レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
幸福の科学被害者の会2
-
キリスト教と、kk
キリスト教について、理解しておかなければならないのは、聖書はイエスキリストの弟子たちが書いたもので、その後の教義やキリスト教文化というものは、ローマ帝国が帝国内の人々を支配するための道具に、イエスキリストを利用したものであります。
ディオクレティアヌス帝のキリスト教迫害命令から、わずか10年後のAD313年に、コンスタンティヌス帝が「ミラノ勅令」を出して、キリスト教を公認しました。 この背景には、ローマ帝国の政治的腐敗に嫌気がさしていたローマ市民にとっては、ローマ帝国がキリスト教徒を迫害すればするほど、彼らに同情し、キリスト教徒は増加し、もはやキリスト教徒を敵に回しては、ローマ帝国を治めることが出来なくなっていたからです。しかしながら、キリスト教が認められる前に、広範に流布した宗教はミトラス教で、キリスト教とローマ帝国の国教の地位を争ったほど優勢な宗教であった為、まだ信者が多く、ローマ帝国が人々を治めるには、従来から続いてきたミトラス教の風習も大事に受け継ぐ必要がありました。 彼らは、太陽信仰をしており、冬至を大々的に祝う風習があり、ゾロアスター教の大天使・ミトラの誕生日である12月25日にお祭りをしていたため、これをやめるわけにはいきませんでした。そして、ミトラス教とイエスキリストの教えは融合されてゆき、イエスキリストの誕生日は12月25日と決めたのは、コンスタンティヌス大帝であります。とまあこんなかんじで、 キリストの誕生日さえも怪しいのです。つまりkkのキリスト観も少し違った様相になってきますね。霊示集は少し怪しいと考えて間違いないでしょう。霊言集の信憑性がなくなりますね。かって内村鑑三の霊言で学者から突っ込まれたりして反論できませんでしたね。・・・この霊能力と救われたという話は、一致しません。ほとんどの人は、病院で救われます。いま信じている人は今一度、よーく丹念に探究していってくださいね。
どこかに落とし穴があります。
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板