を排した一神教の「正統」
を強化していったのです。
そもそも二元論は誘惑的に働きます。それは従属しない他者を悪として
排除することで強化される「権力」が自己を正当化するのに二元論が
便利だからでしょう。二元論の誘惑はしばしば権力の誘惑なのです。それ
を考えると、中世から近代にかけていつも権力の道具になっていたキ
リスト教が、善悪二元論に何度も足をすくわれながらもその都度、悪
は人間の自由意志に向けられた試練であり克服すべきものであるとい
う一神教の緊張を持ちこたえてきたことはほとんど感嘆すべきことです。
その結果、善と悪が裏表のように曖昧に共存していていたり浄不浄に
置き換えられたりする多神教的世界では発達しなかったような、厳密
で抽象的な理論(それが近現代の国際法や法治主義の基となった)が
試行錯誤の後に続々と生まれてきたからです。
現在のヨーロッパ風のユニヴァーサリズムは、そのように、二元論
を排除し続けた「正統キリスト教」の執拗な戦いの遺産を受け継ぎ、
それを非宗教化したものです。2千年にわたる言語化や理論化の努力が、
多文化共存の世界における共通のルール作りに役立ったわけです。いい
かえれば、二元論を排する論理にあまりにも知恵をしぼってきたので、
そこから「神」や「教会」を取り去って非宗教化しても、「普遍」の
体系が残ったのです。「普遍」を追求し、極めれば、論理の帰結として
非宗教化せざるを得ないともいえます。キリスト教世界の内側だけが思
想の土壌だった頃は「神」の名において構築された体系が、非キリス
ト教、特に非一神教世界との共存のツールとして使われる時に、「神」
を抜きにして有効であり続けたのです。だから、本来、今の世界を牛耳
る西欧起源の「近代理念」は非宗教的であります。「一神教が多神教より
理性的」だからその理念を押しつけているのではありません。しばしば欧米
の植民地主義や帝国主義と共に弄されたそのような言辞を捨て、宗教
や文化の優劣を問わないところに西洋近代理念の普遍性が生まれたの
です。ただ、その普遍主義を錬成し研ぎすませてきたものこそ、キリス
ト教と二元論との思想的戦いの歴史だったということなのです。
その点、アメリカの建国理念となったユニヴァーサリズムは、少し
違います。非宗教化の必要がなかったからです。アメリカの拠って立つピュ
ーリタン的なプロステタンティズムは、二元論との戦いで生まれたの
ではなく、ヨーロッパの「正統キリスト教」が陥ったもう一つの権力
の誘惑である非民主的ピラミッド型官僚主義との戦いで生まれたから
です。プロテスタント的な民主的宗教共同体の拡張としての「民主
的な神の国」の理想はありましたが、それはやはり「神の国」であり、非
宗教化には向かいませんでした。その中で、結局、強者が生まれ、強者の
権力の誘惑と共に二元論の誘惑が立ち現れてくる。その最も短絡的な
形が、民主的キリスト教社会は善、非民主的イスラム教社会は悪とい
うような二元論として現れ、世界中の非一神教世界からは、「一神教
同士の内輪争い」だとか「キリスト教優位の傲慢」だとか受け取られ
ているわけです。
この歴史のダイナミクスを見ずに、日本の文化人が、キリスト教=
狩猟民族の好戦的な文化と先入観を持つことがあるのは残念です。
司馬遼太郎の講演録か何かで、西洋人のカトリックの修道女が、日本のミッションスクールの
教室で教えていたときに、猫が紛れ込んできて、 修道女が、ヒステリックに、悪魔を追うように
追い払ったというエピソードを紹介したのを読んだことがあります。それで、愛の宗教といっても、所詮狩猟民族というか、
日本的なやさしい共存とは相容れない正体見たり、という論調が続くのでびっくりしました。どう見ても、これはたまたま
その修道女が猫嫌いだったとしか思えません。 こんなことを、司馬さんのような影響力の大きい人が
比較文化的考察の論拠にするなんて驚きでした。 しかし、こういう安易な結論への誘惑は誰にもあるかもしれないので、
自分も気をつけようとも思い、また、修道女のように、普通の人間であっても他者からはその宗教だのその国の人の代表者
とも見られるような立場にある人は、やはり、イメージを大切にして、自分の好き嫌いをぐっと抑えても、身分に期待される行動を
とるべきだなとも考えさせられました。
梅原さんの批判しているもうひとつの西洋近代思想「人間中
心主義」の方も私は絶対擁護です。人間中心主義が自然を破壊し云々という理屈
もすごく安易な論議ですが、バランスシートでいえば、この人間中心主義の
もたらした善の方が絶対大きいと私は思っています。正しい人間中心主義や
正しい普遍主義は人を自由に向かわせます。すごく単純に考えても、たとえ
ば日本人で、別に権力者の家系に生まれたわけでもなくしかも女性である私
が、今こうして自由にものごとを考え、書いて発表できるということ自体、
西洋近代理念が良くも悪くも世界に行き渡っているおかげですから。
長くなったのでここでやめます。なおこの二元論については、今執筆中の『犬の帝国と猫の共和国』
から一部を転用しました。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板