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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板

67やす:2005/08/18(木) 18:04:05
『東海詩集』と「東海詩人」
>高林ゆきよ様
 はじめまして。管理人の中嶋康博@【やす】です。
 戦前の東海詩集(東海詩人協会刊行 第三集)所載詩人、高林清一氏の御遺族であられます由、ここにあらためて掲載につきまして事後承諾をお願ひ申し上げますとともに、このたびはホームページの管理者冥利につきます御挨拶を賜り、現在閲覧が難しいこのアンソロジーを公開してよかったと、たいへん喜んでをります。今後ともなにとぞよろしくお願ひを申し上げます。
 巻末を見ますに、富山県からはこの第三集刊行時のただひとりの新会員として紹介されてゐますが、住所は氷見のままですね。この後、詩心やまず単身上京されたものでせうか。当時の東京が“ヒリヒリするほど刺激的でもありながら、同時に劣等感と対峙せざるを得ない場所”だった、といふのは世代を超えて、(出身は岐阜ですが)卒業後あてもなく同じく富山から上京した私にとっても、切ない実感です。お祖父様もまた、思ひつめて先生の門を敲かれたのかもしれませんね(それ私でした 笑)。
 ありがたうございました。


>中村一仁さま
 淺野先生に書き送つた葉書・・・。うう。そんなもの捨てられずに残ってゐたんですか。たしか封書も『随聞日本浪曼派』の感想を、対話者とのちぐはぐなやりとりを、小賢しく論って認めた覚えもあります(赧顔)。


 さきに“モダ隊隊長” JINさまより、貴重な岐阜市の戦前詩誌「東海詩人」をお送り頂きました。御礼とともにここに謹んで公開致します。ありがたうございました。尤も詩誌は、東海詩集・東海詩人協会とは縁もゆかりもありません。・・・過去の栄光にあやかったのかな。モダニズム系の吉川則比古(高山)や杉浦伊作(愛知)を招待詩人に迎へ、またこれも同人に名を連ねてゐないのに、瀬尾貞男が後記のトップで「さて何を書かう」なんて格好つけてるけど、結局2号以降は出たのだらうか。ともあれ岐阜詩壇の特徴である歌謡調、を脱しようと「まーんまかまか・・・♪」表紙のカットがいしいひさいち風でかわいい(笑)。

http://libwww.gijodai.ac.jp/cogito/library/gifu/tokaishijin1.html


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