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α編集部
:2015/10/17(土) 17:24:13
山荘便り 素数・ヤマガラ・へたな職人 他
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山荘便り 素数・ヤマガラ・へたな職人 他
??
◆素数
東京新聞に「これまでで最大の素数」を発見というニュースを報じていた。素数好き
としては見逃せない記事で、それについていろいろと調べて見た。
「1742万5170桁という現時点で最大の素数を、米国の素数探索団体がプロジェクト
[GIMPS]の参加者が発見した。素数の中でも特に珍しい[メルセンヌ素数]の48番目にな
る。素数とは1と自分自身以外に約数を持たない数のこと。ただし1は素数に含まない」
とある。
どうして大きな素数を見つけようと血眼になるのか、そしてまたいま現在では円周率
πの小数点以下の計算は2011年現在では10兆桁まで計算されているというが、それらの
値を再現もなく追求することにどのような意義があるのだろうか。しかし単なる好奇心
とも言えない。そのひとつとして
○素数の効用
それは第三者に通信内容を知られないように行う特殊な通信(秘匿通信)方法のうち
通信文を見ても特別な知識なしでは読めないように変換する表記法(変換アルゴリズ
ム)のことである。通信だけでなく保管する文書等の内容を秘匿する方法としても用
いることができる。その鍵として、十分大きな素数を二つ選び掛け合わせて公開鍵暗
号を作る等、現実に行われている手法である。
○自然界の素数
自然界に現れる素数の一例として、素数ゼミと呼ばれるセミの一種がいる。アメリカ
合衆国に分布するこのセミの成虫は、ある周期ごとに、13年ないしは17年間の周期で
大量発生する。成虫になった後は、数週間だけを地上で成虫として過ごし交配と産卵
を行う。
このセミが素数周期で発生する理由として、寄生虫や捕食者に対抗するための進化で
あるという説や近縁種との交雑を避けるためであるという説がある。つまり、もしこ
のセミが12年の発生周期を持っていた場合、12の約数である2,3,4,6年の寿命を持つ
捕食者と同時に発生してしまうことになり、捕食対象にされやすくなる。また、地理
??的に近い場所で12年周期と15年周期のセミが存在した場合、60年ごとに2種は同時に
発生し、交雑してしまう可能性がある。すると、雑種は発生周期がズレてしまい同種
のセミとの交尾の機会が失われる。 素数の周期を持つものは交雑が起こりにくく、
淘汰されにくいと考えられる。
以上Wikipediaによる。
兎に角、数字は面白い。さらに素数好きは奇人変人が多いのかも知れないし、絶滅危
惧種ではないかという疑いがありそうだ。
◆ルーティンワーク
アランの幸福論にあるように、人は身の回りの悩みや漠然とした恐れや不安などによ
ってもたらせれた滅入る気持ちに陥った時、その原因を一心不乱に探したり、反省や自
責や悔いることで,ますます頑なになっていく。体の筋肉は硬く緊張し、肺は新鮮な空
気を取り入れる力はなく、血液はうまく循環することはできず滞り、腸は働きを止め活
動が鈍くなってくる。
そんな時は思考を停止して、体を動かし筋肉を和らげ、深呼吸等をして精神の安定を
取り戻す方がよい。背伸びをしたり、屈伸運動をしたり、顔や手を洗ったり、お茶など
を飲み、音楽を聴き、散歩したりする。
私はある作業や仕事や創作に倦いたときは、それらの達成のために必要な義務感や意
志の力に強いられることなく、すぐさま別のことをすることにしている。たとえばコン
ピュータの前で設計図を作成したり、物語の構想を練ったり、難しい本を読んだりする
ことに飽きると、家を出て林に分け入り薪ストーブを焚きつけるに最適の杉の枯れ葉を
集めたり近所の大工さんから貰った白樺や唐松の丸太を小さく切ったり割ったりして薪
にする。また少し疲れたり腰が痛くなると山荘の周りの山道を小一時間ばかり散策し、
赤松や唐松、杉、木楢、椚などの姿や葉の色を観察したり、動物の足跡を探したりする。
この歳になり多少の余暇の時間が多くなってみると、諸々のルーティンワークも考え
ようによっては効能があるのではないかと思えるようになった。
まず、朝起きて窓のカーテンをすべて開け、薪ストーブに火を付ける。コーヒーを飲
んだ後二摘みのピーナッツを小さく砕き、小鳥の餌台に載せる。ヤマガラやコガラがそ
の餌を啄むのを眺める。掃除とか洗濯、食事の用意、ゴミ捨て、薪拾い等の生産性のな
い毎日繰り返される些細な仕事を、嫌だと思ってしまえばこれほど面白くなく不毛な行
為だと思え、苦渋を感じることもあるだろう。しかしまったく自堕落な生活でも可能な
者にとっても、そのルーティンワークは一日の生活の一定のリズムを作る効果、また仕
事や趣味に倦いたときのリフレッシュという効能を考えると、精神的にも肉体的にもあ
ながち悪ことばかりとは言えないのではないだろうか。
しかし、この文章を我が細君に見られると、「だったら毎日の三度の食事作り、洗濯、
風呂の掃除などなどのルーティンワークをすべてやってよ」とこれ幸いに反撃をしてく
るにきまっている。 あぶないあぶない。
◆ヤマガラ
この山荘に移って来てからまもなく、小鳥の餌を毎朝与えている。蛇や鼬鼠や貂など
の鳥の天敵がよじ登れないようにと考えて、コールタール焼き付けの小さな鉄製の餌台
だ。
今のところ集まってくるヤマガラやコガラは、店で買った小鳥用の麻の実などよりも、
ピーナッツを2ミリほどに砕いたものが好きなようである。正確に数えたわけではない
が特にヤマガラは10数匹が四方の林から入れ替わり立ち替わり飛んできて、朝早くか
らまだ何も入っていない餌台をまだかまだかと催促しているように揺らしている。
この前はいつも通らない山道に踏み入った時、大きな罠を見つけた。この近くの害獣
の指定された猿や鹿、猪、熊等を捕獲するためのもので、太い鉄筋を竪格子状に組んで
作られた幅1メートル、奥行き2メートル、高さ1.5メートルの、すこぶるゴツイ代物
である。奥に吊してある餌(鶏だろうか?)をくわえると入り口の扉がストンと落ちる
ようになっている。まだ実際に罠にはまった動物は見たことがないが、ある日山道の入
り口に、お揃いの柿色のシューティングベストを着た猟友会のメンバーが忙しく出入り
していた。犬が吠えていたのでたぶんなにかが罠にかかったのだろう。
人が餌付けしている訳ではないが、最近人里へ頻繁にそれらの野生動物が出没する。
どうもゴミ置き場の餌になるものを漁るらしい。
そういうことを考えると、小鳥に餌を与える方がいいのか、与えてはいけないのでは
ないかと考える。 野生動物に対して餌付けが行われるのは、大きくは二つの目的があ
る。給餌による保護を目的とする場合と、観察を容易にするためである。
絶滅危惧種ならともかくそうでもない動物たちに、安易に餌を与えるとその種だけが
繁殖したりしないか。野生としての餌を探したりする能力、飢えに耐える能力が失われ
るのではないか。人間に対する警戒をゆるめさせるのではないか。特にある種の物だけ
が増殖してその環境が変化して、自然のバランスが崩れないかという懸念だ。
ヤマガラは神社のお祭りで「おみくじ芸」をするほど、人に馴れやすく学習能力も高
いので、たぶんそのうち私の手の上のピーナッツを啄むようになるだろう。だがそこま
で馴らしてみようとは私は思っていない。家の外に出ると餌をせがんでいるかのように
チチッチチッとうるさく鳴くようで、最近は餌台に通うヤマガラ達は少々肥満になった
ように見えるのだが、思い過ごしだろうか。
??????????野鳥図鑑より
◆へたな職人
??先日ポール・ハーディング著「ティンカーズ」(小竹由美子訳 白水社)という本を
読み終えた。ちなみに題名の「ティンカー」とはどういう意味か。辞書によると「いか
け屋」「へたな職人」とある。
物語は時計修理人の主人公ジョージ・クロスビーが死ぬまでの八日間に、父親のハワ
ードや家族との思い出とともに、様々な幻覚をみるという筋である。その父親は森のな
かの人々の要求を叶えるために、ティンカー、ティンカー、ティン、ティンとバケツや
ナベなどの金物のぶつかる音をさせながら、荷馬車で色々な生活雑貨を積んで売り歩く
暮らしをしていた。時には鋳掛け屋、鍋細工師としての仕事もしたが、たいていはブラ
シやモップの行商人だった。
主人公ジョージの死の床での思考はすでに朦朧としていて、白昼夢にちかく時系列に
従わないもので、読者の私にとっては筋を追うことに難儀をした作品だ。とはいえ、私
の読書傾向は推理小説や冒険小説や時代小説のように筋を追う物語よりは、意識の流れ
を描くものが多いようで、いつも苦労している。しかし好みとはやっかいなもので、謎
解きや事件の進行など気楽に読める作品でも、好みでないものはすぐに途中で投げ出し
てしまうのだ。それに名前と場所と環境を変えただけで同じプロットで繰り返されるシ
リーズものの小説等、その作り手の安易さ、読者の興味を刺激することばかりに気を配
った作品、最後にどんでん返しを得意とする技巧をこらした作品にはうんざりだ。
作者ポール・ハーディングの創作方法が私の日頃のそれによく似ているので驚きであ
る。作者は教職の空き時間に、ノート型パソコンや手近の紙に、時系列は関係なく思い
ついたシーンから文章を紡ぎだしては記録していった。プロットを構築するのではなく
言葉やイメージを追いかけた手法はハーディングに合っていた。そして最後に彼は書い
たものをすべてパソコンに打ち込んでプリントアウトし、床に並べ、絵画で言うコラー
ジュのように切り貼りして構成を整えるという。
しかし今時、パソコンやワープロを使わないで、完結するまで原稿用紙に手書きで書
き進める人は、私にとっては驚くべき才能に思われる。小さな訂正や添削はあっても、
全体の流れや筋を頭に入れながら入り口から出口まで完璧に作り上げるのは私にはとて
も出来そうもないのである。
◆春一番の花
??春の山で一番早い花
ここは藪椿など冬に咲く花木がないために、杉や檜、樅の木以外は枯れ葉色一色の山肌
になる。そして一番早く花を着かせるのはキブシとサンシュの花である。
コブシは蕾は膨らんではいるがまだ咲かない。キブシは夏、房状になる青い実を見て、
植物図鑑を探したが何の木か判らなかった。今日その花を見たので再び調べた結果それ
だと判明した。気になっていたことが解けてちょっと頭が軽くなった。
サンシュは夏の樹形はまったく覚えがないが、春の先駆けに黄色い花が咲くのを覚え
ていた。どちらの木の花も控えめに咲くので、あまり華やかさはない。人工的に栽培し
た色鮮やかな花々で満ちている都会と違い、色のない山肌にささやかな生気のある芽生
えが私の気持ちを前に進ませる。その稀少さが他の派手な花々より効果が大きいといわ
ねばならない。
○キブシ(木五倍子) Wikipediaより
樹高は3m、ときに7mに達するものもある。 3-5月の葉が伸びる前に淡黄色の花を総状花
序につける。長さ3-10cmになる花茎は前年枝の葉腋から出て垂れ下がり、それに一面に
花がつくので、まだ花の少ない時期だけによく目立つ。
○サンシュユ??「ハルコガネバナ」
内部にある種子を取り除き乾燥させた果肉(正確には偽果)は生薬に利用され、 山茱
萸(やまぐみ)という生薬として日本薬局方に収録されており、強精薬、止血、解熱作
用がある。果肉は長さ1.4 cm程の楕円形。牛車腎気丸、八味地黄丸等の漢方方剤にも使
われる。
◆私の嫌いな10人の人びとを読んで
変人、奇人である哲学者・中島義道の本「私の嫌いな10人の人びと」が、貸していた
ところから数年ぶりに帰ってきた。不思議なことに私の本だということがよく分かった
ものだ。その人は本棚の整理をするとき、小難しい、しかもひねたことが書いてある書
物を読むのは、私しか思いつかなかったからだと私は憶測した次第である。それほど世
間の常識に楯突くことを書き連ねていて、一般には受け入れられている行為を糾弾して
いるようで常識人は不快になるのだろう。
1 笑顔の絶えない人
・笑顔の絶えない顔は気持ち悪い
2 常に感謝の気持ちを忘れない人
・感謝の気持ちを他人に要求する人
・日本的商人道徳への違和感
3 みんなの喜ぶ顔が見たい人
・家族至上主義
4 いつも前向きに生きている人
・考えない人
・厭なことはみんな忘れてしまう人
5 自分の仕事に「誇り」をもっている人
6 「けじめ」を大切にする人
7 喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人
・対立を嫌う人々
9 「おれ、バカだから」と言う人
10 「わが人生に悔いはない」と思っている人
・さっさと満足して死になさい
中島義道の言わんとするところは、常識的な心地よい言葉ですましていることへの不
信である。その言葉の底の底まで考え抜くということをしないで、美辞麗句を使ってい
ればすべてうまくいくという割り切り方、安易さが嫌なのだと思う。本の帯にも「いい
人」の鈍感さが我慢できないと書いてあった。
たとえばボランティアなどを進んで行う人には敬意を払うが、自発的で無償な行為で
あるはずのことを人に言いふらすのは、何かの見返りを求めているようで見苦しい。そ
こにはしてあげる」という意識が有りはしないかなどの解釈が成り立つだろう。
しかし吉田兼好も言っているように「何もしない批評よりも偽善でも行動を」第85段
は大して何もしない私にはぐさりと胸に突き刺さる言葉である。
ちなみに変人・奇人の作家はドストエフスキー、カポーティ、シラー、ジェイムス・
ジョイス、夏目漱石、江戸川乱歩、夢野久作、太宰治、吉田健一、久生十蘭、内田百間、
泉鏡花、坂口安吾等々。
?????????????????? 完
斜光20号 2015
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