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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
65
:
中村一仁
:2005/08/15(月) 00:37:14
哀悼 平野幸雄氏
やす様
平野さんへの追悼文、謹んで拝読致しました。本当に、あの方こそ現代の畸人であつたと今にして思ひます。「昧爽」の第9号には間に合ひませんが、第10号あたりで追悼文を書かうかと考へてをります。保田與重郎の高弟で新学社元社長の高鳥賢司さんの一年祭の前日、JR京都駅で目印の保田文庫の『日本に祈る』を持つた私を迎へてくださつた、あの小柄で痩身の平野さんの姿が今も忘れられません。駅の隣のホテルのロビーで伺つた、伊東静雄夫人の花さんが保田を偲ぶ「?火忌」に数年前まで参列してゐたといふ氏の証言を、今日に到るまで自分の手で明らかにしてはゐませんが、淺野晃を批判する梅原猛氏への反感などは、戦後といふ時代を耐へて生きてきた人の言葉と受け取つたものです。「日本及日本人」に日本浪曼派論あるいは保田論を書かれてゐるので、できればそれを「昧爽」に再録する形で追悼したいものと考へてをります。それにしても、こんな言ひ方は失礼かもしれませんが、亡くなつた日にちすら明らかでないといふのは、実に謎の多い人であつた平野さんらしい御最期と思はれます。
話は変はりますが、穂別町の淺野晃資料室に、やすさんが昭和末に淺野に書き送つた葉書がありました。その他にも、芳賀檀や清水文雄、蔵原惟人や門屋博からの書簡に興味深いものがありました。次はまた冬に行つてくるつもりです。勇払時代の苦渋と悲哀がしみこんだやうな詩稿ノートには言葉もありませんでした。これらもやはり翻刻せねばと思ひました。乱筆乱文ご容赦ください。
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