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8α編集部:2014/04/04(金) 03:31:49
オキシモーラン4 2012-2013
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      オキシモーラン4 2012-2003

            
「オキシモーラン言葉遊び」の師匠


   何と著者ポートレートとコメントにオキシモーラン遊びを取り入れています。
   それを除けば、言葉並べ遊びは一休みのようです。その代わりに絵画や作品、
   出来事の中にオキシモーラン的要素を見つけ出します。




2012年

絵を見る 2012/2/4

昨日長岡さんの末っ子K・Kさんの卒業・終了作品展を東京芸大まで見に行った。
家を出て散歩がてらに通った不忍の池回りの景色があまりにも素晴らしかったので写
真を一枚パチリ。人になれた5・6匹の野良猫をからかいながら上野公園をゆっくり
歩いた。
噴水公園の全部、東京都美術館などの回り、どこもここも大々的な整地工事のための
仮塀で囲われてい たが、完成すればどのように成るのだろう。いつものホームレス
の青テント村も撤去されていて、綺麗になっている。彼等も将来にわたってここらか
ら閉め出されるのだろうか。帰りにそこを通るとき多くのホームレスが屯していて、
遠くの同じ方向を見ていた。最初はなにが起きているのか判らなかったが、まもなく
赤十字のテントの場所で炊きだしが行われるのを待っていたのだ。

 さてK・Kさんの作品は「阿吽(あうん)」という題名である。Wikipediaによると、
阿吽(あうん、Skt:A - hum)とは仏教の呪文の1つ。悉曇文字(梵字)において、阿
は口を開いて最初に出す音、吽は口を閉じて出す最後の音であり、そこから、それぞ
れ宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされた。
神社の狛犬は左が狛犬阿形、右が狛犬吽形となっている。
この絵を見ると左の人間の顔(岩石)は「阿」で、左は「吽」である。回りの小ぶり
な作品が多いなか、際だって大きな作品なので相当迫力がある。近づいてみるとまた
蚤のような大きさの人物があちこちに物語風に描かれている。なかには戦国時代のま
さにこれから敵と戦 闘に入る前の陣屋の中に、武将達が床几(しょうぎ)に整然と
座り、殿様を囲んでいる。
K・Kさんの作品は硬くて大きくて動かない、すなわち永遠を意味していると解釈で
きるものと、常に動き回り変化する小さな生き物の対比を感じる。神秘、哀愁、シュ
ール、アイロニーの作風は、我々の目指すオキシモーラン的表現(無限回廊)と同じ
方向だと思いました。

    




「造次顚沛―32号テーマに寄せてを読んで」 より 2012/10/26

 著者名の鳳凰 珍氏とは一体なにものか。鳳凰は中国神話の霊鳥で、平等院鳳凰堂
の屋根の上に留まっている鳥、一万円札の裏にも描いてあるあの鳥である。著者は嘴
は鶏、頷は燕、頸は蛇、背は亀、尾は魚で、色は黒・白・赤・青・黄の五色で、高さ
は六尺の珍しい姿をしているのか。造次顚沛に出現し、また消え去るという、実存す
るが人間の目には見えない、そして無限回廊を永遠に駆け巡っている希有なキメラに
違いない。そういえば真実を嘘で、嘘を真実と して装う、オキシモーランなどとい
う奇天烈な文学運動に染まっているハンドルネーム・キメラ17号は鳳凰 珍氏の異
名に違いない。

本郷に住む老人二人の小話、さては無限回廊第八回にでてくる本郷淳吾にまつわる
場面のことか、それにしても三国志に出てくる劉備玄徳の末裔といったり、漢の高祖
劉邦のそれと言ったり、熊さん八ッさんの迷回答に困惑しそうである。これもオキシ
モーランのマインドコントロールなのか。それにしても最後の七言絶句の出典を調べ
たが皆目判らない。もし鳳凰 珍氏の作とすれば感嘆絶句、とても素晴らしい!!




2013年

*「人生詩 を読んで」より  *(同人α33号作品)
2013/1/22

主人公の時代を経た同じ日の出来事を並列してみると、その時代時代の出会う人々、出来
事、思想などの変遷が比較できておもしろい。
作者の人物の描写は実に生き生きしていて、私もその情景に参加しているように思えて、
率直に首肯したくなるのは不思議だ。これは作者の対象にたいする観察力と並外れた感覚
の表現力によるものだろう。このバラバラの情景でも一つの作品になることは、これも作
者が長年創ってきた「言葉集め星創り」の作品とおなじく、何の脈絡もない一つ一つの言
葉から意味を持つセンテンスへの課程は、シニフィアンとシニフィエの関係に当たるだろ
う。
かつて作者が1995年発行の「同人・斜行 創刊0号」に投稿した、無機質のような言葉
を意味もなくランダムにくっつけて、新しい感覚の表現や意味を創り出す、いわゆるオキ
シモーランの作品には驚いた。ほとんどの人がその意図や作品の意味も判らず、難解とい
うレッテルを張ってしまった。しかしそこには使い古された言葉や概念をもう一度考え直
し、新しい可能性を探し出すという作者なりの挑戦があったのだろう。いくつかの作品を
読んで私も次第にその作品に魅せられていった。
とにかく作者の文は、人間や社会への恨み辛み嫉妬など、また金や地位や名誉などといっ
た世俗の欲望などを託つ(かこつ)言葉が一つもないのが清々しくていいなぁ・・・。

ちなみにWikipediaによると
シニフィアン(signifiant)とシニフィエ(signifié)は、フェルディナン・ド・ソシュール
によってはじめて定義された言語学用語。
シニフィアンはフランス語の動詞 signifier(意味する)の現在分詞で「意味しているもの」
「表しているもの」を指す。たとえば、「海」という文字や、「うみ」という音声。
シニフィエは同じ動詞の過去分詞で「意味されているもの」「表されているもの」を指す。
日本語ではシニフィアンを「記号表現」「能記」など、シニフィエを「記号内容」「所記」
などと訳すこともある。たとえば、海のイメージや、海という概念、ないしその意味内容。




「シリ―ズ・歪んだ風景―鐵橋 第三回 ポートレートとコメント」より
2013/3/25

<オキシモーラン的ポートレートとコメント−解離性同一性障害多重人格)の悩み>

変装前(結界内):善意無過失、無毒無臭、誠心誠意、青天白日、正当防衛、精力絶倫、
精励恪勤、清廉潔白、是々非々、切磋琢磨、千思万考、全力投球
人様から後ろ指を指されないように謹厳実直に世間を渡り、常に和を重んじ体裁を繕う。

変装後(結界外):青息吐息、悪衣悪食、悪逆無道、悪戦苦闘、阿修羅道、悪漢無頼、悪
口雑言、阿鼻叫喚、阿附迎合、阿諛追従、阿諛便佞、暗送秋波
善意の底に沈殿する悪意に敏感故、露悪趣味に徹して世間を笑う姿は、まだ髪と髭は黒々
としていた四十五歳頃の私で、まるで数十回も別荘を出たり入ったりするどうしようもな
いラッキー・ルチアーノみたい悪党面だ。当時このような姿でクライアントと設計の仕事
の打ち合わせをしていたかと思うと冷や汗ものである。

     変装前          変装後

    




「無限回廊 十一回を読んで」より 2013/4/28

この無限回廊という物語は最初から最後までつきまとう問題を抱えている。全くの空
想小説と割り切れは簡単だが、少なくともFS(サイエンス・フィクション)とすれ
ば科学的にあ り得ない問題を平気で書くわけにもいくまい。さてそこで、西暦11
万年から過去の21世紀に戻れるタイムマシーンという装置がはたしてあるのかない
のか。

スティーヴン・ホーキング博士の否定説や、リチャード・ゴットの二つ利用すると可
能という仮説もある。肥満と関節の痛みの薬「ロコフィットGL」鶴瓶のCMのよう
にいったいどっちなんやー、どっちもー・・・といえそうで確実な論はない。しかし
このタイムマシーンは時間移動だけではなく空間移動も詳しく設定できないと酷い目
に遭うことになるだろう。時間旅行者はブラックホールの底や太陽の核融合反応のま
っただ中に出現したりするのだから。

この「無限回廊」第十一回の作者エヴァは、それまでの著者達が避けてきた重大なそ
して悩ましい問題を出してきた。それは有名な「親殺しのパラドックス」である。
「ある人が時間を遡って、血の繋がった祖父が祖母に出会う前に殺してしまったらど
うなるか」というものである。その場合、その時間旅行者の両親のどちらかが生まれ
てこないことになり、結果として本人も生まれてこないことになる。
過去の世界では自由意志の存在が疑われ、人間に自由意志があるというのは幻想だと
されたり、少なくとも限度があるとされる。これでは人間の行動についての制限を誰
かが管理していることになる。人間の自由意志はだれにも犯すことはできない。この
ような逆説に抗して越智十三は21世紀で結婚して「宙(そら)」や「陽十三(ひと
み)」という子供まで作ったのだ。
しかしいままでの著者達が書いた作品を考えて見ても、時間の矢に逆らったり光より
も早いタイムマシンや10桁の暗号の情報を運ぶことがもともとあり得ないし、太陽
系の崩壊、そのまえに起こるであろうハルマゲドンを阻止するための「物集班(もず
めはん)」に課せられたミッションそのものが「親殺しのパラドックス」に抵触しな
いか。嗚呼今私のシナプスは混線状態でこの問題にたいして理解不能である。しかし
最終章での解決方法の姿はぼんやり浮かんでいることも付け加えなければならない。

それにしてもこの「無限回廊 第十一回」の著者はオキシモーランの申し子らしく、
アナグラムや人物描写、そして読者が内容の面白さについて行けないくらいの才気煥
発さを発揮していて、作者自身が物語を創ることにこの上ない喜びを感じて、遊びま
くっているというのが、私の感想だ。




取り合わせ  2013/12/14

最近言葉の伝達についてオキシモーラン的妙な取り合わせに驚いている。

◆南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の公式追悼式において、各国首脳らのス
ピーチを手話で通訳していた男性が、手話の出来ない「偽物」だったという疑惑が広
がっており、調査が続いているという。

◆吉田戦車の「伝染(うつ)るんです。」に出てくる「傷」と呼ばれる、 頭に包帯を
巻いて学生服を着た、心身ともに深い傷を負った少年が出てくる。いつも人を不安に
陥れるような不思議な一言を言い放つ。アベックを嫌悪している。時折新しい文字を
発明している。その文字は普通の人にはどう読むのか、何を意味しているのか判読出
来ない言葉だ。

◆最近購入した小川洋子の「ことり」に出てくる主人公である少年の兄の話。
親や他人とは会話ができないけれど、小鳥のさえずりはよく理解する兄、そして彼の
言葉をただ一人世の中でわかるのは弟だけだ。 小鳥たちは兄弟の前で、競って歌を
披露し、息継ぎを惜しむくらいに、一所懸命歌った。

彼等の言葉は私達の住んでいる世界と違う世界、例えば異星人、例えば「手話の男」
は言葉を乱数に変え宇宙の彼方に発信しているのかも知れない。
「傷」と呼ばれる少年は生物の発生当時からの言葉にならないDNAに込められた情
報を示しているのかも知れない。
ことりに出てくる主人公の「兄」は小鳥のさえずりを137億光年の彼方から届く様々
な宇宙から来る光のスペクトル波長と振動数に呼応させているかも知れない。

これらの人達は世間ではすべて精神疾患というレッテルを張って安心するが、はたし
てそうであろうか、何か私達の文字や語りの文化・文明では判断出来ない言葉の世界
があるかもしれないのだ。




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