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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
592
:
やす
:2011/10/17(月) 23:40:45
『桃の会だより』 / 『保田與重郎を知る』
山川京子様より『桃の会だより』6号をお送り頂きました。ここにてもあつく御礼を申し上げます。ありがたうございました。
例によって短歌に評など下せぬ自分ですが、文章はいつも楽しく拝見、今回は野田安平氏による棟方志功を語る短文あり、詩人山川弘至『国風の守護』と京子氏『愛恋譜』の二冊を「装釘がとりもった比翼」と表現されたのを、いみじき言葉に受けとめました。「志功装」といふだけで、著者間の教養にも何某かの共通理解が保証されたもののやうに感じてしまふのは、もちろん雄渾な筆さばきの為せる力技でせうが、画伯が『改版日本の橋』を代表とする日本浪曼派関連の印刷物の装釘を戦争中に一手に引き受けたことが、戦後は仇となり、版画家として「世界のムナカタ」に功成り名を遂げた後も、造本家としては色眼鏡でみられること多々あったに相違ないと推察します。尤も画伯自身が彼らとの交友を革めなかったことが、日本浪曼派の為にはきっと得がたい恩となり、また時を経た今となっては、再評価の成った保田與重郎とともに、節操の輝きをお互ひに永久のものにしようとしてゐる。これは有難いことであり、棟方志功と日本浪曼派といふのが、そもそもさうした連理の関係にあるやうです。
四季派における深沢紅子と日本浪曼派における棟方志功は、伝統を現代のなかに活かさうと目論んだ昭和十年代の抒情を、本の型に凝らせることに成功した装釘家として双璧と呼ばれませう。著者においても彼等の装釘を戴くことが時代の勲章だったといふことを、野田さんの御文章からもあらためて感じました。
またさういふ気圏の中で起きた詩人山川弘至と京子様との物語は、古代を現ずる一種の神話として語り継がれる運命にあり、郡上の山の奥に安置せられた「本尊」である詩人と、その「語り部」である京子様の、一対一に向き合はれた絶対の関係は、京子様の人徳と雑誌継続の意志により、今では野田氏を始めとする『桃』会員のみなさんとの関係に、うたの道としてひとしく受け継がれてゐる。――編集に当たられてゐる鷲野氏といひ、野田氏といひ、まことに心強いことに存じます。末尾に鷲野氏が抄出された石田圭介氏の代表作は、奥美濃の八月、蝉しぐれの中の静寂を写して実に愛誦に堪ふべきものと感じ入りました。
御歌碑をめぐりて咲けるおそなつの花うつくしく山深きいろ
またこのたび『保田與重郎を知る』(前田英樹著 新学社2010.11)といふ、生誕百年を記念して昨年刊行された本のあることを知り早速註文、遅まきながら手にとったところです。冒頭まえがきでは――、これまで「文芸評論家」としてしか肩書がなかった保田與重郎について、日本古来の精神を「文章といふ肉体のなかに発光してくる取り換えのきかない意味」のなかで再体験すること、その大切さを一番に語り継がうとした「思想家」として、また歴史的にはその最後の祖述者となった「文人」としてみつめなほし「簡潔に素描」することが目的であると、述べられてゐます。生誕百年の感慨を新たにせずに居られません。「ですます」調だからといって何が入門書であるものでせう、ゆっくり本文を味読すべく(まだDVD観てない♪)、合せて茲に御報告まで申し上げます。
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