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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
456
:
やす
:2009/12/27(日) 21:04:37
山口正二氏関係詩誌『薊』ほか
一昨日の郵便にてお贈り頂いたのは、ここ何年ももらったことのない「クリスマスプレゼント」。名古屋の同人誌『薊』『新雪』『名古屋文學』『尾張文藝』などを一括して、同人だった山口正二氏(1913−1985)の御子息融氏よりお送り頂き吃驚、またその中身をあらためながら恐縮してゐるところです。ここにても厚く御礼を申し上げます。
『夜光蟲』(1933)ほか既刊詩集のテキストを全文公開する融氏のホームページについて、かつて拙サイトで紹介させて頂いたのですが(掲示板過去ログ2008年11月29日、2009年 2月 7日参照)、今回の御厚意をどうお受けしたらよいか、同封のお手紙には「不要な場合には廃棄して頂きたく」とありましたが、とんでもないことです。
一見すぐに貴重だと分かるのは、山口正二氏をはじめ当時弱冠の名古屋二商の学生たちが興した詩誌『薊』(創刊1933)でせう。最初は文学青年のおちゃらけたガリ版同好誌にすぎなかったものが、活版刷となる辺りから垢抜けし始め、杉本駿彦を迎へ入れた7号などは構成主義の写真を使用した全く面目を一新する表紙で、たった一年でかくまで変るものかと刮目させられます。その間、山口氏の処女詩集『夜光蟲』が「あざみ叢書1」として刊行をみるのですが、誌上に出版記念会の写真も掲げられ、謂はば同人のホープとしてさぞ面映ゆくも晴れがましい夢を膨らませたことでありませう。そのまま文学を続けられたらと思はずにはゐられませんが、7号を最後に詩人は召集され、入営先からは寄稿も雑誌受取りもままならなくなります(雑誌はそれから昭和12年13号まで続き、主宰者で親友だった都築喜雄はまもなく「悲惨な運命」により夭折した由)。そして海兵団のあった呉にあっても『柚の木』といふ雑誌に参加するのですが、憲兵に見咎められ大目玉。敗戦まで軍務に励みながら詩風(題材)を転じ、一兵卒として従軍詩を書き続けることとなるのです(『一枚のはがき』9p・『揚子江』あとがき132p・『その頃』67p参照)。
また戦後、名古屋詩壇に復帰してから、顧問格として招聘され、最後は山口氏自らが孔版専門職として印刷にも携はった『新雪』『青年文化』『尾張文藝』といふ岩倉〜一宮地区に興った同人雑誌も、今では貴重な地方文学史資料といへるのではないかと思ひます。丁寧正確なガリ版文字をきる職人は同時に発行者であり編集者でもあり、誌面は無償の労力を感じさせる細かいこだはりに満ちあふれてゐます。同人誌経営の常として、遅刊、廃刊、新創刊を繰り返しながら、この昭和22年から27年にわたった一連の活動は、結局山口氏の手許で一区切り=終焉を迎へることになった模様ですが、一冊一冊の編集後記を辿ってゆくと、掲載作品とは別に、地方の若い手作り文芸運動の舞台裏を文字通り手にとって感ずることができ、たいへん興味深いです。
尤も当時孔版が選ばれたのは、活版が高価だったからであり、つまり粗末な酸性紙に印刷されることが多かったこれら孔版雑誌のバックナンバーは、半世紀以上経た今日、読み捨てられる運命を免れたにせよ、御遺族の仰言るやうに粉韲する寸前の状態にあるのだと云へませう。私もしばらくは手許に置いていろいろ穿鑿してみたいと思ふのですが、繙くたびにボロボロ角からくづれてゆく様をみるにつけ、これはサイトで紹介を一通り行ったのちは、永久保存のため、さきの漢詩写本と同様、しかるべき図書館に寄贈を打診すべきではないか、と考へる次第です。融氏の御意見も伺ひ、その時にはまたここで報告させて頂ければと存じます。
貴重な資料を本当にありがたうございました。
受贈雑誌
『薊』(あざみ文芸研究会(あざみ社) 名古屋市東区新出来町 都築與詩雄(喜雄)宅) no.1-4 孔版
no.1(1933.4)\0.10,no.2(1933.6)\0.10,no.4(1933.10)\0.10,no.5(1934.1), no.7(1934.7)\0.10, no.9(1935.1)\0.15
『柚の木』(柚の木社 広島県呉市江原町 井上逸夫宅 [印刷は名古屋市東区])
vol.4(1937.8)\0.20
『新雪』(新雪文化倶楽部 愛知県丹羽郡岩倉町 藤井俊男宅→一宮市日比野通 桜井野生宅) 孔版
no.4(1947.8)会費\5,no.5(1947.11)\5,no.6(1947.12)\10,no.7(1948.8)\10, no.8(1948.10)\14
『青年文化』(青年文化会 一宮市広畑町 中島秋夫宅) 孔版
no.1(1949.8)会費\35,no.2(1949.9)会費\35,no.3(1949.10)会費\35,no.4(1949.12)会費\35, no.5(1950.1)会費3ヵ月\100,
『尾張文藝』(尾張文化會 一宮市浅野駅前 下郷聡男宅) 孔版
no.1(1950.3)会費3ヵ月\100, no.2(1950.4)会費3ヵ月\100, no.3.4(1950.8)会費3ヵ月\100, no.6(1950.12)会費3ヵ月\100,no.6(1951.3)会費3ヵ月\150, no.7(1951.5)会費3ヵ月\150, no.8(1951.7)会費3ヵ月\150, no.9(1951.10)会費3ヵ月\150, no.10.11(1952.2)会費3ヵ月\150, no.12(1952.6)会費3ヵ月\150, no.13(1952.9)会費3ヵ月\150, no.14(1955.12)会費記載なし,
『名古屋文學』(名古屋文學社 名古屋市中区梅川町 平野信太郎宅)
no.1(1947.12)\15, no.2(1948.2)\18, no.3(1948.4)\18, no.4(1948.6)\20, no.5(1948.8)\20,
『太鼓』(太鼓の会 茨城県下館町金井町 関操宅) 孔版
no.2(1949.1)会費\45,
『風貌』(東海詩人協會 海部郡蟹江町 藤岡洋次郎宅)
no.1(1952.[3])\50,
『ペン』(名古屋ペンクラブ 名古屋市中区梅川町 成田元忠宅)
no.22(1960.8)\50, no.23(1960.11)\50, no.24(1961.4)\記載なし
【追伸】お送り頂きました貴重な詩誌ですが、【明治・大正・昭和初期 詩集目録】にて紹介をさせて頂きました。もしくは過去ログ、 詩人の項目より御覧下さい。
書籍と違って雑誌といふ資料は、愛蔵する物でなく、しかるべき公共機関が保存にあたるべき地域遺産だと私は考へてゐます。関係機関に寄贈を打診するとともに、今しばらく斯様な資料の手許にあることの至福の時間を堪能したいと思ひます。(2010.1.11追加)
つづいて同じく山口さん繋がりで「正二さん」の次は「省三さん」。鯨書房さんより『破衣句』号2冊ご恵送に与りました。ここにても御礼申し上げます。しかしながら団塊世代の無頼派(チョイ悪おやじ連?)のみなさん、いつもながら基調不機嫌です。
コンビニに横殴りの風馬の足(sada坊氏「深夜の風景」)。続けるに…「金のたてがみ嘶けヤン車」とか。
頸筋撫でさすり股揉みしぼる手(同氏「夢いくつか」)。 あー、この仕草よくされてますねー(笑)。
岐阜公園一刻みどりのうねりかな(幻界灯鬼氏「青葉波立ち」) 。 照葉樹林が裏返る金華山がなつかしいです。
ありがたうございました。良いお年を。
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