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α編集部
:2014/02/23(日) 17:23:18
偏西風/ 夜間飛行
.
偏西風 ペンネーム 夜間飛行 2009 万華鏡より
偏西風−夜間飛行 2009/1/1
新しい年が明けました。まずは経済的にも政治的にも未曾有の激動の年になるでしょう。
私の頭の中にできあがった価値観を見直し、修正し、新しい規範を作るべく努力するには
とっておきの社会情勢となったわけです。本来は世紀末のバブルが崩壊してから五年後の
2000年という切りのいい節目で20世紀という時代を総括し、新たな価値観を探し当
てていなければならなかった。しかしそれも10年遅れた訳です。拝金主義の亡者による
投機的な経済行為がはたして正当性があるのか、少子化がはたしてすべて悪なのか、飽食
や虚飾や既得権に守られた古いシステムや考え方がこれからの世の中で存続できるのか、
国民が許容できるのか等々・・・。
さて新しい年の始まりにあたって、コラム名を「激辛戯評−磁気嵐」から「偏西風−夜
間飛行」に改めましょう。なぜなら「激辛戯評」ではテーマが限定されるし、勢い憎まれ
口に傾きます。しかも「磁気嵐」ではどうもホームページ荒らしの印象を与えて来たみた
いで、投稿した後は妙に沈黙を誘い、白け鳥の舞うところとなりました。また少数の人を
除き反論も賛同も得られない寂しさを味わいました。ミーハーの環境一辺倒になることを
懸念してのもので、苦いこと・まずいことなどの敢えての問題提起はそれなりに効果はあ
ったと自負していました。
昔、日本航空の提供で「ジェット・ストリーム(偏西風)」という深夜のラジオ番組が
ありました。フランク・プゥルセル・グランド・オーケストラの「ミスター・ロンリー」
の曲でが始まり、城 達也の魅惑的な声に乗って様々な美しいイージーリスニング音楽を
知りました。そしてエンディング曲は「夢幻飛行」で終わった。私は見上げる満天の星の
煌めきと地上の人の営みに心馳せて飛ぶ「夜間飛行士」になって、これからは余り不興を
買うことは控えて昔の心やさしい自分に戻りましょう。
「帽子にまつわる話」
◆今丁度、O氏から借りてウイリム・アイリッシュの「幻の女」を読んでいる。
未だ殺人犯の名前は判らないが、狂言回しになった女の燃えるようなオレンジ色の帽子
がキーポイントである。また以前、男の帽子という書き物を読んだことがあった。昔か
らある男の装いに背広やでネクタイや帽子があるが、不思議なことに現代は帽子だけが
廃れてしまったという。確かに私の父は生きている間、外出するときはソフト帽やチロ
ル帽を被って出かけていた。あの年代までは他人の前に出るときの装いとして、一種の
自分の気持ちに普段と違うと いうけじめをつけるための儀 式だったのだろう。
◆河野多恵子の「後日の話」の 内容は、十七世紀のトスカー ナ地方のさる小都市国家
で、 結婚生活二年にして、思いも かけぬ出来事から処刑される ことになった夫に、
最後の別 れで鼻を噛み切られ、その後 を人々の口の端にのぼりなが ら生きた、一女
性についての 話である。その夫は麦藁帽子 業者カタラーニ家の長男ジャ コモである。
その小説に描かれたイタリアの麦わら帽がどのような物なのか、カンカン帽あるいは中
折帽子か判断がつかないまま、数年前にイタリア旅行に行った時に私はそのような店を
探して買ってくるつもりであった。しかしベネチアでもフィレンチェでもローマでも見
つからなかった。そして目的を諦める決心が付いたのは、歴史に埋もれて未だ古い仕来
りを守っている古都の街角で、帽子を被っているイタリアの紳士を全然見かけることが
なかったことである。私は確実に時代は変わったのだなと悟ったのである。
◆しかし、今この写真にあるようにパナマ帽とサングラスという時代錯誤のジゴロ風の格
好は、好むと好まざるに関わらず私にとって「必要悪」になってしまった。さて、ジゴ
ロ(仏gigolo)は、女から金を巻き上げて生活する男、女に頼って働かない男、または
女にたかって生活する男のことをいう。転じて「男娼」「ヒモ」「スケコマシ」「男妾」
を指す言葉である。とWikipediaにある。
昔、私は密かに「髪結いの亭主」を目指していた野望は砕かれ今は確実に立場は逆転の
身となってしまった。頭の毛が薄く真夏の太陽の輻射熱には耐えられず、加齢による目
は明るい光線に晒されて白濁した世界のなかに漂い、覚束なげに歩く有様である。
「まあ!何て事でしょう!!」
あけましておめでとうございます。今日は富士山がよく見えました。雪の表面が氷のよ
うにつるつるに光って見えます。山荘からの眺めはこのように赤松や椚が大きく育ったた
めによく見えません。しかしそれはそれで林が健全だということですから我慢しましょう。
さて、今年はひとつ乗り遅れないように合評をしたいと思っていますが、早速このていた
らくで、這々の態で走り出したバスに飛び乗ったところをみると、やはりいつもと同じに
なりそうです。
まず、意表を突く表題がなかなかいいですね。さてこれから何が起きるかと興味津々に
なりました。そして彼岸の世界に飛んでいく話に時空を超えた広がりを感じました。抜粋
とあるから当人同士はもっともっと長い会話を楽しんだのでしょう。
人と人の繋がりを縁とか絆といいますが、苦しい時、楽しい時、同じ時間と空間のなか
で経験した者同士は、宝物のような幸せな記憶が残ります。だから少しでも心を通わした
人たちと再会するのは、己の生きてきた証を得たようなこの上ない満足が得られるのでし
ょう。彼岸での男同士の思わぬ出会い、かたや現実の世界では夫人同士の思わぬ出会いが
折り重なって見事なタピストリーを視るような思いをしました。
イスラエルのカザ地区への空爆のこと 2009/1/4
ますます紛争は拡大して地上戦に移りそうです。これは吟遊視人さんのいう通り全く理
不尽なことです。このようなことを許している欧米の正義とやらは突き詰めれば国益が最
優先のものでしかないということが判ります。
今日に至ったイスラエルの問題は二つあると思います。
一つは、紀元前721年「北王国イスラエル」が、アッシリア帝国に滅ぼされてアッシリ
アに捕囚され、紀元前586年には「南王国ユダ」も新バビロニアに滅ぼされユダ王国の民
は「バビロン」に捕囚される。それ以来亡国の民となって世界中に散らばっていく。しか
し国々での土地の所有を許されない根無し草の生活は、勢い金融や学問や音楽などの芸術
に向かっていった。その土地の者はよく考えてみれば、土地を耕したり物を生産したりす
る自分たちよりもユダヤ人が経済や学問や芸術の世界を支配して上流の生活に収まってい
るのに気づいた。そこからユダヤ人への差別と排斥の感情が生じた。ユダヤ教という戒律
の厳しい宗教で結ばれた排他的な人たちではあったが。決してユダヤ人がその国の法を犯
すような人たちではなかった。
二つ目は、第2次大戦のあと欧米の国々は、国内で行われていた差別や排斥などの罪の
意識と、経済や学問や芸術の面での隠然たる支配にたいする恐怖もあって、一種の厄介払
いの思惑もあって、数千年も前のユダヤ人の国家であったイスラエルに再び建国させたの
である。そこにはパレスチナ人がすでに長い年月住み着いていたにもかかわらずである。
当然ユダヤ人とパレスチナ人の人口や経済的な力関係のバランスが崩れるのも意に介さな
いで・・・。だからイラクやソマリアやルワンダやケニヤの紛争の責任はすべて帝国主義
を標榜して世界を蹂躙した大国のエゴによるものである。しかしそれにしても今のイスラ
エルはアメリカという老虎の威を借りた狐のようではありませんか。
とまあ、このように吟遊視人さんが心配されるまでもなく、アンチ体制、アンチ常識、
アンチ仲良し主義の臭いは捨てた訳ではありませんので。
偏西風−再びガザ攻撃について 2009/1/8
まさしくこの攻撃は屈強の大人がよその人の赤子の手を捻るようなもので、誰が見ても
非はイスラエル側にあるでしょう。建国以来イスラエルが行ってきた不条理からすれば、
たとえパレスチナ側のロケット砲による抵抗が続いているにしても、正規軍が領土を蹂躙
することは行き過ぎている。
吟遊視人さん、抗議ということで何か我々のできることはありませんか。たとえばイス
ラエル本国や大使館やブッシュ宛に直接抗議のメール送りつけるとか。
偏西風−イスラエル問題 2009/2/9
望遠鏡氏が書かれた影の権力者−5 は良く調べられたもので、私のように多忙な者に
とっては非常にありがたいと感謝します。ただ私の投稿文だと思われるものにたいするコ
メントがあり、少々言わんとするところを十分説明、その意を汲んでもらってないような
感じを持ちましたので少し釈明したいと思います。
1.「第2次大戦のあと欧米の国々は・・・数千年も前のユダヤ人の国家であったイス
ラエルに再び建国させたではありません」にたいし:私は欧米諸国がユダヤ人に正式
に建国を奨励し承認したとは書いていません。ユダヤ人の違法な移住を制限すること
が出来なくなって黙認したという意味で書いたわけです。
2.「イスラエル人の入植を制限したイギリスに対して、イスラエル人はテロ行為をし
ててその権利を獲得でもなく」:これもまた彼等が入植する正当な権利を獲得したと
いうことを言ったわけではありません。ただユダヤ人が、パレスチナ人のロケット砲
攻撃や自爆テロなどの行為にたいして、いかにも己の側に理があると一方的に非難す
ることは出来ない。自分達もかつてイギリスにたいして行ったテロ行為があったにも
関わらず、敵前から五十歩逃げ出した者がはたして百歩逃げ出した者を蔑むことがお
かしいと言いたかった訳であります
以上点が私の言わんとすることでありました。望遠鏡氏が言われるように、亡国の民が
長い間自分の国を持つことを希求した経緯は私にもわかります。しかし私の今回の問題の
一番重要なことは、イスラエル国家の建国に当たって、何百万という不法なイスラエル移
民が先住のパレスチナ人を差別・虐待した歴史であります。
飛躍した例を許してもらうとすれば、歴史以前に南方や中国や朝鮮などから渡來して来
て、混血によって生まれた日本人とその領土に、昔の祖先のルーツを頼って大量の不法流
民が進入して来て力を持ち、現に住んでいる国民を北海道などの辺境の土地に閉じこめた
想像してみてください。イスラエル建国では、古代や中世ならともかく近代になって起き
たのことを私は憤っているのです。
最後に、望遠鏡氏の「ユダヤ人は驚嘆すべきことをやり遂げた民族です」と書かれてい
るのを見ると、ユダヤ人のその行為を賛美しているように聞こえてきますが、私だけでし
ょうか。それとも少々の皮肉を込められているのでしょうか。
そして、詳細な資料による考察を提示と、「皆さんの漠然とした案を補正出来れば」とい
う考えには納得できますが、最終的にこの資料に基づいて己がどのように判断したかを期
待する私は、いつも肩すかしを食らっているような思いがしています。
偏西風−「言魂」を読む 2009/2/15
図書館にずっと前に予約していた「言魂」が、待つこと26番目でやっと私の手元に届
いた。そして今日読み終えた。石牟礼道子さんと、夛田富雄さんの間で交わされた往復書
簡集である。
老人医療に関する医療費カットに怒り、忿怒仏と化した夛田さん、水俣病を長年告発し
てきた石牟礼さんが「新作能」を通して、この世の不条理を訴えている。それらの能には
最終的に救いが描かれているのか、見ていないので私には判らない。
夛田さんは長崎や広島の原爆を題材に「長崎の聖母」やアインシュタインをモデルにした
「一石仙人」、水俣病を描いた石牟礼さんの「不知火」などであり、常に虐げらている
弱者の側に立って問題点を訴え続けている。
夛田さんや石牟礼さんが憤るように、今現在のいろいろの不祥事や政治や官僚システム
の破綻で生じる国民に与える不利益にたいして、国や企業の対応の不誠実さは目を被うば
かりである。なんとかせにゃーいかん!!
偏西風−草なぎ君 2009/4/25
この頃は警察もマスコミも妙に頑張って働いているようだ。
今日の新聞に面白い川柳が三つあった。
マスコミもよってたかって裸にし
これしきで世には巨悪があるでしょう
鳩時計時刻以外に顔を出し
草なぎ君の行為は大人としては褒められるものではないが、これ見よがしに逮捕するほ
どのことはあるまいに。深夜に多少の騒音をまき散らし近所に迷惑をかけたことは確かだ
が、盗みや強盗などといったように直接人に危害や損害や恐怖をあたえた訳でもあるまい。
世の中にはもっと悪質な犯罪はそこらじゅうに転がっているが、まともに取り締まったこ
ともないのにねぇ。たとえば暴走行為などは実行犯でありながらほとんど野放しの状態で
あり、万引き犯も逮捕したりしなかったり。駐車違反や私物による公道の占拠等々・
マスコミも何が本当に問題にすべき報道かを検証することを止め、ただ視聴率を上げる
ためにだけに血眼になっているようだ、テレビなどは食えないゲーノー人(芸NO人)や、
政治家を目指す売名タレントのためのものかと思われる番組でいっぱいである。それも教
養という目くらましを被せた物知り競争もの、しかし普通使いもしない知識や判じ物や、
外国語の当て字の漢字を知っていることが何になる。もっと考えなければいけない大事な
ことが身の回りにはいっぱいあるだろうに。どうも年を経ると世の中の軽薄なものが目に
ついて、しっとりとした悠長な大人の文化が失われて行くのがちょっと寂しい気がする。
これも今のニッポンが平和な証拠なのかも知れないのだが。
偏西風−朝三暮四の故事ににたり 2009/6/30
選挙も近くなって与党の皆の衆は周章狼狽の体で、国民の関心を買うため何でも有りの
買票政策をしている。いつもは天下国家の高説もどこえやら、己の当落をのみを危惧する
みっともない姿の御仁ばかりが目立つこの頃である。だから、我々は定額給付金や高速道
路値下げやエコポイント等の、一見国民の得するような政策をばらまくという、あからさ
まな朝三暮四の企みを見抜き、それに乗せられないように気をつけようではないか。
自民党は覚悟して一度野に下った方がよい。元首相や長老や派閥の領袖などの古びた革
袋の中身は処分して、若手の中にはまだ有望な人材があると見えるから、新しい革袋と酒
を仕込んだほうがまだ未来が望めるからである。選挙に勝つ為の奇策としていまだ真価の
判らない、単に人気のある地方の長に三顧の礼を尽くすような筋書きは、阿呆総理の好き
なマンガとしては秀逸なできである。
東国原知事の総裁云々の話は、彼のあくなき権力志向という野望がチラチラと垣間見え
てくるようで、単純に拍手喝采とはいかないようだ。地方分権が住民参加による自治とい
う民主主義の根幹をなすものだから、彼の目指すところは間違っていないと思う。しかし
国家の長となるには、未来世界への平和や環境や経済の難しい問題への理念と展望を、は
たして持つだけの器がどうかは疑問がある。
お笑い芸人の路を歩んだだけあって、民衆の不満や要望にあざといく対処するテクニッ
クはさすがに見事ではあるが、受け狙いの目先の話題や損得ではなく、本当に必要な難し
い問題を地道に解決出来るかどうかが問われるだろう。
朝三暮四:三省堂国語辞典より
〔「列子(黄帝)」などに見える故事。狙(そ)公(=猿回し)が猿にトチの実を朝に三つ、
暮れに四つ与えると言ったら猿が怒り出したので、朝に四つ暮れに三つやると言ったとこ
ろ猿が喜んだというもの。狙公橡(とち)を賦(くば)る〕
(1)表面的な相違や利害にとらわれて結果が同じになることに気づかぬこと。
(2)うまい言葉で人をだますこと。
偏西風−臓器移植について 2009/7/3
今朝の朝日新聞のコラムに柳田邦男氏の臓器移植改正法案についてのコメントが載って
いた。それは脳死状態の次男の臓器提供に悩んだ経験のある柳田氏が、参議院厚生労働委
員会での参考人としての意見を問われたものだ。衆議院通過したA案は全ての人の脳死を
死と判定する法案である。
柳田氏は脳死を死と認める人と、そうでない人がいて、まだ社会全体のコンセンサスが
得られているとは言えない。もう少し社会の成熟を待つべきだと結んでいる。世界の情勢
として脳死は死であるとすることと、日本的な「人一人の人生と死生観を大事にするとい
う」脳死を死と認めないというダブルスタンダードは新しい文化のあり方であり、日本が
持っていたあいまいさの良さを残してもいいのではないかと言っている。
それにつけても、TVタックルで河野太郎議員が顔を真っ赤にして、臓器移植法案のA
案になぜ反対するのか「引き延ばしている間に、移植を待っている患者の何人殺せばいい
のか、これは殺人だと」と激高していたのが印象に残る。提供する側の親は脳死でも心臓
や肺は動いているのに死と認める訳には納得がいかない。移植を待つ患者側がそれを承知
でまるで権利のごとく声高に主張するのはちょっと違うような気がする。死んでいく命と、
生き延びる命に優劣は付けがたく、権利や義務の関係を発生させるような法を拙速に作る
ことに違和感を感じた。たしか生物学的・倫理的・医学的にも難しい問題ではある。
偏西風−政争を観劇して 2009/7/24
麻生内閣を支持する人と麻生下ろしを画策する人達のバトルの顛末を見て感じたこと。
岡野加穂留氏のホームページに次のように政治家を分析していた。
政治家(Statesman)が全体のわずか5パーセント程度で、いわゆる政治屋(Politician)が10
パーセント、自己の利益のみにうつつを抜かしている政治業者(Political Wheeler Dealer)
が、残りのおよそ85パーセントというのが実態だと思います。
まず政治屋や政治業者の資質として
◆体力:バリケードを張られても強引に突破することのできる体力。
どんなに忙しくても、どんなに些細な関係でも冠婚葬祭に出かけて顔 を売ることので
きる体力。
◆二枚舌:イソップ物語の中の蝙蝠のように鳥が戦争をしたとき、コウ モリは動物の陣
営に行って、「私は鋭い牙とフサフサとした毛が生え ていますから、私はあなた方の
仲間です」と言っておきながら、鳥の 陣営では「私にはこんなに立派な羽が生えてお
り、飛べますから皆さ んの仲間です」と嘘を平気でつき、有利な方につくこと。
◆二枚腰:相撲や柔道で、一度腰が折れたようでも砕けずに立ち直る粘 り強い腰。いく
ら自分が間違っていても素直に認めようとせず、ああ でもないこうでもないと言い張
り、しぶとく居直ること。
◆恥の感覚:いくら恥をかいてもそれがきちんとした大人としての感覚 を持っていない
こと。自分の辞書に載せない人。
◆金に貪欲であること:
まず政治屋や政治業者に向いていない人
◆知力:ものごとを深く考えることの出来る人
◆誠実:一枚舌の人
◆羞恥心:天に向かって唾を吐くようなことを決してしない人。
◆高い理想:現実的な問題の解決に努力はするが、遙か向こうに高い理 念を抱いている
人。
◆品位:貧しても貪にならず、泰然自若の人。
◆金に執着がないこと:藤山 愛一郎のように井戸塀も辞さない人。
とまあ、どこかのお寺で配っている「べからず集」・「すべき集」みたいになってしまっ
たが、反麻生内閣の連中の意気地のなさ、シャンシャンと手拍子で、握手で終わるシーン
を見ると、潔さ、やせ我慢だけで自己主張せざるをえない者にとって、下手な猿芝居を見
ているようでおおいに落胆したものだ。
余酔・余聞−地球の話余酔・余聞−地球の話 2009/8/8
ブレイクの時間になったと聞いて、気楽な話を投稿したいと思った。余酔とは二日酔い、
余聞とは巷に転がっている役にも立たない噂話、ようするにほろ酔い機嫌のいい加減な法
螺話をして気晴らししたいというジコチューな考えである。
ふっとある時地球はどちらの方向に回転しているでろうと考えた。西に向かって回転し
ているのであろうと今までは思い込んでいたが、そうではなく東に向かって赤道では時速
1万7千km/hで回転しているのだ。そうでなければお日様が東から出て、西に沈まぬ
訳がないからだ。
そうなるとまた疑問が湧いてきた。どうして天気は西から東に移って来るのだろうとい
うことだ。赤道近くは逆に西向きに風が吹いているが、北極や南極に近い所はいわゆる偏
西風が吹いている。だから雲や雨は地球の回転以上の速度・風速10万8千km/hで東に
向かって走り去っているいるからだ。その偏西風の発生のメカニズムを理解するのは私の
頭ではとうてい無理だと諦めた。
?
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