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84
:
α編集部
:2014/03/15(土) 11:24:09
[JUSTICE]を読んで
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[JUSTICE]を読んで??2010
「誕生日」
2010/8/9
今日は誕生日。8月9日。たいした関係はないが、長崎原爆記念日。
お茶の水に一月ぶりに散髪に行く。途中で近藤に会う。3メートルの至近距離で面と向か
ってもわからないで楽器屋に入っていった。私が濃いサングラスをしていたためか、5キ
ロやせたので面変わりをしたためか。それともあまりあたりを注意しないためなのか。ま
えから上の空の性格だったことは確かだ。楽器店のなかまで追っかけていった。ギターの
ピックを探しているらしい。肩をたたくとびっくりして「やせたなあ」といった。確かに
体重は減ったが、標準的な体重だと私は思っている。お茶でものむ暇があるかと問うたけ
れど、その時間がないということであったからすぐ別れた。
散髪のあと三省堂を覗く。岩波書店の月刊誌「思想」1800円と、今話題の「ハーバード白
熱教室」とおびに書いてあった、マイケル・サンデルの「Justice」という本を購
入。2300円。これはNHKの教育テレビで放送されていたものだ。これは自由主義と共和
主義の論争なのだ。
[JUSTICE]を読んで−その1
2010/8/17
まだ三分の一も読んでいないのだが書いてみた。
このごろは目が悪いせいか2ページも読むと眠くなり、蝸牛の歩みにブレーキを掛けたご
とく、なかなか捗がいかない。このままだと夏休みの宿題は期日内に終える自信はないの
である。しかし途中での報告は、私が感じ続けていた疑問の答えらしきものをつかんだよ
うに思えて記録したいと思った。その疑問たるや、今年の始めの同人α騒動におけるG君
やOさんの言動に対しての私の疑問がはっきりと見えてきたからだ。
功利主義を確立したジェレミ・ベンサムの「最大多数の最大幸福」は今の社会にもまだ
基本の理論として生きている。菅総理が唱える「最少不幸社会」を目指すということは、
「最大大多数の最大幸福」の学説をひねって言ったものであろう。
それは「個人の幸福の総計が社会全体の幸福であり、社会全体の幸福を最大化すべきであ
る」という意味である。しかし「JUSTICE」の著者マイケル・サンデルは幸福を数値化し
て総和を測ることに疑問を呈する。幸福が人によってその質や量がそれそれ違うのに、そ
のような方法でおしなべて判断していいものか、そしてその結果少数派を単純に切り捨て
ていいものかと疑問を呈している。ベンサムそのような問題点を補完したのがジョン・ス
チュアート・ミルで、彼は晩年は自ら社会主義者を名乗っている。
功利主義と反対にアメリカには自由至上主義{リバタリアニズム}という思想があり、
何事も自己責任のもとに自由である。政治や社会が個人の行動を規制すべきでない。個人
の自由を侵してはならないという主張である。だから社会がベンサムやミルのような最大
幸福を目指すために富の分配において公正を考える必要はないということだ。たとえばア
メリカのライフル協会が、自分の身を守るためには自分自身であるという信念のもとに、
銃をもつ権利を手放さないように。また金持ちが民衆の石油や穀物などの困窮を全く気に
掛けないで、投棄に走り大金持ちになるという自由競争を是とするように。公的医療制度
などで個人の自由を制限され管理されるのはいやだという考え。陪審員制度さえ公的専門
家{判事}に任せるのはいやで、個人として裁判の課程を見極めなければ気が済まないと
いう、自由至上主義的個人主義の考えが根底にあるようだ。
さて最初の枕部分の問題にもどると、「何でもあり、自由がいい」と主張して同人αの
規約の改正に対論することなく絶対反対した訳だが、はたして彼等が唱える「自由」がど
ういうものであったかはいろいろの論評をみていて、彼等の主張するものが時と場所で違
うという破綻を示している。
まさに彼等がいう「自由」とは、多様な人を受け入れて公正な運営をすることではなく、
自分に都合のいいものだけ取り入れて異端や異論を排除するというもので、まるで自由至
上主義{リバタリアニズム}に通ずるものである。
しかし一方彼等は自分たちは弱者側に立っているという姿勢を強調し、世の中の富の配分
の不公正や不条理について正義を振りかざして熱っぽく語っている。まるで自分だけが月
光仮面のおじさんだと自負しているかのように。
ようするにかれらは自由至上主義と功利主義とを時と場面で使い分けているというダブル
スタンダードなのだ。意識的にそれとも「自由」という言葉の深い意味を考えてみたこと
もないという無能なためなのであろうか。
「JUSTICE」の本の結論がどのようなものになるかはまだ判らない。しかしマイケル・
サンデルは自由至上主義よりもよく機能している功利主義にしても、道徳や正義などとい
ったあいまいなものを除いた純粋な理論だけでは現代の多様な世界の現象に対処すること
は出来ないのではないかという問題を投げかけていると、私は憶測している。
[JUSTICE]を読んで−その2
2010/8/29
代理出産契約と正義・臓器提供などの倫理の問題・富の分配などの平等の問題、現実に
起きている多くの問題は、裁判の一審で出た判決でさえ二審ではまったく反対の決定がな
される昨今である。
それは自由、正義、平等、道徳、倫理、幸福、義務、責任などの解釈の仕方で結果が分か
れもので、この本はそれらの事象をどのような解釈が正義にかなっているか、またどのよ
うな社会のシステムがよりよいのかという問題を取り上げ、それを皆に問いかけている。
その道徳や自由のよりどころについてカントの考えを述べると
道徳の最高原理
対比その1(道徳):義務 対 傾向性
対比その2(自由):自律 対 他律
対比その3(理性):定言命法 対 仮言命法
対比その1(義務対傾行性)は行動に道徳的な価値を与えられるのは義務の動機だけだ。
対比その2は人間が真に自由といえるのは、意志を自律的に決定しているときのみ、すな
わち自分が定めた法則に従っているときのみだ。
意志の他律とは、外部の要因、つまり自分以外のものに従って意志を決定することだ。真
の自由とは、自然の必然性や物理の法則、因果律などに支配されない、自らに課した法則
によってなされたものだ。
その法則とは、人間は感覚がもたらす快楽や苦痛に支配される感性的な存在であるだけで
なく、合理的に推論できる理性的な存在でもある。もし理性が私の意志を決めるなら、そ
の意志は事前や傾向性の命令にとらわれずに選択できるはずだ。
カントが考える理性、道徳にかかわる実践理性は、道具としての理性でなく「いっさいの
経験的目的にとらわれずに、ア・プリオリに法則を定める純粋実践理性である」
定言命法: 「汝の意志の格律がつねに普遍的立法の原理として妥当しえるように行為せ
よ」カントはこの定言命法が自由の表明であるという。
仮言命法:「〜ならば、〜せよ」という他律的な意志決定。
とは言え現実の世界では、カントの定言命法に従って行動出来る人はまれだろう。むしろ
己の既得権や名誉や有利な立場を守りたいという仮言命法による主張の人が大勢を占めて
いるだろうから。政治の世界では定言命法は現実には存在しえないと思われる。しかしあ
えて言えばこのような至高な理念は無視してはならないと私は思う。どう解釈していいか
判らなくなった時の判断の規範としてはたとえそれが抽象的で現実的であり得ないもので
あっても絶対必要だと思うのである。また時代や環境などにより変化する価値観に左右さ
れることのない規範は、定言命法のような観念的な定義のしかたしかあり得ないのではな
いだろうか。この [JUSTICE]という本がはたしてよりよい社会システムを提案しているの
かは読み終えていないのでまだ判らない。
[JUSTICE]を読んで−その3
2010/9/9
◆中立への切望
??現代の民主的社会に生きる人々は、道徳的・宗教的問題に突いて意見が一致??しない。
そのうえ、そうした不一致は合理的だ。「十分な理性をもつ良心的??な人格が、自由に
討論した後でさえも、全員同じ結論に達することは期待で??きない」
◆正義と善良な生活
??正義に対いする三つの考え方を探ってきた。
??第一の考え方
正義は功利性や福祉を最大限にすること。
最大多数の最大幸福を意味する。
??第二の考え方
正義は選択の自由の尊重を意味する。
自由市場で人々が行う現実の選択(リバタリアンの見解)であれ、平等な 原初状態
において人々が行うはずの仮説的選択(リベラルな平和主義者の見解)であれ。
??第三の考え方
????正義には美徳を涵養することと共通善について判断することが含まれる。マイケル・
サンデルは第三の考え方に属していることをここで表明している。功利主義的な考え
方には欠点が二つある。
?? 一つ目は、正義と権利を原理でなく計算の対象としていること。
?? 二つ目は、人間のあらゆる善をたった一つの統一した価値基準に当てはめ、 平らに
ならして、個々の質的違いを考慮しないこと。
◆共通善に基づく政治
1.市民権、犠牲、奉仕
????公正な社会には強いコミニティ意識が求められているとすれば、全体への配慮、共通
善への献身を市民のうちに育てる方法を見つけなければならな。
2.市場の道徳的限界
????国家が兵役や捕虜の尋問を傭兵や民間業者に委託する場合。
????親が妊娠と出産を、発展途上国で報酬と引き替えに分娩する人に外注する場合。
????公開市場で腎臓を売買する場合。
????このような問題で問われるのは、効用や当事者の合意があれば良いというだけではな
い。
????善の価値を判断する正しい方法について、対立するさまざまな考え方を公に論じ、社
会制度を律する基準が市場によって変えられるのを望まないなら、我々は市場の道徳
的限界について公に論じる必要がある。
??3.不平等、連帯、市民道徳
????貧富の差があまりにも大きいと、民主的な市民生活が必要とする連帯が損なわれる。
????一つは財政的、もう一つは公民的悪影響だ。功利や合意に及ぼす影響とはまったく別
に、不平等は市民道徳をむしばむおそれがある。
??4.道徳に関する政治
????善良な生活の問題に公共部門が関与するのは公民的逸脱であり、リベラルな公共的理
性の範囲を超える行為だと見る人もある。多元的社会の市民は、道徳と宗教に関して
意見が一致しないものだ。それにもかかわらず道徳的不一致にたいする公的な関与が
活発になれば、相互的尊敬の基盤は弱まるどころか、強まるはずだ。われわれは、同
胞が公共生活に持ち込む道徳的・宗教的信念を避けるのではなく、ときには耳を傾け
るべきだ。
マイケル・サンデルは最後に道徳に関与する政治は、回避する政治よりも希望に満ちた
理想であるだけではない。公正な社会の実現をより確実にする基盤でもあるのだ。といっ
ている。
私はこの本でいろいろの事を学んだ。そして今まで世界の自由主義のシステムを引っ張
ってきたベンサムの功利主義や自由至上主義だけでは成り立たなくなっていることを知っ
た。いま世の中の価値観の多様化で意見が一致しなくなり、まさに新しい手法を見つけ出
す必要があることも判った。マイケル・サンデルは具体的な理論や方法を見つけ出した訳
ではないが、その方向を示唆したことは確かだ。
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