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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
488
:
やす
:2010/06/02(水) 13:17:32
『伊東静雄日記 詩へのかどで』
昨日はじめて『伊東静雄日記 詩へのかどで』(思潮社)を手にしました。
用紙が硬くて本文が開きにくく、また勝手に新かな遣ひにされてしまったことなど気になりましたが、内容は詩人のデビューに先立つ青春時代の5冊のノートを、懇切な編注とともにテキストに起こした新発見の資料であり、コギトにおけるライバルだった田中克己が同様の期間に記した詩作日記ノート 「夜光雲」と対比すれば甚だ興味深いものがあります。旧制高校のバンカラ学生とはいへ、その欺かざる心情吐露は勢ひ「恋愛」が中心ともならざるを得ませんが、走り書きが均一に活字に起こされてしまふ事情には、田中先生とおなじく同情するところです(笑)。
此度の刊行は正しく『伊東静雄全集』補遺巻と申すべき内容ですが、全集の改訂が企画されなかったといふことは、編集後記にしるされてゐるとほり、詩人に関する新資料はこれにて打ち止め、台風時に散逸したと云はれる教員時代の日記など、全集において御遺族の配慮によって抹消された個所が話題となってゐた資料も、完全に公開の可能性がなくなったとみてよいのでせう。もっとも今もって若者たちが伊東静雄の為人に、さまで根掘り葉掘りしたくなる魅力を感ずるものかどうかは不明です。日本人古来の忠信に係る実直さみたいなものが、詩人の美徳と認められるのか。もはや「忠信」を時代錯誤、「実直」を馬鹿正直と侮る現代人には、この日記における日本浪曼派的色彩もイロニーの防禦もない学生の日記は、反発どころか「無害」なのかもしれません。御遺族の公開の決断も係ってそこにありませう。しかしながら編者が、
「そして最後に(老爺心)ながら、現代の若者たちにも、自身の心情とこの日記の内実との間の類似点と相違点とに、なるだけ個々人として、また同時代の青年男女の一員として、賛否と好悪の面とはかかわりなく、目を見開き、耳を傾けてくださることをお願いしたい。これはとてつもなく困難なこと、というよりは、まったく不可能な願望かもしれない。ただそれでも、幾分試みてみようという向きがあれば、幕末・明治維新以後の、(十二分に理由のある)日本の超急ぎ足に思いを致してくださることであろう。現代の混乱の大きな原因の一つがそこにあることは明らかだと思われる。」(編集後記522pより)
と仰言る言葉に、私も深く同感いたします。編集後記より経緯を引きます。
詩人伊東静雄(1906〜1953)によるこの日記は、1924(大正十三)年11月3日から1930(昭和五)年6月10日の約五年半にわたって、大学ノート五冊に記された。伊東満十七歳から二十三歳、旧制佐賀高等学校文科乙類二年に始まり、京都帝国大学文学部国文学科に入学、その卒業後に大阪府立住吉中学校に赴任して一年が経つまでの時期にあたる。詩人の日記で今日われわれの目に触れることができるのは、人文書院刊行の『伊東静雄全集』の日記の部にかぎられていた。これは1938(昭和十三)年から、その死の二年前、1951(昭和二十六)年にいたるものである。詩人の長女である坂東まきさんによれば、今回見つかったこの日記以上の発見は、今後ありえないだろうという。唯一、住吉中学校教員時代の日記(「黒い手帳」と名付けられていた)の存在が明らかだったものの、いまや完全に行方不明だそうである。
「詩へのかどで」という副題は、第一冊ノートの表紙の真正面に、大きく筆書きされている。これが書かれた時期はまったく不明であるが、日記ノート自体は山本花子との結婚(1932年4月)を控えた時期に、実弟の井上寿恵男に託されたとのことで、おそらくそのときに記入されたものではないかと推測される。このときの詩人のことばが伝わっている。「この日記はだれにも見せないようにしてもらいたい」と。新妻に見せたくないという配慮からだとされている。(中略)
本日記の原本は、前述したように、弟さんが保存していたが、その遺族から伊東の長女である坂東まきさんにいわば(返還)され、詩人生誕百年を前にして、坂東さんから柊和典に出版に関するすべてが依託され、さらに柊から上野武彦、吉田仙太郎の両名に編集のための手伝いが要請されたものである。(後略) (編集後記より)
『伊東静雄日記 詩へのかどで』2010.3 思潮社刊行
内容 ノート第1冊 大正13年11月3日〜大正14年12月3日
ノート第2冊 大正14年12月4日〜大正15年12月2日
ノート第3冊 大正15年11月24日〜昭和2年10月7日
ノート第4冊 昭和3年5月25日〜昭和4年3月5日
ノート第5冊 昭和4年4月26日〜昭和5年6月10日
編注 略年譜 解説:吉田仙太郎氏
\7980 19.5cm上製函 口絵写真1丁 528p ISBN 978-4-7837-2356-1
【参考】asahi.com(朝日新聞社) 2010年5月13日記事リンク
https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000641.jpg
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