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哲学・宗教質問箱
250
:
迷える大羊
:2007/10/01(月) 22:48:22
キリスト教徒の歴史観
ここのところ、カトリック教会ではペトロ岐部、原主水などの戦国末期から江戸時代にかけての殉教者がよく取り上げられまして、ちょくちょく覗きにいく教会でも、ゆかりの地の巡礼ツア−、遠足などをやっていたりしますね。。
もちろん、この時代に殉教していった多くの信徒や司祭は個人としては純粋に頑張った、立派とも思います。だけど、私の歴史観だと、だからといって、キリシタンを弾圧した秀吉、家康や江戸幕府が単純に血も涙もない極悪非道な連中で、キリシタン、キリスト教側がこれまた単純に一方的に苛められるばかりの善意の人たちばかり、とは思えないんですよね。
キリシタン大名の領地では逆に仏教神道が迫害されて、神社仏閣が破壊されていましたし、ロ−マ教皇に土地を寄進までした大名もいたし、あの当時のキリスト教、宣教師といえば、植民地獲得の露払い役的な役割があって、現にフィリピンなどその土地の伝統文化、宗教がすっかり破壊されてしまって、国名までスペイン国王の名前になっちゃったわけですよね。(後の時代のハワイなどもやっぱり伝統文化、宗教がすっかりなくなっちゃいました)
それにキリスト教って今でも、他宗教、他の伝統宗教に対し、非常に排他的な態度を取る信徒、聖職者が少なからずいますよね。まして、この時代ならなおさらで、ザビエルはじめとする宣教師たちも、キリシタン大名の領地で仏閣、寺院が破壊されることを褒め称えていたわけで、私など、この時代、日本がキリスト教国にならなかったのはむしろ幸運なこと、今でもキリスト教徒の人口比1%以下なのは、残念でもあるけど、一方で一つの国としてはある意味では健全、精神的に独立している証拠で必ずしも悪いことじゃないな、とも思っていたりします。
大体、同時代(戦国末期〜江戸時代初期)に逆に日本の僧侶や神官があちら(ヨ−ロッパ)に行って、自由に仏教や神道の布教活動ができたのかどうか?同じキリスト教内でも異端だ、魔女だとかいって殺し合いしてましたし、キリスト教徒でなくなる、つまり教会から破門されることは、社会生活が営めなくなることを意味するわけで、だからこそ、ガリレオも涙を呑んで、地動説を撤回したわけですよね。こんなところにとても、他宗教が入る余地があったとは思えません。多分、寺院を建てたり、信者獲得の間もなく、あっという間に逮捕、宗教裁判にかけられるのがオチであるような気がします。
それに対し、日本ではある期間まではキリスト教の布教活動ができたわけで、それなりにある程度までは受け容れられたわけですよね。秀吉や家康にしても最初からキリスト教迫害をしていたわけではなく、当初は好意的だったり黙認していたりしたわけで、この時代に関していえば、日本の方がどう考えても、キリスト教国のヨ−ロッパより、今でいうところの「信教の自由」があり、宗教的には寛容だった気がします。
要するに、話を戻せば、多くの殉教信徒や殉教司祭の頑張りはわかりますが、単純に感動できない、むしろ迫害する側の考えもわかる気がするなぁ、というのが私の歴史観なんですけど、こういう考え方をする人間ってクリスチャン、カトリック教徒としては受け難いですかね?そりゃ、まあ、保守的な人にはいい顔をされない考え方でしょうけど・・。
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