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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板

471やす:2010/03/10(水) 00:54:39
宵島俊吉『惑星』
宵島俊吉詩集『惑星』大正10年抒情詩社刊行

 著者は関東大震災前夜の東京で「若き天才詩人」の名をほしいままにした、東洋大学系の詩派(のちに「白山詩人」と呼ばれる)の初期の中心人物。ただしその「天才」は詩才といふより、多分に早熟にして奔放な詩的人格に冠せられたものだったやうです。昔、『航路』といふ昭和22年発行の詩集を読んでその抒情詩を好ましく思った私は、その前の昭和8年に出た詩集『白い馬』なら、おそらくもっとよい詩が並んでゐるに違ひないと踏んで探し回り、見つけだした本の瀟洒な装釘に感嘆したものの、その期待が過剰であっただけに内容には却って失望した、なんてことがありました。今回縁あってさらに溯り、大正10年に刊行された文庫版の処女詩集に出会った訳ですが、そこで表白されてゐる、大正口語詩人特有の(といふよりまだ二十歳の青年特有の、といふべきですが)感傷と欲望、ことにも季節に仮託した表現が印象的でした。夏は欝屈した恋愛に汗ばむ狂奔の季節として、秋はその対極から観照を喚起する明澄の季節として、春は朗らかに爆発する生命力謳歌の季節として、そして不思議に冬だけがありません。つまり若々しい。で、若い娘のことがいっぱい出てきて、コンタクトはとれないんだけど、彼女らにも仮託して内から身もだえてみせる。こんな詩を衒ひなく書いて見せるところが、当時の青年にはカリスマに映じたのでありませう。詩人はこの後、もう一冊詩集を出して社会人となり、本名の「勝承夫」に戻って前述の詩集『白い馬』を出して(おそらく)評判を落とすかたはら、むしろ民間作詞家として佐藤惣之助のやうな名声を博します。さらに戦後は母校東洋大学の学長も歴任して当路の人に化けるのですが、詩風にとどまらぬ生きざまの変遷はともかく、最初に読んだ『航路』の堅実な抒情詩について、同じく大正期にデビューした詩人達が刊行した戦後詩集と等し並みにして軽視してゐたのは私の間違ひだったと悟った次第。これは苦労して人格陶冶した結果のぼりつめた詩境だった訳です。さういへば勝承夫は河出書房版『日本現代詩大系』でも、第6巻の大正民衆詩派ではなく、第9巻に昭和抒情詩として紹介されてゐます。同巻にはやはり処女詩集を無視されて茲に編入されてゐる野長瀬正夫もゐて、なるほどと思った次第。

 今回、詩集の中になぜか「大垣」と題された「御当地ソング」がありましたので紹介します。布袋鷺山といふのは楽焼師の名らしいです。当時の大垣といへば稲川勝二郎と高木斐瑳雄が起こした角笛詩社があった筈ですが、東海詩人協会の面々が「東都で評判の若き天才詩人」を呼んで一晩語り明かしでもしたのでせうか。このあとに名古屋の客舎に病臥する詩が3篇並んでゐるので、当時の詩誌を丹念に調べ上げたら何か記事が出てくるかもしれません。

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