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α編集部
:2014/02/27(木) 20:25:12
本音と建前の狭間で
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本音と建前の狭間で
山路を登りながら、かう考えた。
智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。
これは明治39年夏目漱石著の「草枕」の冒頭に出てくる有名な文章である。
人々はその昔より思ったことを率直に吐露すべきか、世間の習慣や常識や相手
の立場を考えて自分の意思を控えるべきか、という判断の狭間で随分割り切れ
ぬ思いを抱きながら世の中を渡らねばならなかったと見える。
書物や学説から得た知識や理屈で押し通し、相手を言い負かすとすれば角が
立つし、また情に共感すれば思わぬ方向へ押し流され抜き差しならない関係で
喘ぐことになる。理屈にあわず情にもほだされず自分の意地や虚勢を張り通す
と、途中で自分の非を認めたり正しい考えに方向を修正するという自由を自ら
の手で縛ってしまうことになる。兎に角人と人との関係は微妙で気を使うし窮
屈で難しいと嘆いているのである。そこに人々は立場立場によって本音を求め
たり、建前に分があったりすることに気付くのであるが・・・。
交通量の多い交差点では赤信号は守った方が安全で、建前という遵法の精神
を満足させるものであるが、人も車もめったに見かけないひなびた田舎道で何
かの故障で青に変わらない赤信号の交差点ではそう単純ではなかろう。馬鹿正
直に延々と待つか、交通法規を無視し周りを確認して渡るか。このことは心の
中で本音と建前の狭間で葛藤をよぎなくされることではあるが、そのような極
端な例や判
断に窮しない単純な問題では普通の生活の知恵で考えれば答えは自ずと決まる
し、頑なに建前を守るほど重要な問題でもない。しかし、抜き差しならない問
題では本音と建前の関係の判断基準が時代や場所や文化の違いでどのようにも
変化する故に却って厄介である。
では本音とは何か、建前とは何か。本音とは率直に表に現すことのできない
事情の中での、 「実は本当の自分の考えはこうなんだ、こうしたいのだ。」
という秘めたる思いで、赤提灯で焼酎を呷りながら同僚に愚痴る情景が似つか
わしく、むしろ常識や世間の慣例、規則などという建前に対立するものが多い
のではないかと思われ、「物事はそのような正論で解決できるほど単純ではな
いし、人の心をそのような一刀両断のやり方で割り切られるのはご免被りたい
」と反発したくなるのである。
法には「自然法」と「法定法」の二種類がある。それ自体が反社会的、反道
徳的である犯罪になるもの、強姦、強盗、放火、殺人など人の根源に関する犯
罪を対象とするものが「自然法」であり、その対をなすものとして最大多数の
最大幸福的な決まり、即ち多数の人々の利益を守るための秩序を目的とした規
則で、それ自体は反社会的、反道徳的という価値の基準の対象ではない「法定
法」である。
民法第210条の「袋地所有者の囲繞地通行権」である―或土地カ他ノ土地ニ
囲繞セラレテ公路ニ通セサルトキハ其土地所有者ハ公路ニ至ル為ニ囲繞地ヲ通
行スルコトヲ得―や第233条の「竹木の剪除載取権」―隣地ノ竹木根カ彊界
線ヲ踰ユルトキハ其竹木ノ所有者ヲシテ其枝ヲ剪除セシムルコトヲ得―や第2
34条の「境界線附近の建築制限」の―建物ヲ築造スルニハ彊界線ヨリ五十セ
ンチメートル以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ス、又第236条の「前二条に関す
る慣習」―前二条ノ規定ニ異ナリタル慣習アルトキハ其慣習ニ従フ―などは例
えその数値や定めが違ったものであっても一向にかまわず、それ自体が生命や
活き方に決定的な意味を含んでいるものではなく、ただ何らかの決まりがある
ほうが問題を解決しやすいからであろう。
そのように普通使われる建前という言葉のなかには、その「法定法」に規定さ
れる、交通法規、民法上の問題はいうまでも無いが、もっと軽微な公序良俗的
な判断分野、慣例や常識、掟、エチケットなどの社会生活上身の回りに発生す
る諸々の状況のなかで生じる過半数が納得する一般的な考え方を指すのではあ
るまいか。個人が本音か建前かの葛藤を覚えるのはこのような立場においてで
あろう。
これらの規範はほとんどが個人の良識に託された価値判断で、普通の場合は何
事もなく受け入れられるが、個人的に特殊な場合はその価値基準は実情に合わ
ず、その人に不満足な感覚を残してしまうのである。「規則は少ないがドイツ
人はよくそれを守り、沢山作るフランス人はそれを守らない」と国民性の違い
を面白く揶揄した小話でよく聞くが、ドイツ人は建前の世界が合っているのか、
フランス人は本音でしか物事を考えないのか。兎に角どちらにも徹し切れない
人々は後ろめたさの感情のなかで時々信号無視、花盗、無賃乗車など些細な違
反をするのだが、まともに罰せられたという話はあまり聞かないし、人格を全
面的に否定されるほどのこともない。しかし現代もなお人々は日々の生活にお
いて真っ向から本音を表明することに躊躇せざるをえないことが多すぎて、勢
い建前の世界の包囲のなかで己の真の意思を引っ込めざるをえなかった屈辱と
束縛とに苦悩するのである。またそれだけに建前の世界は安易に体制を守るた
めだけの論理となりやすく、庶民生活のなかで変化する価値基準に追いつけず
必ずしもその全部が庶民の利便を代表するものではない状態が生じることとな
り、なんとも窮屈で実情に合わない規制が多すぎると感じるのである。本音と
はその閉塞感を打ち破るための個人の密かな反撃と秘めたる藻掻きに似ていて、
建前との間で終わることのない戦いに悩まされることになる。
数年前の歳の暮れに我がマンションの目の前の公園に「巾60?高さ15?の
下水道の工事基地を造りシールド工事を始めるように決定しましたので協力く
ださい」と東京都の下水道局の課長以下施工業者共々藪から棒に挨拶に来た。
我々住民はあまりの予期せぬ出来事に判断に窮するなか、このような決定が住
民の知らないところでなされてよいものか、またその工事の内容や期間、当マ
ンションの住民に対する影響はどのようなものか等の調査や考察がなされてい
るかの疑問を提示した。日時を替えて説明会を開催するように要求してその日
は引き取ってもらった訳だが、この事件が住民の要望(本音)と行政の方針建
前)との熱き戦いの始まりで2年の長きに渡るとは誰も予想しなかった。
説明会に提示された工事の資料は、法律、手続き、「住民のための施設」と
いう錦の御旗などの建前も十分揃っていて何の支障を来すものではなかった。
しかしその内容は我々の生活環境に与える影響を無視した非常識な計画であっ
たのである。工事による騒音や粉塵、振動、通行等の沢山の問題点があったな
かで、誰が考えても受忍の限度を遥かに越えていたのは日影問題であった。当
マンションの南面バルコニーの5?先に 15?に及ぶ5階建てに等しい高さの
建物の工事基地を建設し、その期間は5年という乱暴な計画であった。この条
件でビルを建てると通常は日影規制に抵触し違法の建築物になるのだがと疑問
に思い、難解で悪名高い建築基準法を紐解いて見た。法85条4項に「特定行
政庁は、仮設興行場、博覧会建築物、仮設店舗その他これらに類する仮設建築
物について安全上、防火上及び衛生上支障がないと認められる場合においては、
年以内の期間(建築物の工事を施工するための工事期間中当該従前の建築に
替えて必要となる仮設店舗その他の仮設建築物については、特定行政庁が当該
工事の施工上必要と認める期間)を定めてその建築を許可することができる。
この場合においては、第21条第1項及び第2項、第12条から第72条まで、
第13条、第34条第3項、第35条の2並びに第35条の3の規定並びに第
3章(第6節を除く)の規定は、適用しない」と有った。建築の専門家でさえ
半日かけなければ解読できない代物で、まして一般の人が理解することにおい
ては絶望的な文章である。ここまで真面目に読んでくれた読者にはその努力に
敬意を惜しまないが、いかに我々が日ごろこの建前を代表する法律の悪文に悩
まされているか、お分かりであろう。早い話が「工事用の仮設建築物は基本的
な建築基準法の規制を免除し、たとえ民家が数年におよんで日が全く射さない
状況に陥ろうとかまわない」という緩和規定である。だから我々住民の希望な
ど正当性がなく、多くの人達の幸せのためなら少々の忍従は止むを得ないとい
う意図が見え隠れしていた。この役所対住民のぶつかり合いは正に建前と本音
のぶつかりあいで、なかなか同じ土俵の上で正面からお互いにハッシと受け止
めて立ち会う状況に至らなかった。住民の要求する資料や結論がスムーズに提
出されず、いたずらに建前論を説明することで時間を浪費したのである。これ
が民間のプロジェクトであれば年の歳月が十分の一で解決したであろう。国
民から絶え間無く供給される税をもとに成立つ公的事業と違い、採算を第一と
する民間の事業者としては短期間のうちに解決出来なければ会社の存亡に関わ
る事態になるであろう。それゆえ、問題が生じると正に本音と本音のぶつかり
合いで、迅速にかつ真剣に問題解決に取り組み、住民も休めないくらい事情説
明のための説得攻勢をかけられたと思う。役所との永きに渡る折衝の結果、幸
いにも我々の希望にそった結論を得、工事上の監視と住民の要望の調整を取り
持つ機関である「下水道対策委員会」なるものを設置し、最初の接触から工事
完成まで7年という長い役目となったのである。
そして草の根運動を通して得たものは 「住民運動には『女、子供』を含めた
種々雑多な能力を集めることが成功の秘訣である」と悟ったことである。差別
の謗りを免れないこの表現の「女、子供」の強さは、建前の社会で飼育された
男性達の、相手方による「建前論」に感服すれば簡単に説き伏せられるという
弱点を補うことに十分に力を発揮したことである。建前の前に危うく陥落しそ
うになった男共を尻目に、一度は納得しても次の日には「やっぱりその論理に
は納得できない。白紙に戻すことを要求する」となかなかの粘り腰で、容易に
白旗をあげることはなかったものである。論に強い者は論に弱く、情に強い者
は情に脆い。
さてそこで我が身の周りを眺めまわすと二通りの困った人達がいるのに最近
気付いた。一つは建前の世界に染まった人、もう一つは本音だけで勝負する人
である。公的社会活動のような場合には建前が正面に出てくることは止むを得
ないことではあるが、私的な付き合いのなかでも腹を割った話に参加すること
なく建前論しか表明できない人達がいる。彼らとの付き合いの難しさ、もどか
しさは議論がなかなか噛み合わず現実の解決すべき問題の議論が前に進まない
ことである。彼等は会社や役所での長い勤めにおいて、建前の論理のなかに埋
没する毎日で、知らず知らずのうちに本音の声が聞こえないように努力し又本
音を心の片隅に押し込める努力を余儀なくするうちに、建前のみの意見しか表
明できなくなってしまったものと思えるのである。常識や多数者の意見から逸
脱したり、間違いを指摘されることを恐れ、本音を表明できないのである。そ
のような人達は、どこそこのお菓子は有名であるとか、あそこの品物は権威が
あるとか、ここが日本一絶品の料理を食わせてくれるレストランだとかの肩書
きを信用し、豪も疑うことをしない人達であるような気がする。己の目や耳や
舌による感性を信じようとしないし、本当の味や美しさや良さなどを自分の判
断ですることを停止し、噂や看板や効能書を信じて自分の能力を開発し高めよ
うとしない。
一人の人間としての感情や思いやりや美しいものに対する感性を無くし、或
いは内に秘めたる人はいるかもしれないが周りの人との関係を面倒くさがり、
深くつきあうことを嫌い、関わることを避ける人がいる。
そういう人は意見を問われると建前論しか言わず、汗をかいて問題解決に努
力することは滅多になく、人々がうまい具合に解決の方法を見つけていざ纏め
ようとするときに必ず些細な建前や屁理屈を盾に壊しにかかるのである。そし
て纏まった意見に問題が生じると、自分の建前論の正しさを強調し、積極的に
物事を解決しょうとする意欲が見られない。そのような人はどのような結果に
なろうとも正論を吐いている限り決して傷つくことがなく、常に勝者側にいる
と思っているのである。そして本音で問題解決に奔走し汗を掻く人達のように
苦労多く下積みではあるが、仲間達に胸襟を開き、共感を分かち合い、響き合
う喜びを知ることはない。
しかしまた、本音で凝り固まった人も困り者である。独断と偏見をものとせ
ず声高で押し付けがましく、人の気持ちを考えずに自分の感じたままを吐露す
るのである。そのような人は組織のなかで実力と実績を認めざるを得ない人の
なかに多く、生きる自信と物事を推し進める迫力を身につけていて有能ではあ
るが、周りへの心遣いに欠け、視野は狭く、今の価値観と彼の習得した時代の
それが変化しているのも理解しない。そして大した価値もない理屈を振り回し、
事実誤認をものともせず白を黒と言い包め、無理やり自分の主張を押し通すの
である。
下腹は弛んで醜い体を曝しているにも係わらず、自分は堂々としていて威厳
があり皆が畏敬の念を抱いているだろうと思い込んで、出物腫れ物所嫌わずと
いった感覚で自己満足に甘んじている裸の王様よろしく、迷惑で煩わしく疎ま
しく生理的に嫌悪を感じる人達である。
そしてまた、私は己の意識の中でも本音と建前の葛藤があることに気付く。
電車やバスの中で子供を抱いた婦人や、初老の人達に席を譲る時抱く複雑な思
いは何なのか?心から譲りたいと思っているのか、そうすべきという義務感な
のか、建前だからそうしているのではないか。心から発する自然な感情なしに
する行為は偽善ではないかというもう一人の本音の自分に責めさいなまれ、そ
の行為に嫌悪を感じることがある。人種偏見や学歴や職種によって人を評価し
てはいけないと頭の中では思っていても、はたして最後の判断までそれを貫き
徹すことのできる自分かどうか、確たる自信はないのである。そのような既成
の思想や宗教や道徳の中にも偽善を嗅ぎ取る私は、自分のなかの本音と建前の
狭間で揺れ動き、かつ悩み苦しむ
己を見出す。
4号 1999年10月
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