したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

哲学・宗教質問箱

43Sekko:2006/03/12(日) 06:47:24
躁について
 ジャミソンの本、検索するとあまりにも面白そうだったので、今日早速、パリの本屋で仏訳を入手しました。彼女が躁欝で、躁の状態を知る故に、この病気を後悔しないみたいなことが興味深いと思ったのです。「普通」と「欝」の2状態の人には、欝からの回復が目標になりますが、「躁」の味を知っている人は欝のどん底にいても躁へのノスタルジーがひそかにうずいているので。そして、いったん躁になったときは、それも、周囲との状況とは全く隔絶してたりするので、欝のときに労わっていた家族は、ちょっと呆然として、躁を素直に喜んであげられない、「普通」を分け合えない断絶があります。「躁」は同情を得られない分、ある意味、欝より孤独であり、欝の予感があるので「生き急いでしまう」面もあります。この辺を
ジャミソンがどうとらえているか興味深々です。すべて「養生」は「中庸」にあり、それを侵犯して生きる躁鬱は、スリリングでもあります。(もちろん「生活苦」に由来する思いつめとは別の問題です。しかし、どちらも、あまりにも人間的な現象です。)


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板