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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
643
:
やす
:2012/11/13(火) 22:44:07
篠崎小竹手蹟法帖
ところでオークションは欲しいものが出るたびに入会を繰り返して未だ縁が切れてをりません(見なきゃいいんです。苦笑)。このたび落札したのは篠崎小竹の手蹟法帖。さきに頼山陽と後藤松陰の自筆ものを入手してゐましたから、山陽の親友であり、松陰の義父であり、また我が家の書斎に挂けられた「黄巒書屋」扁額を揮毫された小竹翁のものとあっては、見過ごすことはできませんでした。無事落札に安堵。而して何が書かれてゐるのかも、小山正孝先生の訳文に助けられてをります。けだし一昔前なら入手方法も要脚も儘ならなかった、全国各地にお蔵入りとなってゐた旧世代の精神遺産たるお宝書蹟が、前述したところの継承断絶の末に、かうして貧乏収集家の許に再編されて一同に会することにもまた感慨を少なしとしません。詩人の訳とともに紹介致します。
「丹青引」 ―贈曹将軍霸―??? 杜甫
[ : ]は[原作:書帖]の異同を示す。
將軍魏武之子孫 於今為庶為青門
英雄割據雖已矣 文[采:彩]風流今尚存
學書初學衛夫人 但恨無過王右軍
丹青不知老將至 富貴於我如浮雲
開元之中常引見 承恩數上南熏殿
凌煙功臣少顏色 將軍下筆開生面
良相頭上進賢冠 猛將腰間大羽箭
褒公鄂公毛髮動 英姿颯爽[猶:來]酣戰
先帝[御:天]馬玉花驄 畫工如山貌不同
是日牽來赤墀下 迥立閶闔生長風
詔謂將軍拂絹素 意匠慘淡經營中
斯須九重真龍出 一洗萬古凡馬空
玉花卻在御榻上 榻上庭前屹相向
至尊含笑催賜金 圉人太僕皆惆悵
弟子韓幹早入室 亦能畫馬窮殊相
幹惟畫肉不畫骨 忍使驊騮氣凋喪
將軍畫善蓋有神 [偶:必]逢佳士亦寫真
即今漂泊干戈際 屢貌尋常行路人
塗窮[反:返]遭俗眼白 世上未有如公貧
但看古來盛名下 終日坎壈纏其身
絵画をうたう
将軍は魏の武帝曹操の子孫だ
現在は庶民だがもともとは名門の出なのだ
英雄割拠した時代はすぎ去ってしまったが
曹氏一門の文学芸術にすぐれた気風はなおつたわっている
書を学んで初め衛夫人の書風を学んだ
王右軍にかなわないのがただ残念だというまでになった
絵画の道に入っては年をとるのも気づかないほどだった
そうした身にとって富や貴い位は空にうかぶ雲のように関係ないものだった
開元の頃にはいつも天子にお目にかかり
その恩寵をうけて何度も南薫殿に参上した
凌煙閣の功臣たちの肖像が年月に色あせていたのが
将軍がそれに筆を加えると生き生きとよみがえった
名宰相が頭上にいただいている進賢冠
勇猛な将軍の腰のあたりの大羽箭
褒国公や鄂国公の毛髪は動いている
その姿は颯爽として戦いのまっただ中からいま来たばかり
先帝の御乗馬の玉花驄は
画工が何人も山のようにたくさん描いたがなかなか似ない
この日赤くぬった階の所までひきつれて来た
はるか彼方宮門に立つとさっと一陣の風がまきおこった
将軍に対して写生するようにとの天子のお言葉があった
構図をいろいろに苦心して考えて工夫していたが
あっという間に宮中にまことの竜馬が出現した
古来描かれて来た平凡な馬の姿なんかさっと洗い去った
玉花驄はいまやかえって天子の腰かけの上の方にいる
腰かけの上の方と庭前の方とそれぞれさっと立って向かいあっている
天子はにっこりとしてほうびの金をやれとおっしゃっている
馬のかかりの役人たちは皆このありさまにびっくりした
将軍の弟子の韓幹は早くから技法を極めていた
そして馬を描いてもまたなかなかみごとなものであった
ただ韓幹の場合はその形を描いてもまだ本当の精神は描けなかった
素晴しい馬が意気あがらずに描かれてしまうのはなんともやりきれない
将軍の描く絵には精神がこもっている
立派な人物の場合にはそれこそ真実の姿をうつし出すだろう
いま戦乱の世にあってあちこちとさすらっているので
しばしば平凡なつまらない行きずりの人を描いている
行きづまって困っている人間は世俗の人からは白眼視される
世間には将軍のように貧しい暮しの人もないようだ
そこに見るものは昔から名声のある芸術家は
志を得ず不遇の境涯を送る運命にまとわりつかれているということだ
七言古詩。成都での作。原題は「丹青引」で、丹青は絵画に用いる赤や青たどの顔料からひいては絵画そのものをさし、引は曲調の一種でうたの意。したがって「絵画のうた」の意である。この詩には原注が付されており、「曹将軍覇に贈る」という。左武衛将軍の曹覇の画いた絵の絶妙さと、しかしそれが世上充分に遇されていないことをうたった作品。
唐の張彦遠の『歴代名画記』巻九に「曹覇は魏の曹髦(曹操の曽孫)の子孫である。髦の画は後代に称えられている。覇は開元中にすでに有名になり、天宝末には天子の命で御馬や功臣をえがいた。官は左武衛将軍までのぼった」と記されている。しかし、天宝の末年には罪を得て、官籍を削られ庶人に貶されたと伝えられる。詩のなかにも曹覇の事跡はうたわれており、他にも曹覇の絵をうたった作品があり(「韋諷録事の宅にて曹将軍の画馬の図を観る引」)、曹覇の絵は杜甫に大きな感銘を与えていることがわかる。
この詩は『唐詩選』にも採られていて古くから名高く、傑作の一つである。【小山正孝】
https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000808.jpg
https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000808_2.jpg
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