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編集部
:2014/06/12(木) 15:33:42
第27号「こんとん」
第27号「こんとん」 2011/5/28
「こんとん」随想
南海之帝為儵 南海の帝を儵(しゆく)と為し、
北海之帝為忽 北海の帝を忽(こつ)と為し、
中央之帝為渾沌 中央の帝を渾沌と為す。
儵與忽 儵と忽と、
時相興遇於渾沌地 時に相い与に混沌の地に遭う。
渾沌待之甚善 渾沌これを待つこと甚だ善し。
儵與忽 儵と忽と、
謀報渾沌徳、曰 渾沌の徳に報いんことを謀りて曰く、
人皆有七竅 ??人みな七竅(きよう)ありて、
以視聴食息 以って視聴食息す。
此獨无有 此れ独あることなし。
嘗試穿之 嘗試(こころみ)にこれを穿たんと。
日穿一竅、七日而 日に一穿を穿てるに、 七日にして
渾沌死 渾沌死せり。
以上荘子「内篇」応帝王篇 第七にある寓話である。「儵」「忽」「渾沌」という名前に
は寓意がある。「儵」と「忽」はいずれも「迅速」の意味ですばやく機敏なことから人間
的有為にたとえ「渾沌」は未分化の総合態で自然にたとえている。
(岩波文庫 金谷 治訳注による。)このほか中国では神話として「混沌」があるとの
ことこれは四凶のひとつである。これについては詳しいことがわからないので言及しよう
がない。一方混沌という言葉もある。これはいわゆる「カオス」である。こちらの方はギ
リシャ神話に発している。それは世界の始まりに存在した神である。事物が存在する場所
としてすなわちなにかを入れる空間として最初に存在した原始神である。荘子あるいはギ
リシャ神話における渾沌あるいはカオスはいずれも何か原初の状態を表しているようであ
るがギリシャの考え方は、論理の最初の土台としての存在であり、荘子のそれは人間の知
恵を超えたところにある自然状態であるようである。
今日現代数学はカオスを混沌の中から再発見しすくいあげた。従来決定論として扱われ
ていた現象もその中にある非線形の効果によりほんのわずかな初期条件が違うことにより
結果とてつもない違いあるいは予測不可となることがわかった。これはものの見方にたい
する新たなパラダイムを開いたものである。いわゆる「ラプラスの悪魔」の世界観の終焉
である。もっとも「ラプラスの悪魔」に対しては量子力学ですでに否定されていたのであ
るがいわゆる古典物理の世界においても終焉を迎えたのである。実際に起こる事象ほとん
ど非線形のである。いままでこれらほとんど線形近似にておおよそのものはそれで事足り
た。ところがそれですまないものがあることがわかってきた。これが新しいものの見方の
地平を開いたパラダイムである。
添付している図はローレンツのアトラクターといわれているもの。これは地球の大気の
動きをある条件の下にモデル化したもの。
こんなことを書いているうちに東北関東大地震が発生。そのエネルギーはマグニチュード
9というとてつも無い大きさ。これは阪神淡路大地震のやく三百五十倍以上のエネルギー
である。その津波を伴う破壊力の巨大さ、その前に砕け散る人の営みの矮小さ、悔しいけ
れどどうしようもないスケールの違いというものを感じる。地球活動にとって今回のよう
な地震、なにも特別な出来事ではない。起こるべくして起こったこと、プレートの衝突に
よりそれらの境界に歪がたまりその弾性限界になると瞬時に歪を戻す動きが地震、あるい
はそれに伴う津波である。人はまだ地殻の正確な性情を捉え切れていない。又現状を正確
に測定できないでいる。対極的に見るならこのような現象カオス的なものであろう。
人はいろいろ技を尽くし渾沌に七覈を穿たんと試みるも、渾沌はなかなかその正体を現
すことなく逃れているようでる。カオスを基台とした論理で渾沌を殺すことなく七覈を穿
つことが出来るのか。人は永遠の見果てぬ夢を追って生きていく。
このたびの震災で被災されたかたが一日も早くもとの生活に戻られるようねがうととも
に、この未曾有の災害から日本が全力を挙げて復活するよう頑張りましょう。
竹内 一郎
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