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テーマ前書き集
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:
編集部
:2014/06/12(木) 17:07:23
第38号「心情風景」
第38号「心情風景」 2014/3/1
雨風の強い日を除きほぼ毎日、その日の気分にもよるが二〜五時間くらい散歩する。
所沢に住んでいるが、この町は狭山丘陵の先端部に位置し、舌状に伸びた丘陵とその間の
谷部によって成り立っている。ほとんどは住宅地となっているが未だに丘陵部では森とし
て残っている所がある。そのいくつかは公園として保護されている。
そんな場所を月に三〜四回は歩く。森といってもいわゆる里山であり、原生林ではなく
人工林である。それらの森あるいは林は、近年地域の人との生活と無関係になっているの
でほとんど手が入れられることなく荒れつつあるが、公園として保護されている所はそれ
なりの手入れがなされているようである。保護地域は落葉樹が多く、歩いていると季節の
変化を実感する。最初はただそんなものかと記憶に止め、あの時はこうだったなどと記憶
をさかのぼっていたのであるが、どうもあやふやなところが出てくる。そこで正確に比較
してみようと思い写真を撮って比べてみることにした。
比較の為まず定点を決めそこを撮っていくこととした。ところが定点と決めたところを
数週間後に訪れてみると、周りが変化していてよく分からなくることもしばしばである。
カメラはいわゆるディジカメである。一昔前のようにフイルムの残り枚数も気にすること
なく撮影できる。定点と思しき所、あるいはちょっと気がかりな場所など下手な鉄砲もそ
のうち当たる方式で撮っていった。散歩終了後パソコンにそれらの映像を収納するのであ
るが、なんとなく映像の色が記憶と違っている。これはよく考えると当たり前のことであ
るがなんとなく納得がいかない。
もともと発光体でない限り、物には固有の色というものがない。その時の光の様子によ
って色は変化する。極端に言えば同一のものであっても、晴天の太陽光の当たる所と日陰
のある所とでは色は変わる。ところが普通そのような変化は気がつかない。もっともこれ
を写真に撮ってみると分かる場合もあるが。しかし写真を見てなんとなく違うという感覚
は、光に起因するの色の違いではないように思える。要するに自分が〔思っていた世界〕
と違うという感覚である。
人はみな物の色について、思い込みといってもよい記憶を持っている。写真を見て違う
と思うのはこの記憶色との間で生じるようである。
物を見て人はそれを脳内のある場所に収納する。それを記憶として呼び戻すときは、その
人が持っていた色の履歴を参照し「こうであった」として呼び出しているようである。こ
れを〔心象空間〕とでも言っておこう。一方写真はカメラ自体の有する特性により記録さ
れており、あえて言えば〔カメラ空間〕とでもいえる。心象空間はカメラ空間と比べ慣性
が巨大であり、微妙な変化には追従しないようだ。しかしながらある特徴的なことに対し
ては過剰なくらい反応するようである。
この心象空間と写真を近づけるために色々な実験を試みた。最近の写真編集ソフトを使
用すると相当なことができる。ひと昔前のプロの写真家と同じような処置ができるようで
ある。当時は撮影時のフイルター、あるいは現像時の処理など、手間をかけて仕上げたこ
とが現在ではパソコン上で目視しながら可能になる。ソフトにより色々あると思うが、ま
ず撮影時のカメラの設定を生にしておく。この生の画像をパソコンで開いて編集画面を見
ると、露出補正に始まり色温度変更など色んな項目が出てくる。これらを選んで、画像を
見ながら自分がそう思った画像に近づけるべく変更していく。これをやると相当なところ
まで心象空間に近づけることができる。
竹内 一郎郎
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