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26
:
α編集部
:2014/04/20(日) 11:15:32
夢もろもろ
.
???????? 夢もろもろ 1
???????? 2007-2009
フロイト全集に挑戦するくらいだから、夢について触れた文章が増えるのも当
然であろう。想念の世界を描くことが多いことから言っても、フロイトの夢の
世界に興味をもつのも当然であろう。
現実を生きる表向きの世界、信じて裏切られるとか、騙される、といったこと
がまかり通る世界に対して、嘘のない、嘘がつけない、洗いざらしの想念(心)
の世界に惹かれるのだろう。 (編集者)
「今日から日記に挑戦!!」 より 2007/1/13
フロイトの「不気味なるもの」・・・フロイト全集第17巻P30
同じ事態の反復がある一定の条件のもと、一定の状況と結びつくと、うたがいの余地なく
不気味な感情を引き起こす。この感情はいくつかの夢の状態が示す寄る辺なさを思い出さ
せる。
例えば ・不案内の街の路地を歩いても何度も同じ街角に出る。
・身の回りのナンバー例えば六十二という数字が同じ一日のうちに何の関連も
なく係わってくる。
フロイト全集17 ??2007/3/11
■ 戦争神経症者の電気治療についての所見
自分の生命に対する不安、他人を殺せという指示にたいする反抗、我が身を情け容赦
なく押さえ込む情感に対する拒否感といったところが、戦争逃亡的性向を養う最重要
の情動源泉であった。
その苦しみの故に病気へと逃亡した患者を、健康な状態すなわち軍務遂行可能状態へ
戻すために電気治療を施された。それは病気を治療されるほうが、健康な状態より苦
痛で過酷であるということにより悲惨な電気ショック療法がとられた。
■ 夢学説の補遺
夢には「欲望夢」「不安夢」「懲罰夢」の三つがある。
■ 女性同性愛者の一事例の心的成因について
「所得税支払い」より 2007/3/12
フロイト全集4及び戦後短編小説再発見4を購入。
今度のフロイトは夢解釈?で面白そう。前2巻も早く読破しなければ。
「母の日記」より????2007/3/17
先日から風邪気味で体調は最悪。最後は声もつぶれ、夜中じゅう悪夢にうなされた。昨年
の正月といい、今回といいなぜか私の帰省は望まれていないような気がする。悪魔祓いが
狐を追い出す煙と鞭が必要か。
フロイト全集4「夢解釈?」 2007/3/30
フロイト全集4 20P、39P
■ 夢の内容は常に、本人の人格、年齢、性別、地位、教養の程度、馴染んだ習慣、これ
までの人生全体で経験した出来事などに、多かれ少なかれ規定される。
■ 夢源泉を完全に列挙してみれば、結局四つの種類が数えられる。それらはまた、夢そ
れ自体の分類にも応用されている。第一は、外的な(客観的な)感覚興奮、第二は、
内的な(主観的な)感覚興奮、第三は、内的な(器質的な)身体刺激、第四は、純粋
に心的な刺激源泉である。
■ 心臓病患者の夢は概して大変短く、驚愕を伴う覚醒で終わる。その夢の中では、ほと
んどいつも、陰鬱な条件下での死という状況が役割を演じている。
■ 肺疾患の患者は、窒息、雑踏、逃走などの夢を見、目立って多くの人が、悪夢に襲わ
れる。
■ 消化器疾患では、夢は、食物を摂ったり吐き気を催したりすることに関連した表象を
含む。
「フロイト全集4」 2007/4/20
夢問題の学問的文献(H) P124
精神病という現象と夢という現象にはかなり広い範囲の一致がある。
■ ショーペンハウアーは「夢は短い精神病で、精神病は長い夢である」
夢解釈の方法 P134
■ 象徴的解釈
夢内容を全体として視野にいれ、夢とは別の、了解しやすい、そして何らかの観点か
ら見て類同的な内容で、一挙に代替させることである。
閃きや直感にかかわるところが大きい。
■ 暗号方式
夢を一種の暗号文のように扱って、個々の印を決まった鍵に従って既知の意味の印へ
と翻訳することである。
「夢の歪曲」 2007/5/28
フロイト全集大4巻−P206
夢のほとんどは欲望成就である。一見そのように見えない「半欲望」のような不幸な夢で
も、分析すると歪曲された欲望成就が隠されていている。
奇妙な夢 2008/3/31
今朝妙な夢を見た。やっとの思いでローンを組んで建てた自分の家についてであった。
それは現実にある山荘とまったく違った建物で、屋根裏に雨水が30センチばかり貯まっ
ていて、なんで水を抜かないかと細君を叱っていた。だが、屋根裏がプールみたいになる
ことも、細君に向かってそのようなありもしない責任を詰って暴言をはくことも現実には
全くあり得ないことである。しかしフロイトも言っているように、倫理的・道徳的・科学
的・物理的などのおよそ現実の世界では当然制約されている状態でも、夢の中ではそれら
の束縛から解放され、空を飛んだり、人を平気で抹殺したり理屈に合わない要求をしたり
するのである。
私は仕方なく一カ所の軒先の鼻隠しに5センチばかりの穴を開けて天井裏の水を流して
いたが、埒が明かないので家の北側に回り壁を押していたら我が家が南側にひっくりがえ
ってしまった。細君は庭の向こうでお隣さんと楽しそうにだべっていて知らぬ顔である。
私はあわてて南側に戻って家をエイコラショともとに戻したのである。天井裏の水といい、
家を人間の力で倒したり起こしたりといった不思議な現象は夢のなかだからのことであろ
うが、なんとも奇妙奇天烈な出来事であった。
それにつけてもそんなに簡単に建物がひっくり返ることは考えられなかったので、基礎
を調べたら、アンカーボルトが基礎の中に埋め込んでないことが判った。それから建物の
内部も非常に粗悪で自分の意図したものではなく、大工の赤池さんを自分は信用していた
のにと、その裏切に憤慨していた。まだ家のローンも半分以上も残っているし、建て替え
るには2重の負担を背負わなければならないと悩んでいた夢だ。
フロイトに言わせると夢は現実の代償行為だといっているが、私の夢は何を暗示してい
るのであろうか。現実の山荘は腕の良い大工の赤池さんによる製作で、構造的にも空間的
にも、テクスチャーにおいても私のイメージ通りの出来映えであるというのに。
夢についてその1 2008/4/4
またまた変な夢を見た。海外旅行へ行く日のことである。細君ととある成田空港の近く
と思われる駅に隣接する広場に集合するため来たのだが、添乗員が見つからなくて戸惑っ
ている。その広場には高校野球の開催式典のために数十校がプラカードの後ろに整列して
いる甲子園の状況とそっくりで、それぞれのツアーの添乗員のもとに点呼も終わっていた。
私達夫婦は遅れた不満をお互いに詰りあっていたが、旅行する間くらいは機嫌良く過ご
そうではないかなどと気を取り直しながら駆け込んだわけだ。だが我々の荷物も届いてい
なくて、添乗員も見つからないので少々慌てた。飛行機に搭乗する11:00まであと一時間
しかない。 細君は添乗員を、私は荷物を探すことを手分けして、人混みのなかに入って
いったのだが、そのうち細君も見失った。携帯電話で居場所を突き止めようと思ってそれ
を取り出してみたら、今まで使っていたものではなく操作もわからない。液晶の画面も出
ないので何回も何回もキーを押し直している夢だった。
この夢の示唆するものは、日頃と違った環境に立ち入った不安の表れと思われる。ちな
みに現実は今回は細君のみイギリスへ行く予定で、私は8日の間仕事を開けることが出来
ないのでやむなく中止した。しかしイギリスやアイルランドの小説や詩の足跡をいずれ訪
れたいという希望は捨てていない。
それはともかく、この夢に登場する鄙びた田舎の殺風景な駅の広場はいかにもありそう
なものだが、今まで行ったことのない場所である。夢は逢ったこともない人物や見たこと
もない場所などを創造することができるのであろうか。それとも意識しないながらも現実
に一度どこかで経験しているのであろうか。そのような無意識のものを組み合わせて物語
りを造っているのであろうか。北君の言うように怖いこと、気になっていること、こうあ
って欲しいと思うこと、楽しい思い出などが起因となって夢見るのであろう。朝起きて覚
えている夢は20分前に見たもので、それ以上経たものは忘れてしまうそうである。
夢についてその2 2008/4/5
◆「同人α」第3号に載せた「シリーズ・歪んだ風景−影」に書いたように私の夢には色
彩はあるものもあるが影がない。そして私の夢には会話がない、小鳥の囀りや小川のせ
せらぎなどの音がない。
◆ところが行ったこともない場所や逢ったこともないのない人達が登場することが不思議
でならない。その様な状況を勝手に夢の中で作り出すことができる能力が私の脳にある
のか。それとも、いつかどこかで知らないうちに経験したそれらの一つ一つのことを、
脳の暗い襞の片隅に記憶していて、それらの事実の記憶の断片を紡いで形を洞察すると
いう表象能力の顕われなのか。
◆表象能力といえば、二次元のさいころの絵から経験によって蓄積された見えない向こう
側を想像して立体に見立てる能力である。建築を学んだ時に、この表象能力がなければ
二次元で表す設計図は描けないし、そういう人はこの仕事に向いていないと教わった。
就職して先輩から、問題のある図面を描いた人がいたということを聞いたことがある。
例えば周り階段と構造の梁の関係。梁がそこにあることを立体的に思い及ばない人は、
階段の途中に梁が出てきて、潜るか跨ぐかしなければ通れないといったことである。
◆実際に私が経験したものは、随分昔の建物で未だに使用されている日比谷公会堂の階段
がそうだ。階と階の中間にある踊り場の真ん中を上の階の梁が横切っている。もうちょ
っとで頭がぶつかるような低さで、背が高くなった若者はかなり危険な代物である。そ
れともその建物が建立された時代の人達の背がそれほど低く、あまり支障が無かったの
かは判らない。いまでは、あの建物の用途と空間の規模から判断してもバランスを欠い
たもので、設計ミスと言われても仕方ないであろう。
Wikipediaで夢について調べてみた
◆夢とは睡眠中に起こる、知覚現象を通して現実ではない仮想的な体験を体感する現象を
さす。
◆ 夢は人間に限られた現象ではなく、ほとんどの温血動物が見るとされる(ただしハリ
ネズミの一種に例外がいる[要出典])。人間同様に睡眠中に、覚醒活動状態の脳波を示
したり、反射運動である尻尾をふる、鳴き声をあげる発現などが確認されている。
◆ メカニズムについては不明確な部分が多く、研究対象となっている。例えば、浅い眠
りに陥るレム睡眠中に見るとされ、ノンレム睡眠時は発現されないと考えられていた。
しかし、最近ではノンレム睡眠時にも夢を見ることが確認されている。たとえば、フラ
ッシュバック性の悪夢はノンレム睡眠時に起こることで知られる。だが、夢が現出して
くるルートが比較的解っているのは、レム睡眠時で、PGO波という鋸波状の脳波が、
視床下部にある端網様体や、後頭葉にかけて現れる。この PGOが海馬などを刺激して
記憶を引き出し、大脳皮質に夢を映し出すと考えられている。
◆夢を見る理由については現在のところ不明である。 夢の存在意義を定めようとする説
はさまざまあるが主に
* 無意味な情報を捨て去る際に知覚される現象
* 必要な情報を忘れないようにする活動の際に知覚される現象
の二つが有力である。
◆ 夢には時間軸が存在せず主観時間でのみ知覚しているとも考えられている。これは、
目が醒めた時点で記憶されている夢の多くは覚醒前20分以内に見た物とされているが、
夢の中では実際の睡眠時間よりも長い、数時間〜数日に感じたというケースが多いこと
による。
◆文学作品
* 「夢十夜」(夏目漱石)
* 「ドグラ・マグラ」(夢野久作)
* 「パプリカ」(筒井康隆)
* 「冥途」(内田百?)
* 「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(フィリップ・K・ディック)
* 「豊饒の海」(三島由紀夫)
「詩的真実」 2008/5/20
脳と仮想」 茂木健一郎
◆詩的真実 (Wikipedia)
ゲーテ: p.154 「藝術の真実」「詩的真実」 ただし、この場合の藝術とは、狭い意味
での藝術作品に限定されない。)
〈確かに夢の中の出来事は妙に生々しく、仮想の世界の方が現実よりもより真に迫って
感じられる。だから現実が必ずしも真の姿をとらえているのかどうかは言い切れない〉
◆意識の流れ (Wikipedia)
米国の心理学者のウィリアム・ジェイムズが1890年代に最初に用いた心理学の概念で、
人間の意識は静的な部分の配列によって成り立つものではなく、動的なイメージや観念
が流れるように連なったものであるとする考え方のことである。
アンリ・ベルグソンも時間と意識についての考察の中で、ジェイムズと同時期に同じよ
うな着想を得て、「持続」という概念を提唱している(ベルグソンとジェイムズの間に
は交流があったが、着想は互いに独自のものとされることが多い)。
[編集] 文学上の手法としての「意識の流れ」
この概念は後に文学の世界に転用され、文学上の一手法を現す言葉として使われるよう
にもなる。すなわち「人間の精神の中に絶え間なく移ろっていく主観的な思考や感覚を、
特に注釈を付けることなく記述していく文学上の手法」を表す文学用語として「意識の
流れ」という言葉が用いられるようになる。この用法を最初に使ったのはイギリスの女
性小説家、メイ・シンクレアだとされる。
人間の思考を秩序立てたものではなく絶え間ない流れとして描こうとする試みは「意識
の流れ」という語の成立以前からあり、 最も早い例としてはローレンス・スターンの
『紳 士トリストラム・シャンディの生涯と意見』などがあるが、特に近現代の意識の
流れを用いた小説には心理学の発達、殊にジークムント・フロイトの影響が見逃せない。
意識の流れ手法を用いた代表的なイギリスの小説家としては、ジェイムズ・ジョイス、
ヴァージニア・ウルフ、キャサリン・マンスフィールド、ドロシー・リチャードソンな
ど。この手法を用いた作品として挙げられる例にはジョイスの『ユリシーズ』、ウルフ
の『灯台へ』、フォークナーの『響きと怒り』などがある。
また、内的独白や無意志的記憶という用語で表されることもある。
〈日本の作家では古井由吉あたりか〉
「沈み行く家 第3回の合評のお礼」 より 2008/9/15
誠に丁寧に評していただき有り難うございます。かつて親兄弟、親友そのた私に関わり
のある人達からこれほど真剣に感心を寄せていただいたことがあるだろうか。虐めや無関
心による引きこもりの子供達や、老人の孤独死などの人間の繋がりの希薄なこの世の中で、
このような絆を持つ私は実に果報者であります。たとえ批判的な感想であってもそれを評
するには少なくとも4、5回は読み直さねばなりません。その努力は学生時代のテスト勉強
のような忍耐と努力が必要と思われます。 この歳でまだあの偏微分の解き方がまったく
わからないと焦っているテスト前の恐怖の夢を見るというトラウマをかかえていますから
そのへんの辛さは身に浸みています。
金縛り 2008/10/30
◆金縛り
医学的には睡眠麻痺と呼ばれる睡眠時の全身の脱力と意識の覚醒が同時に起こった状態。
不規則な生活、寝不足、過労、時差ぼけやストレスなどから起こるとされる。脳がしっ
かり覚醒していないため、人が上に乗っているように感じる、自分の部屋に人が入って
いるのを見た、耳元で囁かれた、体を触られているといったような幻覚を伴う場合がある。
これは夢の一種であると考えられ幽霊や心霊現象と関連づけられる原因になっ
ている。ただし金縛りの起きる状態がほとんど就寝中であることから学者の説明は睡眠
との関係についてである。覚醒状態においての「金縛り」というものについては科学的
にはほぼ未解明であり、精神的なものに起因するとされることも多い。
「沈み行く家の合評へのお礼−その1」より 2009/1/10
私は村上春樹の「スプートニクの恋人」は読んでいませんが、「東京奇譚集」などを読
みますと、偶然の重なりが何かに導かれたことのように感じられて不思議に思われること
が度々あります。
◆ドッペルゲンガー現象について
私の中に幾度となく妙な現象を体験したことはあります。それがドッペルゲンー現象
であったか、単に夢の中の出来事を現実と間違えて思い込んでいるのか判然としませ
ん。
◆不気味なりものについてはフロイトが言う「不気味なるもの」という定義の中に同じ
事態の反復がある一定の条件のもと、一定の状況と結びつくと、うたがいの余地なく
不気味な感情を引き起こす。この感情はいくつかの夢の状態が示す寄る辺なさを思い
出させる。
例えば ・不案内の街の路地を歩いても何度も同じ街角に出る。
・身の回りのナンバー例えば六十二という数字が同じ一日のうちに何の関連
もなく係わってくる。
◆赤松次郎は己の姿のなかに父の面影を見て一種の「不気味なるもの」ととらえた。
また、村上春樹の小説に出てくるもので、私が彼の小説に接する以前に書いた「三つ
の願い」やその他の場面の記述のなかで、妙に一致する記述を見つけた時もそうだっ
た。村上春樹の場合は「ねじまき鳥クロニクル」では「井戸の中」、私の作品では深
い縦穴、そして「不気味なる」情景の記述に「ジョルジョ・デ・キリコ」の表題は失
念したが「車輪を回す少女」の絵を取り上げている。 これは彼の「生と死」、「この
世とあの世」、「聖なるものと邪悪なも」などといった、 漠然とした「心の中に住み
着いている暗闇」を好んで描くといった趣 向が私の描きたいものと一致しているよ
うな気がするのであります。神秘主義というほど確たる自覚はありませんが。
変な夢 2009/3/8
懸賞設計に応募する作品を徹夜で仕上げるも、締め切り日や提出先を書いた募集要項が
みあたらない。自信作の先品を提出しようとしたが、今日の日曜日までだったか、明日の
月曜日までだったか、提出先はどこだったかと慌てている場面だ。
悶々とする夢現の中で、頭に浮かぶ作品の横書きの説明書の文章がうまく編集できない。
改行をすると文章が消えたり、前の文につながらなかったり、そのうち脈絡のない文字だ
けのものが頭に残る。うまくいかない行動に堂々巡りをしていて悩ましいかぎりだ。
仰向けになってその文章を考えているのが苦しくなって、そこで横向きに体を変えた。
そうするとその文章も水平ではなく、己の左右の目の方向に横書きの文字が並ぶ。これは
どうしたわけであろうか。頭に浮かぶ想念は、絶対的と思われるの現実の水平、垂直の概
念は脆くも崩れ去った。今まで頭の中に浮かものの位置関係を深く考えたこともなかった
のだが、目をつぶって見るものはちゃんと頭の方向に合わせて横向きに映るという、新し
い現象の発見をした。
まさに、現実と虚構(想念)の違いであり、もし目を覚まして見ている原稿と頭の中の
文が同じ方向であったらもっとおかしいことになるだろうと思った。ものごとの知覚は現
実そのものでなく、脳を通して認知することで、必ずしも見えたもののそのままでという
ことか。自分に自分を瞞したり、瞞されたりしているようでもある、不思議なことである。
「逆さまの世界」より 2009/3/30
3.夢の中の世界
変な夢をみた。仰向けに寝て横書きの文章を見ていたが、苦しくなって横向きに体を変
えた。そうするとその文章も水平ではなく、己の左右の目の方向に横書きの文字が並ぶ。
これはどうしたわけであろうか。頭のなかでは上下左右の補正を自動的にしているらし
い。絶対的と思われるの現実の水平、垂直の概念は脆くも崩れ去った。今まで頭の中に
浮かぶものの位置関係を深く考えたこともなかったのだが、目をつぶって見るものはち
ゃんと頭の方向に合わせて横向きに映るという、新しい現象の発見をした。
まさに、現実と虚構(想念)の違いであり、もし目を覚まして見ている原稿と頭の中の
文が同じ方向であったらもっとおかしいことになるだろうと思った。ものごとの知覚は
現実そのものでなく、脳を通して認知することで、必ずしも見えたもののそのままでは
ないということか。知覚の上で自分が自分を瞞したり、瞞されたりしているようでもあ
る、不思議なことである。
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