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66α編集部:2014/03/05(水) 09:51:16
梁山泊
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               梁山泊 2010年5月(23号)〜



        

梁山泊考  1990  (青春のあの日)

 当時私の部屋は空間・時間を問わず出入りが自由で、水滸伝の面々ほど野心家や豪傑で
はなりけれど、将来の可能性を信じ、かと言って大した努力もしない連中が常に数人屯し
ていて、あたかも梁山泊の如きであった。そこで彼らのその後を、独断と偏見をものとも
せず記念誌に残そうと思う。

○近藤 勝(通称 コンドー)
 自称版画家。時々木版画の個展を開いては例の強引さで知人縁者に買って貰い、芸術
の為と称しては、家族を置き去りにしたまま欧米に放浪する癖あり。最近は己を知ったか、
大口を叩くより大口バスや虹鱒のフライフィッシングと言う粋な釣りに専念している。

○小宮 弘敬〈通称 コンチャン)
 写真の勉強をしていたので、てっきりカメラマンになるかと思っていたら薬九増倍の魅
力に勝てなかった?ともあれ兼好法師も言っている様に、物くるる友、薬師云々、これか
らはお世話になります。

○高柳 増男(通称 マスオ)
 悟朗と双璧の音痴の彼が、驚いたことに音楽事務所を開いて、クラッシックのプロモー
ターとしては特異な存在とか。数年前何を間違えたか、ベルギー政府より叙勲された由。
目はしの利くタイプなので金儲けに走れぬことはないと思うが、不思議に芸術の節度を守
って苦労している模様。

○田辺 悟朗(旧姓 森 通称 ゴロヤン)
 某紙製品会社の一人娘と結婚。自分の代で潰さぬ様色々気苦労も多いらしく、「大陸蛍
光灯」と称されたほど温厚な彼も近年はめっきり経営者らしく厳しい顔になりつつある。
某料理屋にて婚約者を紹介するからという約束に、婚約者(現在の奥方)はじめ皆揃うな
か、数時間遅れの登場。やはりサラリーマン稼業は無理であったか。

○徳重 雅啓(通称 トクサン)
 ある夏、何時ものように「トクサン遊ぼ」と呼びに行くと、窓に格子が造られていて出
入りができない。我々の侵入阻止か、彼の逃亡を防ぐためか?未だ真相は判明していない。
風の便りでは中洲に夜な夜な出没し、飲み代の付けがい1千万との豪快な噂があるような
ないような。

○中島 紀昭(通称 ノンリ)
 数年前までは月の半分は飛行機の上という世界を股にかけた企業戦士だった。そのまた
数年前、副社長としてペルーのダイナマイト工場に赴任し、たぐい稀なる色の黒さが功を
奏して万事うまくいったとか。そのままいれば大統領候補の声もかかったかも知れないの
に。

●最後に、かく言う私は設計事務所を営んでまじめに15年、野次馬と反骨と独立自尊精
神を友として、売れない作家か、依頼人のない探偵の如きマイナーな世界を楽しんでいる。
思えば、1千億個の星を持つ星団が1千億もある膨大なる宇宙の中で生命を宿す星は今の
所この地球のみであり、同じ時、同じ場所で巡り会えることこそ奇蹟。可能な限り旧交を
大事にしたいと思う。




アクセス回数が益々増える!!   2002/10/8
この落書き帳へのアクセス回数が増えました。
昨日までは1日せいぜい15回、今日はグッと増えて28回であります。

LOTO6で初めて1000円当たりました。そのうちウン億円当てるからね。
もしその夢が叶えれば河口湖畔に梁山泊を開設するから期待してくだされ。




「無題」  2007/6/23

◆ 屋外バーベキューグリルを試運転してみる。燃料の炭を一箱・焚き付用ガスバーナー
折りたたみテーブル・ランタンを新たにホームセンターで購入した。いよいよテラスにそ
れらをセットしてグリルに火を付けてみる。炭が調理できるような状態までなるには結構
時間が掛かる。これからは1時間くらい前から着火の準備が必要のデータを掴む。さて赤
いタータンチェックのテーブルクロスをして、牛肉・鶏肉・秋刀魚・玉葱・ピーマン・と
うもろこしを用意した。一寸肌寒いので木綿の上着を羽織りビールをのみながら林の中の
夕暮れを楽しむ。上や下の小径を通お隣さんに「一緒にいかが」と声を掛けたくなるよう
な心安らぐ時間である。あいにく今週はこの山荘の住人達は訪れていいないようである。
首尾良く試運転を終えた細君はいよいよ友人を招待して楽しむ準備が出来たみたいだ。さ
てこれから高校時代の「梁山泊」の連中や「同人α」のメンバー達と浩然の気を養おう。




「はかたさん」 2007/12/3

奈良からのはがきを頂き、秋の古都を一日散歩したくなりました。
当方、月に一度は河口湖へ行っていましたが、貴方とこの春電話で話して以来現地より数
度試みましたが、うまくコンタクトも取れずにご無沙汰しました。その後菜園からの収穫
という風の便りが聞こえて来ないところをみますと、今年は試運転期間だったと推察され
ます。
春先に3m位の紅葉の木を三本敷地に植えたので、今年の秋にはと楽しみにしていました
が見に行くのが早かったり、遅かったりなかなかタイミングが合わず、はたしてどれくら
いの色合いになるのかまだ確認はしていません。だから家の新しい紅葉3本の色具合は来
年の楽しみです。
湖の側に建つ廃墟のようなマンションの敷地にあった胡桃の大木が、夏を過ぎた頃行って
見ると根本からバッサリと切られていて、毎年採取していたたくさんの実も今年は収穫出
来なくなりました。近くのガソリンスタンドの主人に「どうして切られたのか」と問いた
だすと、台風で倒れたとのことでした。だから湖の周りにいい胡桃の木がないかいま探索
中です。
同人αの発行も13冊目になりました。「斜光」を飛び出してから遂に発行回数を抜き去り
ました。どうせオーマンな連中の冊子だから3回くらいで中止になるぜ、と考えた人もあ
るかと思います。だから年に4冊の発行がまだつづいていることに多少鼻が高い思いをし
ています。出身も年齢も違う同人が増えて、ベルギーやフランスやアメリカや北海道など
からの投稿する同人もただいま16人になりました。数冊を同封進呈しますから、眠られ
ない夜に睡眠剤代わりに服用してください。幻覚や依存症などの副作用はないものと信じ
ます。
梁山泊の連中の中から急いで鬼籍になる者も出てきているこの頃、たまには彼等の悪口を
肴に一献傾けたいと思ってはいますが、いまのところ随分忙しくそのうちなんとか企画し
ましょう。




「悟郎を励ます梁山泊の会」 2009/11/10

11月28日(土曜日)pm6:00
「うまい鮨勘」6名




「万理さんへ」      2009/11/27
「三つの願い」の望外のお褒めありがとうございます。この作品において、私には初め
ての評価をいただき、うれしく思うと同時に励みになります。しかし最初の創作物として
努力した結果、当初はほとんど反応がありませんでした。私も今までたいしたものでもな
かったと、半分忘れしまっていました。今思うとビギナーズ・ラックなようなものなのか、
それともこれからも続けてあのような力作ができるのかどうかわかりません。また、私と
したことが浅はかにも一番の力作を最初に出すという、ポーカーでは絶対勝てない稚拙な
戦法をとってしまいました。書いたものの中に今後万理さんの評価に耐えるものがあるか
どうか、少々心配であります。

万理さんの日記で小さい頃のことがいくらか判るようになりました。今度は私の若い頃
の一部を紹介しましょう。

 佐賀県の文化レベルが高いかどうかは私には判断できませんが、私の友人達は勉学にお
いてはまあまあの個性的な人が多かった。ほとんどが受験に血眼になって閉じこもるので
はなく、クラブ活動もするし、家(梁山泊)に集まる10人ほどのグループは月に1度くら
いはハイキングや山登り・誕生会・クリスマスなどで集まっていました。ウドンコは私の
部屋に下宿していたし、高柳は時々私の家から学校に行っていたし、男の子達は特に日曜
祭日になるとたいてい3・4人は一部屋に寝ていましたね。
グループは男の子と女の子がそれぞれ4・5人づついて、あの江戸時代の大藩であった
佐賀藩のなかでも、信じられないくらい開放的でした。高校生の皆がそうであったか、私
の周りの特別な環境だったかはわかりません。その「梁山泊」に出入りした連中はいまで
もつきあっています。O−chanは管弦学部と郵便友の会で一緒でした。もう50年の
付き合いになります。北くんとは「斜光」を作った時からのつきあいです。今では一番近
い友人の一人になりましけれど、高校生のときは頭のいい生徒会長の彼を私は眩しげに憧
れの目でみるだけでした。一方彼は私の存在すら認めていなかったでしょう。
万理さんは「Gさん、Tさん、Uさん、その他多くの皆様の絵がうまくてびっくりです。
5年生の万理の絵を見返すと惨めな気持ちに陥るほどです」といわれますが、私はそうは
思いません。あなたの絵には物語が見えます。なにか一心に真理を追求するような視線が
見えます。たとえば、G氏は思いの外ギロリとしたドロドロした想念を感じさせる才能を
持ち合わせているようですが、Tさんの絵はテクニック的には実にうまい。しかし奥行き
や広がりや物語性が感じられない。たんなる挿絵に過ぎないと私は思います。あなたの絵
は不思議な時間と空間と物語性があります。小さい頃の姿は自己紹介の夏休み日記でわか
りましたが、さてこれからどのような万理さんが登場するか楽しみであります。




「田辺悟朗君の同人α入会」 2010/10/23

田辺悟朗(旧姓 森)君が同人αに入会されましたのでご報告いたします。
彼は私と中学校そして高校、その後現在までの長きにわたり親しく付き合ってきた朋友で
あります。特に高校の頃は「梁山泊」と称した私の部屋にいつも屯していた十数人のうち
の一人で、ことある毎にハイキングや旅行やいろいろの遊びを共有してきた同志でありま
す。また大学時代には「傾斜」、15年前には「斜光」という同人誌を立ち上げた創始者の
一人でもあります。そのような濃い縁(えにし)の名文家が再び戻ってきてくれたことを
大変嬉しく思います。いまは現役を退いたすぐですので、もうしばらくは鋭気を養う期間
が必要のようですが、そのうちエネルギーが満ちてくると、派手ではありませんが彼独特
の味わいのある文を書いてくれるでしょう。まずはよかった!!




「博田さんから」 2010/10/29

今朝博田貴美子さんから久しぶりの電話があった。富士五湖隣保班の独りである。
「斜光」の「目の再生工場からに帰還」を読んで、そんなに悪かったのということだった。
とにかくそのうち江口裕子さんが福岡から上京してきたときに「梁山泊」の会をやろうと
いうことになった。




「窓辺にて−アラン全集」 2010/10/30

 今日は台風で雨。5年前この山荘を造るときから台風に縁がある。東京から現場に出か
けるときはいつも台風がついてきた。だから慣れっこになっていて、折角の行楽に水を差
されてがっかりするという思いは余りない。返って一日中家の中で薪ストーブを炊き、昔
の髭面の己の姿をアルバムのなかから見つけ出したり、昔買った本への新しい興味を見い
だしたりと結構楽しいものだ。
 私は本棚から褐色になって古びたアラン全集10巻を見つけ出した。「梁山泊」の仲間
の一人で、早世した徳重君が高校生のときにアランのことをよく話題にしていたのを思い
出した。彼がその時点でどれだけその本を詳しく読みこなしていたのか判らないが、体の
不調や親との確執などの数々の悩みを背負い込んでいた彼は、生きるための本質を掴みた
いという思いに駆られていたのだろう。
 アランはペンネームで本名はエミール=オーギュスト・シャルティエといい、フランス
のリセ(高等学校)の教師となる。 過去の偉大な哲学者達の思想と彼独自の思想を絶妙
に絡み合わせた彼の哲学講義は、学生に絶大な支持を受け、彼の教え子達の中からは、後
の哲学者が多く輩出されている。女流哲学者のシモーヌ・ヴェイユは彼の教え子。
彼はまえがきで「もしこの本がだれか職業哲学者の批判の対象となってとやかく言われる
ようなことがあれば、そう考えただけでも、書きながらみいだした生き生きした喜びは台
無しにあるだろう。喜びというものがまれな今日このごろでは、書くよろこびといものが
本をつくる理由だと、私にはおもわれる」といっている。
 それにしても、このような生活の中での、「記憶」「想像力」「自己愛」「野心」「誠実」
「正義」「時間」「空間」の身近なことの認識について、をフランスでは高等学校ですで
に教えていることに驚く。さてすこし私も腰をすえてもう一度読み直してみよう。




「斜光」投稿文の感想のお礼」 2011/5/25 万華鏡

私は佐高卒業30周年記念大会で発行された「青春のあの日」に「梁山泊考」という一文
を投稿するまで、一度も読んでもらうための文章を創りませんでした。またそれまでは自
分のそのような志向の存在すらまったく自覚していませんでした。
そのときの冊子およびその後の「斜光」において、幸いにも発表の場が私に与えられ、そ
の意義を啓発される機会がに恵まれたことを深く感謝します。

私は最初からたくさんの読者に、血湧き肉躍る楽しさやほのぼのとした明るい平和な読み
物を書こうとは思っていませんでした。三内(さんない)丸山遺跡出土の縄文遺物ではあ
りませんが、明るくない、洒落ていない、面白くないの三無(さんない)作品ばかりであ
ったと言えましょう。「晴やか」な部分ではなくむしろ心の襞に隠れている、人間の弱さ
や女々しさなど「褻(け)」の部分を見つめ、それを思考した記録を残したいと思ったか
らです。

私自身はパラノイア(偏執)というよりスキゾフレニー(分裂)の傾向があると思ってい
ますが、その後の「同人誌」活動を含め、あらためて書いたものの数を眺めてみますと、
パラノイア的に創作を諦めることなく、自分でも結構遠くへ来たものだという感慨に耽る
この頃です。たぶんこの世に残す私の思考の痕跡は、書き物というこれらの残滓のみでし
ょう。勿論、全くの自己満足の世界であることは承知の上であります。

三十回に到達しそうな回数の転居そのものが、その時々の生きて行く道の岐路で、AとB
の狭間で揺れる心象風景を伴ったものでした。そして捨て去ったもの、滅び去るものの中
に憐憫と郷愁を美を覚えたものです。おそらくこれからも、この狭間で歪んだ鈍色の風景
のなかに立ち止まり思案する己の姿は見られるでしょうし、その暗闇とまでいかない薄暗
いモノクロ世界で、今回のように旅人ーM氏のようにほのかな灯りを貸していただければ、
自分の生存の証を確認することが出来るでしょう。ありがとうございました。




堪えるなあ。   2013/5  同人α後記

 先日、梁山泊の仲間の一人が亡くなった。写真の十二人のうち四人が鬼籍に入ったこと
になる。美人薄命、憎まれっ子世に憚るなどという言葉を聞くと、長生きもいい加減にし
なくてはと思うこともある。セピア色の写真に写った前途洋々の少年少女の時代が懐かし
く郷愁も覚えるが、何も嘆くことはない。短命であろうと長生きであろうと皆、自分の人
生を一所懸命生きて来たのだから。しかし幼なじみが一人二人といなくなるのは少々堪え
るなあ。
          (卒業30周年記念誌より)
         
??         *渾名が白抜きで書かれています。左から、「いわゆるゴロー」
          「スタスタのマスオ」「馬猿の近藤」「シミキンのコガ」




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