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16
:
α編集部
:2014/04/09(水) 15:41:26
電子書籍考
.
?????????? 電子書籍考??2011-2012
同人αでは、創刊号出版に続き、同人が集う場所として掲示板を立ち上げると、
すぐに作品の電子化にとりかかった。その推進役古賀氏は7年後、さらに氏が
「ものを書く」ことのきっかけともなった同窓記念誌「青春のあの日」(県立
佐賀高等学校11期)の電子化に着手する。
当時、電子化における諸問題について検討していた様子や対応に苦心していた
様子が伝わってくる。
窓辺にて−「息子の誕生祝い」より 2011/4/10
今日は朝、息子から電話があった。(中略)
電車の中で彼はiPadで電子書籍から専門の原書を購入してを読んでいた。どいう本だと聞
いたらコンピュ−タプログラムのようなものだと言って、詳しくはおしえてくれなかった。
時代はどんどん変わっていく。
電子書籍考察 2011/7/1
インターネットでダウンロードして購入する電子新聞や電子書籍と、今までのような紙の
上に印刷された新聞や書籍などの出版物について、どのようなメリットとデメリットがあ
るかを考えてみた。ちなみに電子書籍とはインターネットにつながったパソコンや専用の
小型端末機を通してデ−タをダウンロードし、購入する本のことを言う。
●2011年2月4日朝日新聞「on reading 本を開けば」というコラムにノンフィクション作
家の佐野真一氏が、本の哲学こそ進化させるときという一文を投稿している。
「古典的な活字中毒の私からいわせれば、電子書籍はとても付き合いきれる代物ではな
い。本が電子化されれば、そこから音楽も映像もでるようになるという。でも、それっ
て本当に本の進歩なの。活字と対話する孤独な作業の中からしか、自分だけの音楽も映
像も生まれてこない。これこそが想像力を鍛錬する醍醐味ではないか。」と言っている。
●2011年5月17日朝日新聞「異議あり」というコラムに載った、編集者の山田 順氏の「電
子書籍が出版文化を滅ぼす」という副題の文で、その内容は電子化のために社会に流通
する情報の質が大きく低下する危惧があると警告している。
「出版を含むマスメディアは、信頼性が高く価値ある情報を選別し、世の中に流通させ
る役割を担っていました。電子図書では、出版社を通さず素人が自分で本を出せる。
一方、電子書籍や電子新聞の価格が下がることで、出版社や新聞社のビジネスモデルは
成立しなくなり、作家や編集者、記者の多くが失業する。質の高い作品や情報をつくり、
流通させるという社会の重要な機能が失われ、残るのは不特定多数の人々による、信頼
性も質も保証されない大量発信だけ」と言っている。
●2011年6月10日 朝日新聞 「ひと」
著作家の富田倫生氏が世話人になっている電子図書館「青空文庫」の登録数が一万冊に
なったという記事があった。著者の没後50年を経て日本国内において著作権が消滅した
作品、外国語作品の翻訳や著者自身により無償閲覧の認められた現代の作品などが納め
られていて、青空に置かれた本はインターネットでダウンロードして、だれでも自由に
読めるという便利なシステムだ。
さて、電子書籍についての三人の記事を示した訳だが、佐野氏は作家として昔流の本の
イメージを大切にしているし、山田氏は編集者としての書籍運営や管理からの意見を、
富田氏は読者の利便性を考えたシステムを作り上げたもので、それぞれの立場や論点の
違いでその評価は分かれるようである。
では実際に電子書籍について考えられる問題点を次に挙げると
◆電子書籍のメリット
1.ネットに接続する環境にあれば、いつでもどこででも買える。
2.大量の電子書籍を端末で簡単に持ち運ぶことができる。
3.棚が必要なくなる
4.検索しやすい。
5.例文として使いやすい(コピペ)。
6.買った瞬間に読める。
7.絶版がなくなる(再版などの手間がいらない)。
8.誰でも情報の発信者になれる。個人の作品の発表の機会が増える。個人で出版・販
売ができる。
9.目が見えない人もほとんどタイムラグなく、また他の人の手を煩わせることなく本
の内容を知る事が出来る。文字の拡大が出来るので弱視の人も読める。
10.紙の使用が少なくなる。その文森林伐採が減る。
11.紙の製造から発するCO2が減る。環境にやさしい。
12.配送コスト、在庫管理の手間が減少し安価になる。(店舗を構える必要がない)
13.言語の切り替えや読み上げ、動画の埋め込みなど多様な表現が可能になる。
◆電子書籍のデメリット
1.書き込みや気に入った箇所に印(マーク)が出来ない。
2.作品に偏りがある。圧倒的に数が少ない。
3.記憶されている機械に故障がおきた場合、停電、そのたの障害の時は読めない。
4.電子書籍の出版社によるデバイスやアプリケーションごとに操作性が異なる。
5.記録媒体を消去する危険(目の前に常にもの(本)がないため)。
6.そもそも電子書籍端末がないと本が読めない。
7.複数の本を同時に開くことができない。
8.海賊版が作りやすい。
9. データ管理が面倒。
10.現状でも文庫本などは十分安い。
11.思わぬ発見がない。
さて、要点を列記してみると、本と電子図書との善し悪しを簡単に判断することはできな
いという考えに至った。
手にとって読む本のよさは、内容もさることながらそれに付随する装丁、文字の形、編集
様式などが作り出す雰囲気も重要な要素であり、喉が渇いたからお茶を飲むといった単純
な動機の他に、時間や景色や人と人との会話なども加味された行為として茶道などができ
あがったように、総合的な感性で楽しみたいという人向きであろう。
かたや電子書籍はどのような辺鄙な場所からでも、日本には置いてない洋書なども即座に
簡単に手に入り、内容だけを早く把握したり、作品の中の文字やシラブルの検索などには
非常に便利である。要するに読者がそのときの気分や要求によってうまく使い分けるのが
良いようである。電子図書化が爆発的に進むと、今までの出版社や編集者や書店が無くな
っては困るが、全部が全部そうなるとは思わない。しかし今までのような紙による書籍は
手間暇の量と販売量の減少で高価なものになるかも知れず、好事家だけを対象としたもの
になるかも知れない。ちなみに遅読家で机の上に何冊もつんどくのが好きな私は、どちら
かというと本の手触りを尊ぶ方であり、紙の本がまったく無くなってしまうのは困るので
ある。
続・電子書籍考察 2011/7/2
一つ言い忘れたことがある。これは科学的な論証ではないが、すべからくテレビや映画や
演劇などのヴィジュアルなものは、いろいろの付加的なものを投入させることができる総
合的な情報手段である。しかし一方その中に含む情報、例えば俳優だったりBGMに選ば
れた音楽だったり、映像の内容よりも制作者・演出家の好みや意図に影響されることが大
いにある。なかにはヤラセや偏った情報のみを集めて制作された情報すら見かけるのであ
る。しかし視聴者は努力をせずに受け身的にその内容に浸ることができるし、多くがその
ような見方で満足している。
一方、本のように単純な活字だけで知らされる情報のように、理解するためにはかなりの
思考という努力が必要になる。まさにアリストテレスがアレキサンダー大王の家庭教師と
して赴任したとき「学問に王道なし」と言ったといわれるように、努力や遠回りや疑問な
しに安易に知恵は得ることはできないということだ。
そういう意味での本という情報はやはり余計な情報や便利さや手軽さなどを付加していな
い、今のままの本のように出来るだけ単純そのままの方がいいと思っている。もちろん、
ハウツーものや娯楽のためのものや読み流しでいい本もあるだろう。それはそれで別の話
である。
印刷技術のない時代は、作品は高価で稀少であったため、個人が持ち主から借りて写して
いたもので、正本(原本)に対して写本といった。人はその行為の中で読みかつ書き写し、
その内容を理解しようとしたであろう。だから写本は時には表現を変えたり写し間違えた
りもしたものもあった。源氏物語では藤原定家自筆本、明融本、大島本、三条西家本など
の数多くの写本がある。
以上私の結論としては、読書はいろいろの楽しみ方があり人様々ではあるが、概してビジ
ュアル系の情報に対しての受け手は、受動的にならざるを得ないことを忘れてはならない。
そのなかで目的によって紙の本か電子図書かを選ぶことで、どれでなくてはいけない等と
言った断定は控えようと思う。
ルビについて 2011/9/14
まだ一日の活動を開始する前、朝刊が来るまでのちょっとした退屈な時間、青空文庫を開
いて泉鏡太郎の「廓そだち」と芥川龍之介の「葱」を拾い読みした。そこで気づいたこと
だが、すこぶる読みにくい。本のなかのルビは漢字の上部に小さい号数の文字で遠慮深く
振ってあり、漢字の読みが判らないときだけ意識して目に写るが、それ以外は内容を追う
頭脳の邪魔を一向にしない。しかしこの青空文庫の文章ではルビが漢字の後に同じ大きさ
の文字で括弧書きになっていて、すこぶる邪魔だ。これは自分の文章、例えば「同人α」
第13号の「シリーズ・歪んだ風景−異星人」を電子書籍「作品集」に載せるためにHTM
Lに直すと、漢字の上のルビが括弧付きのルビに変換されるのである。
一太郎で書いた文章をワードの文章に変換するときも同じ現象が起きるのだが、読み手の
リズムや流れの感覚を邪魔しない処理の仕方はないものか、なんとかならないものかとい
う思いが強く残った。
「MM君への手紙」より 2011/11/27
(前略)
「同人α」の日々の活動や作品の電子図書は冊子の裏表紙にあるアドレスの「ニューロ
ン・カフェ」というホームページで行っていますので、どうぞご覧になってください。
リンク先には「同人α」の規約や編集会議の議事録を、著者のポートレートとコメントに
は、その時々の作品の著者の紹介を、作品集には今までの作品を電子図書として掲載、そ
こでは自分たちの作品の感想や批評も行っています。また最近は先日電話でお願いしまし
たように、皆さんの若かりし頃を偲んで卒業30周年記念誌も復刻して電子図書に載せ始
めました。
おしらせ(BBS万華鏡掲載)より ??2011/12/1
このたび佐高11期生卒業30周年記念誌をもう一度読みたいという希望があり、
私達有志はそれを復刻して「青春、そしてそれから」という電子図書を作りました。
書庫の片隅に埋もれていて目に触れなかったり、なくしてしまった人にとっては有意義で
はないでしょうか。この懐かしい時代とその回想録は記録にとどめたいと いう思いもあ
りました。そこでその主旨を理解して、掲載を承諾をくださった方達から順次掲載するつ
もりです。
まずはその「青春、そしてそれから」のサイトを覗いてみてください。
この万華鏡の画面の上部のリンクの「同人α【ニューロン・カフェ】」はこちらをクリッ
クしたら、ニューロン・カフェの画面になります。下の方のリンク集のなかに赤い文字で
書いてある「青春、そしてそれから」をクリックしてください。もしお気づきの点があり
ましたらどうぞ遠慮なく下記のメールまでお寄せください。
「A君への手紙」より 2011/12/1
(前略)
実はこの電子図書を企画に及んで、著作権の問題など、プライバシーなどの問題が生じな
いかを考えました。また30周年記念号を発行した管理者、責任者の見解について佐賀の同
期会事務局長の田代君に相談しました。
(中略)
私どもの結論としては、
1.その当時発行に当たった幹事の人達も解散していて、「青春のあの日」という 記念誌
を引き続き管理しているという組織はない。
2.同じような冊子を増版すると言うことでなくて、全くの媒体の違った電子図書 である。
しかも営利的販売行為もない。
3.彼等三人だけの判断であって同窓会全体の総意ではない。
と考えました。しかしこちらの違論を通すことよりも、何らかの形でみなさんのためにな
るという本意を考えれば、ソフトランディングをして、彼等の意を汲んで、題名の「青春
のあの日」を「青春、そしてそれから」とし、掲載は本人の承諾を得た人だけとしました。
以上のような経緯ですが、いろいろ些細なことを言い出す人もいるかも知れません。しか
し皆さんのためになることですから、めげずに進めたいと思います。またもっと発展的に
考えれば、「斜光」も電子図書化してもよいと思っています。そのうち「斜光」編集部へ
提案するつもりです。 ではまた
[青春、そしてそれから]のこと(BBS万華鏡掲載)より 2012/3/7
One of 11期生さんへ
投稿内容について、一体何を主張されているのかまたったく判りかねます。
「いずれにしろ私にはどうでもいいことですが、ただ作成者に誤解のないようにしてもら
いたいのは、こうした私のコメントは決して作成しているグループへ批判しているわけで
はありません。「ご苦労様」と言わなかった弁解というか、率直な感想や想いなのです」
と書かれてはいますが、私は全体の内容からはこの企画や運営方法に対して、しっかりと
嫌みや批判を読み取りました。そこで今回の企画についての私の考えを補足したいと思い
ます。
◆まず最初にこの企画を思い立った理由は三つ有ります。
1.この記念誌を読んだ同期でない人達、または全く時代も場所も違う環境で育った読者
が、私達11期の個性あるパワーに感動したこと。
2.この記念誌によってその後の「斜光」「同人α」「同人言の輪」などの冊子が生ま
れた原点であったこと。
3.この記念誌を、誰でも読める未来に開かれた記録として残したいと考えたこと。
◆たった一人同期でない方のこの記念誌に感動されたことは大変うれしいことです。
また同期生あるいは記念誌に載せた人達の投稿がほとんどないからといって、読んでお
られない、感動されていないとは一概に言えません。この「万華鏡」に投稿される人だ
けがすべての意見を代表しているとは思いません。むしろ黙って読んでおられる人の方
が圧倒的に多いと思います。
◆この記念誌を当時同期の全員が購入した訳でもありません。しかも私のように無くした
人もいるでしょう。そのためにも電子化した方がよいと思いました。
◆かつて佐高11期のホームページである「万華鏡」にリンクするのが筋だと投稿された人
もいましたが、この「万華鏡」が佐高11期のホームページであるということを完全にオ
ーソライズされているとは考えていません。そしてこの企画はまだまだ未完成でこれか
らの追加、変更、訂正などの作業がありますから、私達のホームページ上で扱っている
のです。
◆グループ批判をしているのではないといわれていますが、どうしてここでグループの話
題を出すのですか。私はこの記念誌によって我が11期のすばらしさをもう一度知って貰
いたいために企画したまでで、些細なことで本当に意義ある企画を途中で放棄するわけ
にはいきません。現に記念誌の同窓生寄稿の内、故人分を含めると電子化に同意された
方の割合はすでに89%近くに及んでいます。
◆最後に人に対してある意見を述べるときに、どうして「One of 11期生」などという、
ことさら分かりにくい名前を使って、多数派を装おうとするのですか。このような場合、
本名か、せめてこの掲示板で良く知られたハンドルネームを用いるのが「筋」だと思い
ます。
「恩師への手紙」より 2012/4/12
(前略)
今回は佐高卒業30周年記念大会(平成2年)において発行した記念誌「青春のあの日」
を、先輩、後輩、同期生、子供さん、お孫さん達に読んで貰いたいと思い、電子図書とし
て再現・記録することを企画した次第です。
電子図書においては著作権やプライバシーなどの権利を主張される人もいますので、原則
として掲載の了解を得た人、および亡くなった人のみと限定して掲載しました。
幸いほとんどの方々から了承して頂き、すでに掲載しており、下記のホームページから
「青春、そしてそれから」を見ることができます。(その当時の幹事の一部から「青春の
あの日」という語句を使ってくれるなというクレームがあり「青春、そしてそれから」と
表題を変えています)
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