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94
:
α編集部
:2014/03/29(土) 10:06:26
誕生日
..
誕生日
2007−2010
一見ハードボイルドを決め込む人にも、ソフトボイルドの顔がある。
作品の中にも、投稿記事の中でも、夫、父の顔はほとんど見せない。
そんな中、チラリと見せるのが誕生日の記事だ。
唯一この日だけは鉄の壁を少しだけ開くようである。
扉の中の数少ない映像だ。有名作家でもないのでチラリ家族の画像
を載せても問題は生じないだろう。思い上がりの肖像権を叫ぶ人達
でもなさそうだし、何と言っても、みないい顔をしていて恥じるこ
とないから…。
2007年
細君の誕生日
2007/1/30
今日は細君の誕生日。何歳になったかにわかに思い出せない。数えるには7人分の指が必
要のようだ、ただし亡くなった高柳マスオ君のではちょと足りないけどね。
昨日は三越で誕生祝いにピンクの財布を買った。沢山万札が入ればいいね。(さっき信用
金庫の定期の満了によるお金が十数万入ったようだ)
さて息子が細君の誕生日を覚えているかな、昼休みにでもこっそり電話してみよう。毎年
なにやかやと贈り物をしているようだが今年はどうだか疑わしい。近くに住んでいるのに
最近1月ばかり家に近寄らないのは何か意図があるのだろうか。
今朝の朝日新聞の鶴見俊介さんと語るで相方のアーサー・ビナード39歳
米国出身、東京在住 日本語詩集「釣り上げては」で中原中也賞
アーサー・ビナード
・「国益」は一部の人の利益のためにみんなをこき使うための口実
・コンピューターが意味のある言葉を発することができないのは、生活していないか
らだと思う。コンピューターは猫をだいたことがないし、豆乳も牛乳も飲まないか
らね。
・・・こういう言い回しや表現を私は好きだ。
夜7時半に三越のライオン前で息子と落ち合い、スペイン料理で会食した。食い物には目
がないから快く細君の誕生祝いに来てくれた。3,800円のコース料理。
息子の年収が520万とか、26歳では上出来だろう。そうこうするうちたちまち私の年収
を超すにちがいない。
自分の学費のためにマンションを売ったり、都落ちしたりと親が苦労したと思っているの
か、けなげにも河口湖の家のローンの面倒はみるからねと手抄なことを言ってくれている。
細君にとっては私が居なくなっても一安心だと思っただろう。
2008年
細君の誕生祝い
2008/2/3
◆細君の誕生日を銀座のイタリア料理店ILPINORO(イルピノーロ)で息子を呼び
出し、3人で祝う。3,200円のコース。味は結構いけるし、サービスもよい。
評価☆☆☆☆
◆その後三越のスワロフスキーでペンダントを買って贈る。
私は1万円、息子は5千円計1万5千円也。
息子の誕生日・結婚記念日を祝う
2008/3/25
息子の誕生日と我々の結婚記念日の祝いを纏めて、23日(日曜日)に銀座の十字屋ビル
4階の「江島」で蟹料理を食って祝う。
◆息子は誰に似たのやら熊襲の末裔かと思えるほど胸毛やヒゲが濃い。背は私より心持ち
低く中肉中背の28歳になる青年だ。私のような田舎出の癖の強い、いきあたりばった
りの性格と違い、いつも冷静で的確に物事を判断して行動し、決して激することはない。
その辺が親としては感心するが、一方熱中する何かを持っているかどうか判らないのが
不満でもある。
はたして付き合っている女性はいるのだろうか。近くに住んでいるが同居していないの
で、その辺のことが全く判らない。直接その話題になっても、適当に惚けられてはっき
りした情報を提供してくれないので一向に埒が明かない。服装もシャツと綿パンとスニ
ーカーで、その格好のまま会社で仕事をするという。NTT関連の会社のネットワーク
事業部の事業企画部でコンピュータを駆使して、システムを開発する仕事だからそんな
服装を許されているのかもしれない。我々が想像する昔の大企業の執務風景と随分違う
ようだ。服装に金を掛けているようでもなく、夜な夜な赤いネオン街に出没している風
でもなく、休みの日は秋葉原の路地裏をメカの探索をしているようだから、金を使う暇
も無かろう。親が頼りないから結婚資金でもせっせと貯めようという魂胆か。
◆細君と結婚して42年になる。
「こうかい」という言葉で今朝話題になった。夫はいままで遠くにあるだろうと期待し
た楽園を目指して、荒波のなか手漕ぎ舟(零細自営業)で航海してきたと、努力と成果に
少なからず満足して、その感慨に耽っている。一方女房殿は「そりゃー後悔の連続」で
あったと思って不満だらけであったかも知れない。おなじ「こうかい」でも実は二人は
同床異夢であったという話。それはともかく我々は未だに理想の島の見えない波の上で
「こうかい」を続けているのである。
一寸早いがクリスマス
2008/12/22
久し振りに家で親子3人夕ご飯を食べた。息子の都合でちょっと早いがクリスマスの祝い
をしようということになった訳だ。
チーズの盛り合わせ、さらしクジラ(妹が長崎から送ってきた)、生ハム、小カブのスー
プ、ローストビーフ(ホースラディシュを添えて)、赤ワイン(医者に止められているが
今日ぐらい醸造酒もいいだろう)、フォカッチャ(イタリアのパン)、ブッシュドノエル。
贈り物 私 :キーホールダー+靴下(ラルフローレン) 4,000円
細君:ホットカーラー ¥2,000円(来月誕生日のお祝いでちゃん
としたものを贈ろう)
息子:靴下(ラルフローレン) ¥5,000円
以上贈り物も今年は控えめに・・・。
この暮れは大合唱になる大苦 とい朝日川柳に載っていた。
2009年
細君の誕生日を祝う
2009/1/30
細君と息子と3人で細君の誕生日を祝った。年齢はどうも大台に乗ったらしいが聞かな
かったことにして、「十歳若いと詐称してもかまわない」というお墨付きを与える。
場所は上野広小路にある、看板の字を鶴岡鶴太郎が書いた「とらふぐ亭」で五千円のコ
ース料理。息子の驕りだという。いくらか親の苦労を承知しているらしく、時々は「動け
なくなったら面倒みるから心配するな」などと殊勝なことを言って細君を喜ばしている。
両親に対してとってきた私の態度とは大違いだ。
有楽町の「大雅」や築地の「天竹」」以来何十年振りだろう。前菜のふぐ皮湯引きから
始まって、 てっさ、唐揚げ、てっちり、雑炊、デザートのコースで十分堪能した。しか
し細君にとっての一番満足は息子がすすんで祝ってくれたことだろう。
記念日を祝う
2009/3/20
息子の誕生日および我々の結婚日の祝いを纏めて、銀座・季楽にて昼食をする。季楽は
JA佐賀の経営する佐賀牛を食べさせる店だとか、並木通りに面する新しいビルの中にあ
る。夜は高価でとても我々庶民が出入りする所ではない。息子はもうすぐ29歳、ガール
フレンドがいるのかいないのか、さっぱり判らない。かたや我々は数限りない転居や事務
所経営の不安定さのなか、貧乏やそれに伴う行き違いなどいろいろあったが、ともかくも
44年の間連れ添った訳だ。
麦わら帽子
2009/8/3
誕生日の贈り物を買いに細君とアメヤ横町に行った。時々覗く、5坪くらいの小さな帽
子専門店だ。銀座に出かけた時はトラヤ帽子店のショーウインドウをよく覗くが、残念な
がら日曜日は閉まっている。それに紳士用としてかしこまった帽子が多く、麦わら帽子の
ようなくだけたものはあまりない。
今度買ったものは麦わら帽子と言っているが、どうも麦わらではなくてパナマ草を使っ
ているようだ。麦わらよりも粘りがあり破れにくいようである。形もテンガロンハットに
似ていて気に入った。つばの廻りにワイヤーが入れてあって形を自由に変えられるのがい
い。誕生日の贈り物としてその麦わら帽子と、ユニクロで2千円弱の白いチノパン2本を
買ってくれた。安価ではあったが少し良い気分になった。
誕生日のお祝い
2009/9/19
息子のカメラで撮した写真のメール送信を待っていたら一ヶ月半も経ってしまった。細
君と息子と私のスリーショットは八月の上旬、銀座の「季楽(きら)」で私の誕生日の祝
いをしてくれた時のものである。写真が嫌いと言って何時も撮されることを拒否している
彼は、珍しくこの日は素直に応じてくれた。
料理は鉄板焼きのランチで和牛450グラムを3人で食した。大きな玉葱ほどもあるばり
ばりに炒めたニンニクのスライスは大いに気に入った。勿論牛も美味で、シェフが目の前
で料理するパフォーマンスは、20年近く前に3人で楽しんだシアトルの「紅花」を思い
出す。彼はまだ小学の5年生くらいだったろうか。
長男も長じて二十代の後半になったが、お母さんの話は「理屈が通らない」、お父さん
は「人の言うことを聞いていない」、だから中に立って交通整理する僕の苦労は並大抵で
はない、などと聞いた風なことをのたまう。知らぬ顔をしているくせに、ちゃんと人の動
向を分析して揶揄するところはなかなか大人になったものだと感心すると共に、言い得て
妙だと三人で笑った。
2010年
窓辺にて−パウル・クレー
2010/8/8
明日が私の誕生日だが、本屋に寄ってパウル・クレーの絵に谷川俊太郎の詩を添えた「響
きあう絵とことばのおくりもの」と言う題の絵本が気に入った。細君は誕生祝いに費用を
出すという。1500円
パウル・クレーについての私の知識は、近代建築の四大巨匠ル・コルビュジエ、フランク
・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ、そしてヴァルター・アードルフ・ゲ
オルク・グロピウス、そのグロピウスが創立したドイツの芸術と建築の学校「バウハウス」
で、クレーは関わっていたことから始まった。
建築においては造形や構造は言うまでもなく、色彩や配色およびテクスチャーのことまで
学ぶものである。私はクレーの写実的な描写や遠近感をあえて押さえた作品の二次元の世
界に封じ込めたフォルムや色彩のシュールさが好きだ。油絵の生々しい情念ではなく一種
の観念として凝縮させた静かな思想。そういえばクレーの日本画の蒐集は数十冊に及んで
いたという。やはりその影響で平面のなかに観念を封じ込めたのであろう。音楽家でいえ
ばブラームスのような抑制された表現を感じるのは私だけであろうか
誕生日
2010/8/10
今日は私の誕生日・69歳
8月8日銀座に行く。明日が私の69歳の誕生日だが、本屋に寄ってパウル・クレーの絵に谷
川俊太郎の詩を添えた「響きあう絵とことばのおくりもの」と言う題の絵本が気に入った。
細君は誕生祝いに費用を出すという。1500円
パウル・クレーについての私の知識は、近代建築の四大巨匠ル・コルビュジエ、フランク
・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ、そしてヴァルター・アードルフ・ゲ
オルク・グロピウス、そのグロピウスが創立したドイツの芸術と建築の学校「バウハウス」
で、クレーは関わっていたことから始まった。
建築においては造形や構造は言うまでもなく、色彩や配色およびテクスチャーのことまで
学ぶものである。私はクレーの写実的な描写や遠近感をあえて押さえた作品の二次元の世
界に封じ込めたフォルムや色彩のシュールさが好きだ。油絵の生々しい情念ではなく一種
の観念として凝縮させた静かな思想。そういえばクレーの日本画の蒐集は数十冊に及んで
いたという。やはりその影響で平面のなかに観念を封じ込めたのであろう。音楽家でいえ
ばブラームスのような抑制された表現を感じるのは私だけであろうか。
昨日が本当の誕生日。8月9日。たいした関係はないが、長崎原爆記念日。
お茶の水に一月ぶりに散髪に行く。途中で近藤に会う。3メートルの至近距離で面と向か
ってもわからないで楽器屋に入っていった。私が濃いサングラスをしていたためか、5キ
ロやせたので面変わりをしたためか。それともあまりあたりを注意しないためなのか。ま
えから上の空の性格だったことは確かだ。楽器店のなかまで追っかけていった。ギターの
ピックを探しているらしい。肩をたたくとびっくりして「やせたなあ」といった。確かに
体重は減ったが、標準的な体重だと私は思っている。お茶でものむ暇があるかと問うたけ
れど、その時間がないということであったからすぐ別れた。
散髪のあと三省堂を覗く。岩波書店の月刊誌「思想」1800円と、今話題の「ハーバード白
熱教室」とおびに書いてあった、マイケル・サンデルの「Justice」という本を購
入。2300円。これはNHKの教育テレビで放送されていたものだ。これは自由主義と共和
主義の論争なのだ。
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