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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板

550やす:2011/05/15(日) 00:31:53
伊藤千代子について
 二宮様、あらためてはじめまして。雑誌『昧爽』での御文章をいつも拝見してをりました。伊藤千代子については、二宮様と全く同じ理由から、私は「とても幸福」ではなく、当たり前のことですがやはりとても不幸だったと思ってをります。さうでないと、淺野晃もまた転向などせずに死んでゐれば幸福だったなんて云ふ人が現れてこないとも限りませんから(笑)。

 「とても幸福」といふのは、むしろ千代子の悲劇を主義主張であげつらふ方々の、事情と思惑に於いて、さうなのでありませうが、とても残酷な幸福です。立原道造や中原中也も戦争を知らずに死んでいったから幸福だったといふ人がをります。彼らの親友ならばさう言ってもいい。反対に彼らを歴史的人物としてみることのできる人ならさう言ってもいい。しかし私の立場は、この世代の人たちとは、先師との縁を以て地続きにゐたい(まだぎりぎり許されるのではないか)といふ感覚で接してゐますので、さうは言へません。やっぱり「淺野晃の妻」ならば、生きて居れば必ず転向したと思ふし、死因が肺炎といふのは雨中に立ちつくしでもしたのでせうが、未だ夫の変心を理解できなかったとはいへ、「兄さん」を恨んで死んでいったとはどうしても思はれない。二人を引き離して考へるのは、死に別れた夫婦に対して失礼な話で、だからこそミネ夫人は『幻想詩集』に激怒したんだらうと思ってゐます。(二宮様が記述された後半部の詳しい事情は、『昧爽』14号の「淺野晃ノート番外編」における中村一仁様の収めやうのない怒りを御参照のほど)

 けだし若き日に生涯の傷となった唯一人の女性を心に刻んでゐる文学者は多いですね。森鴎外はもとより、川端康成、伊東静雄、三好達治…。伊藤千代子との関係については、日夏耿之介の死別した前妻と並び、文壇でもタブーに類することだったのでせうか、今回『淺野晃詩文集』に収録された未発表原稿「千代の死」には、多くの注目が集まるものと思はれますが、合せて「水野成夫のこと」に描かれてゐる、昭和3年3月15日に始まった一斉検束の様子なども、なるべく多くの人に読んでもらひたいと思ったことです。

 連休中は私事にかまけて何も書けませんでした。中村一仁様が『昧爽』に連載された「淺野晃ノート」に出てくる人達の名が、この本を読んだ後では親しみをもって理解できるやうになりました。公私ともに多事忙殺中ですがいづれ拙い書評を掲げたく、このたび思はぬ震災被害に遭はれた中村様へも何卒よろしくお伝へ頂けましたら嬉しく存じます。

 コメントありがたうございました。


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