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哲学・宗教質問箱
534
:
Sekko
:2011/06/16(木) 06:17:59
明治のクリスチャン
>幕末・明治時代のクリスチャンは元武士(どちらかといえば旧幕府側が多いような)が非常に多いですよね。どうしてでしょうね?
>ただし、ほとんどプロテスタントでカトリックは全く聞かない(知らないだけかもしれませんが)、これまたどうしてでしょうね。
やはり、当時の知識人階級が「洋学」を吸収するのとセットとなって入ってきたからではないでしょうか。いくら「和魂洋才」といっても、19世紀後半にピークに差しかかっていた西洋近代進歩思想は、特にプロテスタント国やWASP文化と結びついていたから、洋「才」を学んだエリートが洋「魂」にも染まったのは不思議じゃないと思います。
それに比べてフランスなどカトリック国は、その時代、もうがちがちの政教分離へと向かっていたので「洋魂」部分はかなりパーソナルなものになっていたかと思います。
もちろんフランスのパリ外国宣教会などは、開国した日本に宣教師を送っていましたが、17世紀に壊滅したはずの幻のキリシタンの子孫を見つけようといったところにロマンを見出していたような気もします。
要するに、カトリックは16世紀にイエズス会とかフランシスコ会とかが、かなりがんばって日本で布教したのに弾圧されて大量の殉教者を出して、一度、ストーリーが終わっていたわけです。それでも、それに対するノスタルジーみたいなのはずっと語り伝えられていたわけで、そのこだわりはなかなかでした。隠れキリシタン発見の感動ストーリーなど有名ですね。
16世紀末から17世紀はじめにかけての大量殉教者と武士道との関係を述べる人もいますよ。
あの頃すでに戦略として大名が宣教されたこともありますし、家長が改宗したら一家郎党全員改宗という感じだし、一度改宗したら後でいくら迫害されても「節を曲げない」というのも武士的美学のうちだし、それなりの相性はあったのかもしれません。
サムライは、カミカゼとテロリストが結びつけられて以来かなりイメージが微妙ですが、今でもフランスでは柔道や合気道のスポーツクラブによくついている名前だし、ネガティヴではないと思います。ま、教養人というよりはやはり体育会系のイメージですけれど・・・
http://setukotakeshita.com/
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