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52
:
α編集部
:2014/02/20(木) 11:01:38
住まいの話
.
???????? 住まいの話?? 2003年 落書き帳より
(1)−住まいとは? 1.13
住まいの定義は人が住んだり、仕事をしたり、また、動物や物をおさめたりするために、木材、金属、石
材などでつくったもの、建造物、建築物とあり、英語ではa (family) house, a residence, a homeと書い
てある。
私の考えでは仕事をしたり、動物や物をおさめたりするというよりは、英語の定義の方がより象徴的にそ
の機能を表しているようである。人が外での生産的な仕事を終えた後、住まいに帰り団欒し身体を休め次
の日の労働に備えるためのエネルギーを蓄える場所と私は考える。すなわち外は生産の場所、家は消費の
場所となる。
また、建造物、建築物とあるが、世界の中には洞穴などをそのまま住まいにしている場所もある。日本の
建築基準法での建築物の定義では、壁または柱、及び屋根で構成された構造物とある。
(2)−建築の芸術性について 1.19
さて今回はゲイ術ではなく建築の芸術性について話そう。そもそも芸術とはなにか?
辞書には「鑑賞の対象となるものを人為的に創造する技術」とあるが、なにをさすやら判然としない。
まるで隔靴掻痒(かっかそうよう)の感があるが、早い話が絵や文学や演劇のことを指すのである。
また、あらゆる芸術をあるファクターで分類すると次の3の種類に分けられる。
1.【時間芸術】
その形式や作品が、純粋に時間的に運動・推移し、人間の感覚にうったえる芸術の総称。
すなわち、音楽、文芸など。
2.【空間芸術】
芸術の分野のうち、平面的あるいは立体的な空間の広がりによって秩序づけられて、人間の感覚
覚に訴えるもの。二次元的なものに絵画、平面装飾、三次元的なものに建築、彫刻が含まれる。
3.【総合芸術】
建築・音楽・文学・絵画・彫刻などの分野を異にした諸芸術の要素が、協調・調和した形式で表
出される芸術。演劇や映画等。時間のファクターを加えれば建築も含まれる。
このように建築は芸術の栄誉を与えられているが、はたして現在の我々の「ウサギ小屋」には芸術性があ
るのかどうか疑わしく、むしろ猥雑性ということばがあてはまるのでは……。もっとも小説や絵や演劇が
すべて芸術性が高い作品ばかりとはかぎらないのであるから、庶民の住まいなどは対象外かも知れない。
次回は戦前の住まいと戦後の住まいの違いを書くつもりであります。
※前回の文の訂正とお詫び:住まいを団欒の場所、次の仕事へのエネルギーを蓄える場所としましたが、
闘争の場所、不毛の時間、エネルギー消耗の空間等の帰宅拒否という負のイメージを抱く人も見受けられ
ますので、一方的に安心立命の幸福に浸れる場所と定義しましたことをお詫びします。
しかし、それは住まいの定義より広く、工場も事務所も倉庫などあらゆる構造物が含んでいるのである。
そこで、住まいとは人が生活する建物とするのが妥当であろう。ゆえに寺院やアリーナや国会議事堂は建
物でも住まいとは言わないのである。
さて話は硬くなったが、「住まい」を建造物として捉えるだけでなく暮らしを通して「収納について」とか
「色彩の調和」などその住み方や生活の仕方からはじまって都市の景観、環境などのグローバルな問題に
いたるまで、思い付くまま気ままに印象を書くコーナーとしたい。
(3)−戦前と戦後の違い 1.28
すべて昔がよかったと老人じみた懐古趣味に凝り固まっているわけではないが、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」
にあるように、住まいにおいては奥ゆかしさや快適さや健康的な環境は、やはり昔のほうがまさっている
とわたしは考える。これは日本の風土のなかで永い年月を経て作り出された住まいの形であるからであろ
う。
戦後といっても終戦直後の十年くらいはまだ戦前の窮乏を引きずっていて以前とたいした違いはないのだ
が、昭和三十年を過ぎたころから高度成長期に入り住まいを構成する材料や工法そして住まいにたいする
考え方も一変した。
それより以前の住まいは木、竹、葦、土、藁、紙、瓦などの天然素材が主で自然のサイクルに組み込まれ
ていて最期は無害な土にかえって行き、次の世代の植物の栄養となって再びよみがえるのである。
それに反し、現代の住まいは、コンクリートと鉄と塩化ビニールやプラスチックなどの化学製品が主で、
不要になって捨てられても分解されて自然に戻るということはない。
化学製品は鮮やかで美しいものと感じられるが、創られた最初が最高の輝きを表し、時を経るにしたがっ
て衰えて行くのは、天然素材の使い馴染むほど味が出てくるのと対象的である。
しかし、自然の素材でできた住まいがすべて優れているとばかりはいえない。耐久性に欠けていて、怠る
ことなく常に手を入れて管理しなければならないのと、火事に弱いことがあげられる。
それ以上に問題なのは、そのような天然素材で創ることが現在ではかえって高価な工事費を伴い、金持ち
の道楽でしか建てられなくなった感がある。
大量生産、大量消費の時代は曲がり角に来ていて、今までのように新しい物を追いかけるのではなく、以
前のようにもっと身近な物を大切に慈しむ時代にもどりつつあるような気がする。
(4)−景観その1 2.13
現代でも犬の糞の臭いを除けばヨーロッパの町並の美しさに感嘆するのは私ばかりではないと思う。
例えばパリなどの大都市やローテンブルク・ハイデルベルクなどといった都市国家のなごりの小さな街に
いたるまで、特別緑が多いといえるものではないがなんとなく整然としていて心地よく、現代の日本の町
並みよりすっきりしているように感じられるのはなにゆえか?緑や公園や広い道路がなくても、たとえ古
くなって色がくすぶっていても美しく感じるのはなぜか?
緑や公園の数にいたっては日本もそれらの都市に決して劣っているわけではない。むしろ塀で囲われた坪
庭などの緑を勘定にいれるとすればむしろ日本のほうが多いのではないかと思われる。しかしそれにもか
かわらず現代の日本の都市や街はまったく美しく感ぜられないのは私だけだろうか。じつは日本の町々も
戦前まではしっとりとした情緒を感じさせる町並みを保っていたのである。また今でも京都や金沢などを
代表する、昔ながらの伝統を守っている都市においてはその景観をかろうじて残しているものの、残念な
がらほとんどの町がそのよさをすでに失ってしまった。
都市の美しい景観を構成するおおよそ次の要素が考えられる。
1.色彩:壁や屋根を構成する材料の質感と色彩
2.形態:建物や道路やランドスケープの構成する形及び空間
3.文化:そこを利用する人たちの住まい方
さて次回は都市の色彩のことについて考えて見よう。
(5)−景観その2 2.18
1.色彩について
ヨーロッパの建物を構成する建材は石やれんがや土カベ、瓦、スレートなどであるが、その都市その地
方によって特徴のあるものがつかわれている。そしてそれぞれの街々の建物ははほとんど同じ材料をで出
来上がっている。
たとえばシエナやブレシヤやそのたのイタリヤの都市のようにサンド色の石の壁と赤い瓦で葺かた屋根
が町の色となっている。また一方フランスの都市コルマールやドイツのクヴュトリンブルグは木造の梁と
柱と漆喰壁で構成されていて、それぞれの街の個性あるイメージつくっている。
また、現代の必要以上に精緻に規格化された建材のもつ冷たさや、表面的で表情のなさに反し、焼き過ぎ
レンガや石や瓦の色の違いによるグラデーションによる変化や、規格の不統一による型の面白さに深みと
趣を感じるのである。
かたや、現代の日本の色とテクスチャーの氾濫による猥雑さはどうであろうか。屋根や壁の色、材料は
好き勝手に、袖看板、広告塔はあくまでもけばけばしく、自由の国であるから何を表現してもよいとばか
りに我が物顔に氾濫し、あらゆる欲望を肥大化させる都市としてのエネルギーはあるけれど成熟した文化
を享受するにはまだ未熟である。
最近、石原慎太郎都知事の音頭で「都市景観」について考えることを提案された。これは、ほど良くセ
ーブされた色彩で装われた都市、洗練されその景観をもとにイメージされた、西洋の都市の美しさを念頭
に置いたものであるとみる。
なお、江戸時代の街並みは銀色の屋根と白い漆喰や板壁などのモノトーンの色で成り立ち、塵ひとつな
い清潔で美しい街であったことを忘れてはならない。
(6)−景観その3 3.26
1. 形
建物の形を決めるものには構造的な要因とその建物の所在する自然の要因が大きく作用するものである。
■石造りの家は構造的に横に広い開口部は不利であるから、巾が狭い窓で構成されていて外部から みる
と壁面のしめる面積が広く重厚な外観となる。しかし防寒にすぐれているが、外部の明かりをと入り入れ
るには十分とはいえない。
■木造の家は梁と柱からなり、構造体から壁面は解放されていてどこにでも窓や出入り口を設けることが
出来る。日本の木造建築のように四方を開口とすることも可能で、瀟洒で優雅な外観となる。しかし冬の
寒さや火事にたいして弱点をもっている。
■雪の多い地方は傾斜のきつい屋根となり、そうでない地方では緩やかな屋根となる。
このように一地方の自然とそこで産する建材がほとんどの建物の形態を決めてきた。和辻哲郎の書「風土」
の論のように、文明はそれを取り巻く自然に左右されて決まると論じられてきたが、現代では自然の厳し
さも技術的な面で克服出来るようになった。人も住めないネバダ州の不毛の土地に、水や電気を作りだし
冷暖房から昼夜を問わず真昼のごとき照明で一大歓楽街を築いたラスベガスはその顕著な例である。これ
は現在の強引な手法を用いているアメリカの大統領ブッシュの他の文明にたいする傲慢な行為と同じに見
える。しかしそのような力ずくの文明の成果も、一度事故やエネルギーの枯渇に至るとすれば、自然の驚
異に晒されて人間の住めない都市に変貌する危険を孕んでいる。
このように立地する場所の自然に影響されることなく建築の工法や設備が可能になったおかげで、都市の
景観があらゆる工法、あらゆるテクスチャー、あらゆる色彩の氾濫を招き、まるでパンドラの箱をひっく
り返したみたいな様相を呈する結果となった。特に我が国の大都市の周辺はそれが顕著であり、落ち着い
たまとまりのある景観がなくなってしまい、馬籠宿や奈良井宿や白川郷といった地方地方の特色をもった
町並みはもはや風前の灯火である。
(7)−住まい方 6.10
都市の景観の美しいさまは今まで述べてきたように、統一された色と形状が重要な要素だが、それだけで
は十分ではない。ヨーロッパ及び日本のある一部の美しい街に共通するものは、実に単純なことである。
それは公共の空間に私物を置かない、平気でそういうところに物を捨てないことである。
醜悪で猥雑な街を観察して見れば、紙屑、ゴミ袋、食堂や飲み屋の置き看板、放置自転車、トロ箱の植栽
などが我がもの顔に置かれていて、美観を損なうとともに通行の妨げになること甚だしい。それは災害時
の消防車や救急車の運行の妨げになり人命にかかわることにつながらないともかぎらない。
ヨーロッパの都市国家の狭い城壁の中ではたくさんの市民が居住しなければならず、高層の住居と狭い道
で成り立っていた。それゆ道路や広場を私物でふさぐことは犯罪行為に等しかったに違いない。 または
公共の空間にある私物はもはや私物でなく落とし物とみなされ、発見者の物として持ち去らされる運命で
あったかもしれない。
いまでは考えられないが江戸の町並みはゴミ一つなく実に清潔で整然としていた。だから日本人がそうい
う美意識がはじめから無かったということではなく、効率や経済に重きをおく考え方が主流になってから
失われたものと考えられる。とにかくこの私物を公共の空間に放置しない住まい方を会得しなければ、百
年たっても美しい町並みは戻ってこない。
「公共の空間の私物放置厳禁」とか「捨てた物とみなし拾ったひとのものとする・たとえ車や高価な品物
でも」とかの法律を作れば解決するやもしれないのだが・・・。
(8)−リフォームについて 2.9
最近のテレビで盛んに住宅のリフォームをとりあげている。エステの使用前・使用後の手法を模し、み
すぼらしい・狭い・使い勝手の悪い・収納場所が無い家が改造によって、いかにすばらしい居住空間に生
まれ変わったかを得意げにうたいあげるである。
しかしこれも、冷静に見るといくつかの問題点があるようである。それは狙い通りの効果を果たした物
が本当の価値の評価に耐えられるか、提示されたすべてのものが真実を伝えているか、クライアントがそ
の後はたして快適に暮らしていて何の問題も感じていないのかという疑問が残り、どうしても一方的な高
い評価がマスコミの視聴率獲得競争のやらせぎりぎりの報道と見えてくる。
たとえば、工事費が果たして報告されている金額で出来るのか?実は設備工事は別途であるとか、照明
器具は計算外とか、植栽や特殊基礎や諸々の諸経費を勘定に入れないで安さを強調していないか。
たとえば、使い勝手が非常によくなったとか見栄えが格段にシャレタ雰囲気を作り出しているなどと自
画自賛しているが、はたしてその出来映えが真実であるか?調度品や庭園やでゴージャスサを演出したり、
本当にクライアントの生活に馴染んでいるのか。小賢しい・見てくれだけの・小手先だけと思われる仕掛
けや造作は、ただ設計者の自己満足にすぎないような気がする。
たとえば、改造するに用いたコンセプトがはたして快適な住空間に必要な要素か?光がさんさんと降り
注ぐ部屋がはたして常に理想的なものか。真夏の紫外線や光と翳の強烈なコントラストによる健康上・精
神上の悪影響は考えられないか。大きな吹き抜けの空間を多用しているのを見かけるが、はたして冬場の
暖房に答えられるか?などの疑問がわいたのだが、裏に隠された計算違いや失敗こそが実は私たち知りた
い有益な情報なのではあるのだが。
(9)−収納について 12.20
家財が多すぎて、或いは収納場所が少なくて部屋が片づかないと嘆いている人がたくさんいると聞く。だ
から家を建て替えるときにまず収納する部屋や天井裏や床下といった空間をすべてそのために確保しよう
と特別に必死で努力する人がいる。本来は高価な土地や家の空間であるのだから住人の快適さが先にある
べきことなのに、人間の空間を物に奪われている現状である。ところが、いかに自分は工夫を凝らしそれ
を解決したかを誇るといった本末転倒の思いこみをしている人がいる。
では、家の中がすっきりと片づくということはどういうことかをまず考えてみると。
1. すぐに必要とされない物が部屋の中に見当たらないこと。
2. 足下周りに物が置いてなく動くに支障を来さないこと。
3. 絵や陶器などの飾りが多すぎないこと。
4. 家具などの高さや色や質感が程よくまとまり統一感があること。
しかし、収納場所の問題は住居の条件により自ずと制約があり、それ以上増やすことができない場合が多
い。そうであれば、それを解決する次の一手は溜まりにたまった物を減らす算段をするしかない。その家
を埋め尽くし、人の住空間を圧迫する物とはなにか。
1. 戦前の貧しい時代では考えられなかったのだが、高度成長を経て物の使い捨て時代が到来してから不
急不要の物まで手当たり次第購入するようになった。
2. 不要になった物を抱え込み新しい物を購入しても使わない物をいつかは必要になるだろうと考え処分
できないこと。
そこで不要不急の物はなるべく買わないこと。収納している物で半年も目にしないものは再び使用するこ
とはまれだから思い切って処分すること。要するに考え方を一変し「シンプルライフ」を目指すことであ
る。
この年になるとあまりたくさんの食べ物も必要としないし、数多くの種類の身を飾る衣装や宝石などその
他、欲望を肥大化させるものからきっぱりオサラバし「量より質の時代」なのだと考え直してはいかが。
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