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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板

601やす:2011/12/04(日) 20:52:29
『和本のすすめ』岩波新書
 新書を読む人に気忙しい人が多いためか、冒頭早々「江戸観の変遷」「江戸に即した江戸理解を」といふ核心的結論が掲げられてゐるのですが、ここを読んで何も感じないやうなら、その後に続く文章はもとより、和本といふ気軽に手にすることのできる自国の文化遺産には無縁の人なのでせう。抑もそんな御仁はこんな名前の本を手にとる訳もないか(笑)。

 しかしながら、かつて岩波文庫に『伊東静雄詩集』が迎へ入れられた際、少なからず感動を覚えた者として、再び感慨に堪へないのは、近代進歩主義もしくは西洋教養主義に対する痛烈な反省を迫った本書の内容が、その牙城であった岩波新書自身の一冊として刊行されたことであります。何度も書かれてゐるのが享保の出版条例のことで、それが言論統制といふより出版上の営業権利を保障するものであったこと。江戸時代の封建制度における庶民の自由と権利が、為政者の成熟した倫理感のもとで十全に確保されてゐたことを、その後の出版隆盛に鑑み「事実として肯定」してゐる点ですが、ここに至って五度目の「江戸観の変遷」、すなはち五度目の自国文化に対する反省を迎へた日本の学芸界が、左傾した思想偏重主義から本当に脱却しつつあるのだな、といふ「事実としての肯定」を、私は岩波新書といふ象徴的な「物」に即してまざまざと見せつけられた観がしてなりませんでした。尤も岩波書店の販促誌「図書」に連載の文章ですから、新書にまとられたのは当然なんですが、本書に説かれてゐる「物」としての和本の大切さといふのも、今様に実感するなら、つまりさういふことなのであります。

 論旨たる「和本リテラシー」については前半三章に集中して説かれてゐます。分かり易く書かれた和本学概論としては、「誠心堂書店」主人橋口侯之介氏による『和本入門』(平凡社 2007, 2011平凡社ライブラリー)と双璧をなしませうが、研究者としての興味はやはりサブカルチャーに傾くもののやうで、漢詩好きとしては後半は流し読み。謹恪な行文は和文脈に親しい著者にして、気合や皮肉の入る処で長くなる様子が、管見では一寸三好達治の息遣ひに通ずる面白さがあるものに感じました。

 電車の中で、新書や文庫、たまに洋書のペーパーバックなんぞを披いてゐる人も見かけることはあるのですが、ついぞ和綴本の字面を追ってる人を見たことがありません。外出時に携帯したいのは、手にささへかねるやうな一冊の和本。そんな老人になるべく、最近は毎朝トイレで『集字墨場必携』の字面と睨めっこしてをります。

中野三敏著『和本のすすめ』2011.10 岩波新書 新赤版 1336 \903


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