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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
450
:
やす
:2009/11/28(土) 23:00:21
「感泣亭秋報」第4号
小山正見様より小山正孝研究誌「感泣亭秋報」第4号をお送りいただきました。
抒情詩を解析することが、読むのも書くのもだんだん億劫になってきた私ですが、冒頭、詩人の交友圏のひとりであった松田一谷といふひとについて坂口昌明氏がものされた論考は、まさにこの会の趣旨「正孝と共に詩や文学に携わってきた仲間たちの業績を掘り起こすこと」に則った紹介。博捜する言ひ回しはいつもながら、も少しお手柔らかにと思ふところですが、『朔』誌上での戦前青森抒情詩壇の掘り起こし作業といひ、次々と未知の詩人にライトを照らしてゆかれる好奇心とバイタリティを羨ましく仰ぎました。
また先日の詩人を偲ぶ定例会で、小山正孝の漢詩訳についてお話をされたといふ佐藤保氏の一文を拝読。『唐代詩集 上巻』で李白を担当した田中克己とともに、杜甫が遺した膨大な詩篇から何を選んだかがすでに、享受者の批評に類すること、そして漢詩の口語訳が醸し出す「独特の味わいと親しみ」を再認識しました。ちなみに手許の『唐代詩集 上巻』を繙くと、
「ふりかえれば白い雲が見送るようにたくさんうかんでいる」とか、
「無数の花々は金貨のようだ」とか、
「鼠が古い瓦のかげにごましおのからだをかくした」とか、
「かやの実を手のひらいっぱいとることもあります」とか、
「石の間に海の眼のような 水のわき出ている眼がある」とか、
ことごとく四季派風の譬喩や表現に鉛筆で印がつけてあったのを見て、懐かしい限り。
また久松小学校同窓会の渡邊俊夫氏が語られた「立原道造を偲ぶ会」当時のこと」のなかで、「会は五十回忌で解散」と予め決めてあってその理由、「偲ぶといふ語彙は、故人と交流のあった者に許されるべきで、見ず知らず、赤の他人がやすやすと使うものではない」といふ言葉に感銘。「警視庁鑑識課顔負け」の考証をする堀内達夫氏、「一家言が背広を着ているやう」な鈴木亨氏、「自己主張しないことを主張している」小山正孝氏、といふ、御三方の人物描写も実に興味深く、世代対立も相俟った、なかなか窺ふことのできぬ会の内情なども、ゴシップに落ちぬ消息を伝へてたいへん得心のゆく文章でありました。
ここにても御礼を申し上げます。ありがたうございました。
感泣亭秋報4 2009年11月13日(詩人の祥月命日)刊行 \500 問合せは 感泣亭HPまで。
詩 牛肉 松田一谷風に 小山正孝 2
ゴゴーとディディー 呼応する家庭詩 松田一谷氏の場合 坂口昌明 4
小説 葦 松田谷 18
小山正孝訳の杜甫詩 漢詩和訳の流れのなかで 佐藤保 26
ソネット逍遥4 桃生隼 32
愛と叛逆 渡邊啓史 34
生活の中の性愛「未刊ソネット集」の世界 里中智沙 38
気息から放散するポエジー 藤田晴央 42
小山正孝の詩世界 三 近藤晴彦 44
詩 多羅葉 馬場晴世 46
詩 ほんとうに存在しないもの 森永かず子 48
詩 心中をしてもいいような人 大坂宏子 50
回想
「立原遣造を偲ぶ会」当時のこと 渡邊俊夫 52
中教出版での小山さん 宮崎豊 56
関東短大時代の小山先生 新井悌介 56
感泣亭アーカイヴズ便り 58
>熊崎様
加藤鎮之助氏といふのは骨相からして最前列左から2人目でせうか…。
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