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99
:
α編集部
:2014/04/03(木) 17:39:55
山荘住まい2012
,
山荘住まい 2012
この年の4月から生活の本拠地がいよいよ富士山麓へと移ります。
たとえこれまでほぼ月一で通った土地であるとは言え、定住となると
新しい発見や出会いがあるものと思われます。山荘便りから伝わって
くる嬉々とした様子は、[引っ越し魔の正体ここにあり]、と思わず
納得してしまうのであります。
「窓辺にて―そして、それから」より (同人α31号作品)
2012.4月
◆いまとむかし
今回終の棲家(ついのすみか)と覚悟して本郷という東京の中心から河口湖の山荘に転居
した訳だが、十数年前に両親の里である九州の杵島山(きしまやま)の麓(ふもと)へ都会の
生活をすべて精算して帰った時と、田舎暮らしにおいては同じ心境という訳ではない。先
の時はバブル崩壊の煽(あお)りを食って、蓄えも尽き果て食費や子供の学費、住宅ローン
代にも事欠き、遂には全てを売却しなければならないという、それまでの暮らしの中で最
も辛い一年を過ごした結果、いわゆる尾羽(おは)打ち枯らした状態での帰郷だったのだ。
しかし今回は、あとに残された生命の長さを思い、都会の煩わしい世事を離れ自然に帰
ろうというもので、自らの意思による行動を起こすだけの余裕があり、生活の切迫(せつ
ぱく)の度合いは格段の違いがあったと言えよう。
幸いにして最近の仕事事情もまた随分進化していて、この山の中でも充分要求に対応で
きるから、なにも都会にへばり付いている必要はないのである。勿論その仕事をこなすだ
けの設備と知識とクライアントへの説明、意識改革、理解が必要であることは言うまでも
ない。だから私はこの山荘を計画する時から五年掛けて、インターネットの技術の進歩を
眺めつつ準備を進めてきたのである。
そのことを可能にするための方法は、
●建築の設計図面をCAD(computer aided design)というコンピュータ支援ツールで
???? 作図すること。
●インターネットを利用してメールで図面を遠隔地へ送ること。
(今では役所の審査を仰ぐ建築の確認申請も、受け付け先はまだ一部の民間審査機
関に限定されるが、この方法で提出し、一度も役所へ足を運ぶことなしに許可を受け
ることができるようになった)。
●その設計図面を遠隔地のコピー機に電送して直接印刷すること。
の三つである。
山荘で作図した図面をメールに添付(てんぷ)して送り、本郷の事務所のコピー機に直接
印刷することができることは数年前から実験済みだった。これだと早朝でも夜中でも仕事
をしたいときにして送れば、24時間の自分の時間配分を勝手気ままにする自由さが保障
される訳だ。しかも事務所の機器類は自由に遠隔操作できるから、山道の積雪が凍結して
車で里へ降りることができず本郷の事務所に通えなくなっても、せっせと雪深き山荘で仕
事に精を出し、その結果をメールで事務所のコピー機に送り印刷すれば、糊口(ここう)の
道は断たれることはないのである。
思えばこれまで悪道、極道、非道、間道、鬼道、魔道、権道、邪道はなるべく避けたつ
もりだが、迷い道、寄り道、回り道、坂道、行き止まり道、苦行の道等の方は、長い道の
りを歩いてきたものだと感慨深いものがある。かくして富士山を拝み、花々を愛で、鳥の
声を聞きながら好きな時間を過ごせる山賤(やまがつ)の生活が今始まったばかりである。
しかし最近富士山の回りには大噴火や大地震などの危険が一杯という噂が世間を賑わして
いるようだが、何百年に一回起こるかどうか判らないことに一喜一憂するより、いまの姿
の美しさや多様な自然を形成している環境を楽しむ方がよかろうと思っている。
春
転居30回達成!! 2012/ 4/20
小生ついに今日、転居30回の大台を達成することができました。そして大都会から富
士山を望む田舎に転居して山賎になるつもりであります。この30回の転居は、ギャンブ
ル狂いやアルコール中毒や浪費癖による多重債務や女狂いによる刃傷沙汰等からの夜逃げ
では決してありません。また首都圏直下型大地震に対する恐怖によるものでもありません。
なぜならこの地は富士川河口活断層があり、M8クラスの地震が想定されていますし、富
士山も密かに噴火の機会を目論んでいるようですから。小生としましては、残された寿命
のなかでその大イベントを目の当たりにし、鴨長明よろしくその現状をつぶさにレポート
したいような気もします。
而して小生の消息が途絶えたときは、山賎として薪や粗朶を求めて深山に分け入り、あ
るいは猪や猿や鹿を友として駆け巡っていると思しめください。ではこれから気分が向け
ば時々山荘便りを認めたいと思いますのでよろしく・・・。
山荘便り/転居30回目の山荘での最初の便り 2012/4/21
実は私はこの大都会の人の多さにうんざりしていた。桜の頃の上野、週末の渋谷、銀座の
雑踏、うまいもの店の行列などマスコミにすり込まれた情報にマインド・コントロールさ
れたような、何か不吉な出来事に遭遇してパニックに襲われた群衆に、飲まれ込まれるよ
うな恐怖を感じて立ちすくむのである。
アンドレ・ジイドは「僕は一つの型に嵌るくらいなら成功しない方がましだと思っている。
自分が光栄に導かれる事が判っていても、予め出来上がった定まった道は歩く気にはなら
ない。僕は賭が面白いのだ。未知なるものに興味があるのだ。冒険が楽しいのだ。他人が
いるところに自分がいないのが面白いのだ。これは、自分が勝手な処にいたいがためでも
あるし、他人に邪魔されずにいたいためでもある。なにより自由に考えるということが大
切なのだ」といっている。私は今まさにそんな気分なのだ。
山荘便り 2012/4/23
実は今回の小生に関する数はすべて素数であると言えましょう。年齢は71歳だし、前世
からこの世に転居したと解釈すれば31回となります。たぶんこの世からおさらばすると
きは83、87、89歳あたりがよろしいようで・・・。
さすれば「同人α」第101号を手にすることもあり得るわけです。
また葛飾北斎の93回には及びませんが、あと数度の転居もあり得る訳です。
山荘便り 2012/ 4/26
こちらに越してきてから天気はあまりぱっとしない。「あした天気になあーれ」の心境
である。しかしあまりにも風光明媚、天気晴朗の恵まれた環境があたりまえになって無感
動になるよりは、薄ら寒く小雨がちでこれでも春かと思うほど鈍色の景色から始まった方
が良いように思えた。まだ春まだきのようなこの気温、木々を抜ける風の音を聞いたとき、
熱い紅茶にプチット・マドレーヌを浸して食べた時に追憶する「失われた時を求めて」の
主人公のように、私も少年のころ父と目白を捕獲するために茂みに身を潜めた郷里の山々
など、既に他界した父への懐かしさや悲哀とともに思い出した。
そして部屋は持ち込んだ衣類や本のはいったダンボール箱がいっぱいで、当分屋内の整理
の仕事で忙殺されそうである。幸い庭の植物もまだ完全に目覚めていないから、手を加え
る必要に迫られていないので助かっている。
夏
ブラックベリー/「肥と筑を読んで」より 2012/7/2
山荘に引き籠もったからといって自由気ままに過ごす時間が豊富にあるわけでもない。当
人はそのつもりで転居したのだが、まもなく思いもかけないことが起こった。連帯保証と
いう世間によくあるトラブルに巻きこまれて、簡易裁判所からの召喚状が突然飛び込んで
きたのである。霞を食って生きようと思って来たこのような深山幽谷の世界にも、そのよ
うな些事が追いかけてくるのである。しかし連帯保証をしてくれと依頼した本人と債権者
の間で和解の話になっているから、まあ一安心で、転んでもただでは起きない当人だから、
この顛末もいずれ創作の材料として書く心算である。
下世話な話はさておいて、いままではなかなか休暇でやってくる時と、花が咲く時期が合
わずいままで盛りの花を見ることができなかったが、やっとツル薔薇の花の咲き乱れる我
が家へのアプローチに出会えた写真だ。Blackberry Cottageという名
称の看板を掛けているが、手入れがわるかったのか、たわわな実りを願っているブラック
ベリーはまだ実をけていない。そのかわり山荘の周りにはいろいろの苺がみのり、毎朝散
歩の途中で採取しては食している。
黄色いのはもみじ苺、赤いのはラビットラズベリーの実である。それぞれ味はちがうが実
に美味である。
????
狐の手袋/「人生詩を読んで」より 2012/7/17
今この山荘の周りは狐の手袋(ジキタリス)が薄紫の花を咲かせている。自然は不思議な
もので春が来て緑で覆われると、そこにどのような野草が生えているのか俄には分からな
い。
丁度深い緑の山のなかに咲き誇る花を見て、初めてそこに桜の木があったことに気づくよ
うなものだ。春に越してきてまず山吹の花一色になった山を見た。それが終わると空木の
花があちらこちらに静かに咲いていた。それからしばらくは花らしいものが絶えた時、大
まむし草が盛んに目に付くようになる。それからこの季節になると狐の手袋や紫陽花の花
が咲き出した。
山荘便り 2012/ 8/4
早朝の散歩の途中の見晴らしのきく場所で、いつも立ち止まって眺める富士山はまだ噴火
していない。マスコミが騒ぎ立てていたずらに煽るにも拘わらずいたって平穏で、伸び伸
びとした稜線を従えてそびえ立つ勿忘草色の孤高の姿を見せている。
都会に住んでいた頃には、洪水のように流される実に個人的なゴシップや政局や噂話、ど
うでもいい評論家のコメントなどの報道に溢れていたが、この自然のなかではそんな知識
などほとんど取るに足らないもののように見える。ひんやりとした空気、陰影のくっきり
とした木の間から差し込む踊るような光り、ハイドンのチェロ協奏曲などを聴きながら食
べる朝食は、老いによる衰えを忘れさせてくれるようだ。
昔オーディオに凝った時期があり、ラックスマンなどの高価な機器に囲まれていたことが
あったが、この頃再びそのような音を聞きたいという感情が湧いてきた。これもメカ好き
の性癖、飯の種にならないことにばかり手をだす「遊び人」とばかりに、またまたカラマ
ツ・ジローのごとく、細君のマシンガンの標的になりそうである。
山荘便り 2012/8/7
机に向かっていると窓の外でいろいろな鳥の鳴き声が聞こえてくる。数年前から朝早く
美しくしかも長くさえずる鳥の声をベッドのなかで聴いてきたが、未だにその鳥の名前が
分からない。野鳥の鳴き声というサイトで調べるのだがもう一つはっきりしない。
日本三鳴鳥はウグイスとコマドリそしてオオルリと言われている。しかしウグイスでもな
いコマドリでもない、そうすると残りのオオルリか。そのうち追々録音でもして識者に判
定してもらうほうがいいだろう。
さて、今日は十?近くの林のなかからウグイスの鳴き声が聞こえてきた。この鳥は山梨県
の県鳥でもあり、体長16?、体は所謂ウグイス色である。私はむしろ目白という鳥の若
竹色(わかたけいろ)の鮮やかさをウグイス色としてイメージしていた嫌いがあるが、声
の良さに反して実に地味な鳥だ。
「ホーホケキョ」と、まるで熱心な信者のように法華経を唱えているようなこの鳴き声は、
正式には囀り(さえずり)というらしい。これもWebで調べて見ると,
さえずり:「ホーホケキョ」
縄張り宣言や雌を呼ぶために、繁殖期の雄が発する鳴き声。「ホーホケキョ」
の後に「ケキョケキョ」と激しく鳴くのは,縄張りへ侵入してきた鳥への警
告を意味しているという。
地鳴き :「チャッチャッ」
さえずり以外の鳴き声。主に繁殖期以外での鳴き声を言う。
私は手のひらにのる程の大きさのこの鳥が、谷に響き渡るようなその囀りの声の大きさに
驚く。カラスの鳴き方を観察してみると、口を精一杯大きく開け、反動をつけて体ぜんた
いを揺らしながら鳴くのである。まさに全エネルギーを一点にぶつけるような力仕事に見
える。そうしてみるとウグイスも我々が楽しんで鳴いているだろうという想像とは大違い
で、そこには生きるための必死の形相が見えてくる。
さて、いつもの癖で人間の大きさだと一体どんな状態になるだろうかと試算してみた。体
高で換算すると、人間の1?60?÷16?=10倍 ウグイスの鳴き声の通る範囲を2?
と仮定すれば、2km×10倍=20?。まさかそんなに遠くまで聞こえるとは思えない。
しかし、高速で走る新幹線の鐵橋の下くらいの音の大きさ以上であろう。こんな試算は意
味をなささい単なる遊びに過ぎないだろうが、それにしてもあの美しい囀り(さえずり)
に違った様相が見えてくるのが面白い。
秋
富士山を望む山奥に住む同人 キメラ17号 投稿日:2012年 9月 2日
書評二つが入っていた。自称『山賎(やまがつ)』とアイルランド文学やフランスが舞台
となる「ブラックベリー・ワイン」に何か共通点でもあるのかと思ったりもする。
「ブルックリン」の評を最後まで読んでみると人間の心の襞に深く入り込んだ上での感想
のようで、荒々しい山賎のイメージとはかけ離れたものだった。
「ブラックベリー」は、“うまく最後まで読ませる”ものの、警句や比喩やアフォリズム
が村上春樹の手法と似ていて通俗的である、と述べるあたりはなかなかの射撃手でもある
ようだ。
自然のめぐみ、いとなみは青い地球誕生からずっとからいっしょ。山賎も自然と対峙す
るからには、荒々しそうな反面人一倍繊細なはずだとも思う。国、人種、職業、時を越え
た所に、あるいは心(精神)の深い根っこに、共通した人間の「生きる」があるのだろう。
その中で評者なりに選んできた「生き方」が伺える。
『山賎のおとがひ閉づる葎かな』 芭蕉
『野ざらし紀行』の帰途、甲州谷村への道筋での放浪の人、芭蕉の一句。詠んだ場所は
山梨県内“都留”であるという説もあるらしい。 山荘の名前と同じく不思議なご縁なのか
もしれない。
無口で無愛想な山賎も、たまにはこうして斧を「ペン」に変え、ニューロン・カフェの
ドアを開いて、[おとがひ]を開いて、山の話、本の話を聞かせて欲しいと思った。
ここは数年前、山賎本人が徹夜で設計し建てた、釘を使わない木組みのカフェでもあるの
だ。静かで風通しもいい。
山荘便り 2012/ 9/7
造次顚沛という難題に向かう前の一休み、今日は雨の中300メートルほど坂を下った所に
新聞を取りに行く。ここは亀甲台という別荘地の入り口だ。なぜ家から離れたここに新聞
受けを置いているかというと、家までの真冬の雪で凍った坂道を車で登れないから住宅の
ポストまで配達できないということである。単に新聞を取っている家がほとんどないから
そこまでサービス出来ないという理由か、それとも本当に凍ったとき配達できないからク
レームが来るのを厭うためか、しかしそれがどれくらい難儀するのかは本当のところ私に
は判らない。
赤松林の道路には、いつもは拳の半分くらいの松毬しか落ちていないのだが、今朝はその
雨に濡れた道路の真ん中に何かの塊が見えた。突然細君が素っ頓狂な声を出した。なにか
と思えば20?近くもある大きなガマガエル−正式な名はニホンヒキガエル−が私達に向
かって平伏した形で鎮座している。人間が近づいても動こうとしない。そのイボイボのあ
る体の色といい、なんともいえないギョッとする異形さだ。しかしその一方では滑稽な姿
でもある。私は長靴の先でちょっと押してちょっかいを出してみた。するとのそのそと動
きだして、10メートルほど歩き去って振り返って見ると、そのガマガエルは谷側の茂み
にはいって行くところだった。車の往来が少ないからいいようなものの、あまりにものん
びりしていると本郷の町で見かけた、白い腹を見せて万歳した姿で死んでいた個体と同じ
運命をたどるぞと余計な心配をしたくなるというものだ。
ヤマカガシという天敵がいるこんなところで生きて行けるほど食べ物があるのだろうか。
またヤマカガシはこの気味の悪い巨体を一飲みにするそうだ。いかにも不味そうに思える
のだが、まあ双方ともあまり気持ちいい姿ではないと言えるだろう。
山荘便り/秋の収穫 2012/10/5
今日午後より河口湖畔に冬の餌として栗鼠にあたえるオニグルミを探しに行った。収穫の
量や採取の時期についていい時だと確信があった訳ではないが、思ったよりうまく大量に
採取出来た。おまけとして更に少々小ぶりではあったが野生の栗も籠一杯になるほど拾え
たのは望外だった。
自然のなかで果物や山菜を採取するには二つの課題がある。一つは目的の物が存在する場
所。二つ目は充分に熟れた果実の採取時期である。しかし初めて求めるにあたってそれら
のものが、この広い河口湖畔のどこにあるのか見当もつかなかった。蕨やアケビなどの探
索はこれからの課題とするが、オニグルミや栗の木の等の多数の樹形は小さい頃山で遊ん
でいたのでよく知っている。そこで車を走らせながら木の姿を見つけ、そこに車を止めて
近づいてみた。幸いなことにオニグルミと山栗が同じ場所にあったし、しかも栗の実もオ
ニグルミの実も地面に落ちていて、難なく採取出来たのである。もしまだ木になっている
青い実だったら、とても手が届かなかっただろう。
採取したオニグルミの実はまだ果肉が付いていて、それを剥がすために地中に埋めておく
という話を聞いたことがあるが、今は水を張ったバケツに入れて果肉を腐らせてみようと
思っている。山栗は小さいが肥えていて虫食いもなく、早速蒸かして食したら美味だった。
この己の行動を見ていると、山里で暮らした両親が春になると喜々として蕨とりに山に出
かけていたことを思い出す。私も捕獲して食べる訳でもないのだが、小さい頃より川へ出
かけ、フナやウグイ、アブラハヤ、アユ、ナマズ、テナガエビなどを毎日追いかけていた
ことを思い出す。
このような収穫するという精神の高揚は原始的な根源的な生への本能的な衝動として、採
取した獲物を眺めて豊かさを感じるということに起因するのだろうか。
そしていま私がその喜びを強く感じるのは、どうも両親から受け継いだもののようで、い
よいよ私も山賤としての生きる技術と体力を磨かねばならないようだ。
さて、来年の収穫のために今日の日と場所をここに記録して置こうと思う。
人生の収穫 y.コバルト 2012/10/5
山荘便り−20121005 を読んで、著者はいい時間を過ごしているのだなと思う。
あくせくした、ノルマと騒音と汚れた空気から離れて自然の中の現実の人間に戻る。
再度の転居の可能性は感じるがそれがまた都会なのか、もっと山の中の小屋になるのかわ
からなくなってくる。
玄関の扉の外側に年中風鈴を吊る下げているが、先日その横に朝顔に変えて、造花の紅葉
といが栗の飾り物を置いた。仕事中毒であった頃はこんなことはしなかった。
山荘に移り住んだ人はほんもののオニグルミや栗を味わっているようだ。
造花であれ本物であれ、それだけ時を過ごしてきたからやること、やれることなのだろう。
自然の中に入れば寝ている時の夢はあまり見なくなるのかもしれない。自然は人の夢を包
含しているからだ。自分といえば、相変わらず夢ばかり見ている。
冬
山荘便り 2012/12/4
晩秋も過ぎ、もはや初冬の山々は紅葉も終わりに近づいている。最後に残った黄色のクヌ
ギや木楢の葉が一斉に散り始めた。そして葉が茂り暗い木陰の濃い夏より、むしろ地表に
太陽が差し込み山全体が明るくなったようだ。
紅葉と言っても様々な色合いがある。そして楓の赤い色ばかり思い浮かぶが、じつは山全
体から言えば黄色に変化する木々がほとんどなのだ。楓さえも全て紅になるものばかりで
はない。もっと深い赤に染まるものや、銀杏のように見事に黄色一色になるものもあり様
々なのだ。
赤に染まる木は楓をはじめ、ハゼノキ、ナナカマド、南京ハゼ、ニシキギ、ハナミズキ、
ブルーベリー、ドウダンツツジ等。
黄色に染まる木は銀杏、クロモジ、カラマツ、コナラ、クヌギ、カツラ、ホオノキ、ヒメ
シャラ、ムクロジ等である。
私の山荘の回りのこれらの木々は、それぞれの時期を違えながら11月の半ばから12月の
半ばまで私の目を楽しませてくれる。敷地の南西角にある、恐らく百年近い時を経たと思
われる楓の大木は大量の落ち葉を降らした。越してきて初めて過ごす今年の山荘で私は、
これほどまでに夏の間葉緑素豊かな葉を茂らせて光合成に精をだし、己の生命を維持して
いるという現実を想像もしていなかった。まさしく自然の営みは思いもつかないことばか
りだ。
山荘便り 2012/12/7
初めての山荘での冬ごもりなので今回は経験不足のため、冬支度がうまくいかなかった
ようだ。それはストーブで焚く薪の一ヶ月分の量が判らず、ストックの計画が狂ってしま
ったからである。
まず11月分として1束10?/350円の薪50束を山梨の社会福祉法人障害福祉サービス
事業所から格安で購入して山荘の床下に積み上げていた。しかしそれを使い切る数週間前
に再度注文したところ、原木を買い付け薪として加工するのに一ヶ月ほどかかるという。
配送できるのは12月17日ということで、今日から二週間ばかりの薪が足りなくなった。
最低気温も零下、最高気温も一桁になっているここで暖がなければ寒さに凍え暮らさなけ
ればならない、さてどうするか困ってしまった。
薪の種類は何でもいいという訳ではないことを、薪ストーブを購入するときに知らされ
た。この山荘の回りは赤松林であるから、松の枝はたくさん見つかるのだが、この木は油
分が多くて煤が出るし火力も強いから鋳物製のストーブ本体を傷めるとのことである。一
方杉や桜などは火付きも良いが、材が柔らかくてすぐ燃え尽きてしまう。やはり木楢や椚
のように油分が少なく材が硬くて火持ちがいいのがベストだという。
それから焚きつけ用としては乾燥した杉の葉が一番良いと判った。新聞紙は毎日の配達
で自然に貯まるが、くしゃくしゃに揉んでも紙と紙の間が密着しすぎて燃えが悪いし、燃
えた後の灰が新鮮な空気の流れを阻止してしまう。その点、杉の葉は一つの枝に十数本の
小枝が生え、更にその小さな枝についた針状の葉がクッションとなって、適当な空気の通
り道を作っているから、甚だ火付きがいい。
この前、生々しい緑の杉の葉が混じっていたので試しに燃してみると、良い匂いと共に
パチパチと爆ぜて勢いよく燃えた。どうも油分をふくんでいるらしい。これは檜や杉板な
どから発する殺菌性と人に癒しを与えるフィトンチッドといわれる芳香性の化学物質では
ないかと思った。
12月、1月とだんだん寒さが厳しくなるともっと薪の数が必要になる。それらの月の薪
の消費量と費用のデータも記録する必要がある。また焚きつけ用の粗朶や杉の葉の準備も
必要だ。近くの山の中に行けばたくさん落ちているので、時間がある限り山に入らなけれ
ばならない。しかも湿った薪では使い物にならないから、天気が二日以上続かなければ意
味がない。
そこで来年は紙ふうせんの歌ではあるまいが、「冬が来る前に」といった悠長な考えは通
用しないと判ったので、春先に一冬分の薪を購入してストックしなければ安心して冬が迎
えられないことを悟った。さて今日も杉林の中を徘徊するか。
wikipediaによる
フィトンチッド (phytoncide) とは、微生物の活動を抑制する作用をもつ、樹木などが
発散する化学物質。植物が傷つけられた際に放出し、殺菌力を持つ揮発性物質のことを指
す。
森林浴はこれに接して健康を維持する方法だが、健康だけでなく癒しや安らぎを与える
効果もある。フィトンチッドはその殺菌性や森林の香りの成分であるということから良い
イメージがあり、森林浴の効能を紹介する際に良く用いられている。
クリスマス/「肥と筑を読んで」より 2012/12/25
クリスマス・イブは最後にブッシュ・ド・ノエルを食し、その後恒例の「ホワイト・ク
リス マス」のDVDを見た。時代は、アメリカの一番良い時代を迎えようとしている1950
年半ばの話である。高校生の私達はこのアメリカの豊かさへの憧れに溺れそうであった時
代だった。そしてこの山荘も夜半には雪が積もりホワイト・クリスマスになった。
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