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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板

432やす:2009/09/13(日) 13:21:43
『新編 丸山薫全集 全6巻』その2
 『新編丸山薫全集』が到着しました。早速「補遺」の第6巻目をぺらぺらめくってゐます。加納高校ほか、岐阜県の学校の校歌を作詞されてゐたとは知りませんでした。地元がらみでは「うかいのうた」なんて詞も収録。(『中部日本新聞』昭和30年5月30日号)

「うかいのうた」

ながれを くだる うかいぶね
えぼしの おじさん つなもって
ホーホーホイと こえ かけりゃ
てじなの ような はやわざで
みずを くぐって アユをとる
ふしぎな とりよ うのむれよ
あれ また くぐる それとった
へさきの かがりび もえたって
きらりと おどる ぎんのいろ
けれども うしょうに たぐられて
せっかく のんだ そのサカナ
のどから みんな はいてだす
はいては のんで またもはく
なんびき たべても ハラペコの
うのとり くろい よるのとり(93p)


 「座談会」記録や「来翰集」も興味深いです。亡き盟友三好達治の詩業を俯瞰して、詩篇ごとに詳しいコメントを付した50ページ余りは、原本が『世界の名詩9 三好達治詩集』(講談社1969)と聞くと、なんだか古本屋の平台にうち捨てられてゐさうな本でありがたみが感じられないのですが、かうして全集にまとめられると貴重で、ハッとさせられますね(429-481p)。また『新しい詩の本』(筑摩書房1952)といふ入門書で子供向けに詩を説いてゐるのも、戦前の口語抒情詩人たち作品から、どんなテキストが選ばれたかといふ興味とともに、易しいながら的確な解釈が、山形の小学校の教鞭をとったそのままの肉声として伝はってくるやうです。

「風と花(田中克己)」

 これはおとうさんの気持ちをのべた詩です。この本のはじめのほうでのべた「たかの羽(※永瀬清子)」という詩が、わが子への希望にみちたおかあさんの詩だったのとははんたいに、「風と花」は、子どもをなくしたかなしいおとうさんの詩です。
 このおとうさんがなぜかなしいかは、詩を読めば、だれにでもすぐわかります。どんなふうにかなしいか、どのくらいかなしいかが、あじわってみたいところです。
 風の吹く日に子どもが死んだので、風の音がきこえる夜には、子どもをおもいだします。死ぬまぎわに子どものいったことばをおもいおこすからです。季節は春になって、いろんな花が咲くのに、このおとうさんの気持は、そとの明かるいのとははんたいに、いいえ、明かるければ明かるいほど、なおいっそうかなしいのです。ある日、庭の大きな木蓮の木に花がさいたのでその木の下でよくあそんだ子どものことをおもいだして、いよいよたまらなくなりました。そしてその晩、ねていると、死ぬときにいった子どもの声が、ほんとうに耳にきこえたようにおもいました。いそいではねおきて、雨戸をあけてみると、風がきて、木蓮の大きな花びらがポタリとおちるところでした。
 春には花が咲きます。花は、草や木の、明かるいいのちのしるしです。ところで、いけないことに、春には風がよくふきます。風はむごたらしく、その明かるいいのちのしるしを散らしていきます。この花と風との二つのもののとりあわせが、子どもをなくしたおとうさんのかなしみを、読む人にもわかるように生かしています。そこのところをあじわってください。
 うれしい心も詩になります。かなしい心も詩になります。かなしい心を詩にあらわして、読む人にわかってもらうことで、このおとうさんの気持も、いくらかははれたことでしょう。
子どものことばだけをかたかなにしたのは、そのほうが、おさない子どもの気分があらわれると、作者が考えたからです。(400-401p)

 そして今回の編集では初めて、戦時中の「愛国詩」群も公開されることになったのですが、30年ぶりの全集の意義といふか、心残りに対しての清算といふか、目玉には違ひないのですが、私はこれを分売不可とした理由のひとつぢゃないかとさへ思ったことです。前回編集時にお蔵入りとなった愛国少年詩集『つよい日本』(国民図書刊行会1944)をはじめ、雑文でも、例へば山川弘至と杉山平一といふ二人を並べて誉める書評なんかが収められてゐます。尤も考へてみれば、お二人とも処女詩集を戦時中に刊行せざるを得なかった同世代の詩人なのですから驚くことではないのでせうが…。

「新らしき個性…-近刊詩集の感想」(『日本読書新聞』昭和18年3月20日号)

 詩が自己のはげしく郷愁するこころから出發する。詩が自已のはげしく憎むこころから立ち上がる。またはげしく憧れるこころから歌ひ出す。しかもそれらの個人の憧れなり、憎みなり、郷愁なりが、そのままに國土への郷愁なり、民族の憧れなり憎しみにつながる。國土に生ふる草木のなかの一本として郷愁し、民族の中のひとりの自己として憧れ悩む。――民族の血の中の一血球としてこころ――國土の相貌を帶びる一個性としての性格――さうした詩がいま若い詩人たちの中から生れやうとしてゐる。
 まほろば叢書(大日本百科全書刊行會)の「ふるくに」(山川弘至)を手にして、僕はこんな理想論的なことを感じてゐる。ここには單にいまの若い人達の誰しもが一應抱いてゐる國家とか民族とか郷土とかの觀念はない。詩人はやはりみづからに發する情緒で歌ひ、それは飽くまでみづからの個性に終始するがごとくにうけとれる。にも拘らず、それら個性をとほしたもののひびきは悉く波紋してより大きな、よりひろい彼岸にまで共鳴する。かうした大■な詩の効果は、やはりその詩人の個性の「在り方」に由來するものとしか思はれないのだ。(■不詳)
 嘗て理想を見失ひかけた一時代があつて、その現(うつし)みの中に時代と全く切り離されたが如き詩人の個性が無方向にポツンと存在した。詩はその個性に孑孑(ぼうふら)が湧くやうに發生し、その個性に閉じこもることによつて個性をすら失つてゐた。それと反對に、いまや明かに一つの目覺ましい黎明がきてゐる。日本がうごき、世界が動くときに、世界の脈搏の中にある日本と、日本の脈搏の中にあるみづからを感じることによつて、詩は詩人のそれぞれの個性をとほして、その個性が代表する、より大きな民族の聲音にまでも達しやうとしてゐるのだ。
 別の例として杉山平一の「夜學生」(京都市左京區田中門前町第一藝文社)をとらう。
ここには愛情をもつ詩人の個性からする二つの異なつた方向をとる反射がある。一つは詩人みづからと、みづからと同じ時代と環境に育つた知識人に對するものであり、一つは詩人のはたらく一工場の勞務者達へ向けられたものである。この二つの反射は屈折に富むこの詩人の個性をとほしてそれぞれに、微笑ましく巧みな作品を作り上げてゐる。しかもその現れが詩人の個性をいつさうはつきりと示してゐるかといふ問題になるなら、僕は躊躇なく後者の系列にある作品を數へるであらう。
 詩人の個性の位置は現実の只中にあるべきだ。みづから狹めることなく、思ひ切つてもののまん中に置かねばならない。(496-497p)

 安智史氏による解説(749-762p)でも、これまでの批評家たちが避けてきた部分、すなはち丸山薫が「純粋詩人」と「公的要請に係る詩人」の二面で身を処してきた結果としての、戦時中の社会的責任の自覚についてが踏み込んで語られてゐるのですが、もはや「戦争詩即ち悪」といふ図式的な偏見が無効である現在、この解説のなかではむしろ「大正期民衆詩人たちが主張した詩の民衆化の理念を、戦後から大衆社会にむかおうとする社会状況の中で、図らずも拡大再生産する立場に立った、といえる側面もあるだろう(762p)」と、戦後、豊橋に隠棲した後の地域活動に対して、はっきりした物言ひがなされてゐます。確かに校歌の作詞や「うかいのうた」なんてのはその産物でせうし、もっと云へば、中央に現れた若い戦後現代詩詩人たちの作品に賛意を送る「進取の気性」は、昭和15年当時のヒトラーに寄せた期待(560p)と、そんなに根が違はないやうに私には思はれる。また戦前に「朝鮮」といふ詩に発露した詩人の自覚が、無名のファンだった小田実少年の出世を喜ぶ(379p)一方で、中河與一の人と文学を擁護する一文ともなる(340p)。しかしそれは天邪鬼でなく日和見でもなく、恒産者でない詩人、外国語も堪能ではなかった丸山薫が守った誠実さの表れ方だったと、私は思ってゐます。ここから窺へるのはただ、時代とともにありながら右往左往しない人間性への信頼とも呼ぶべきものではないでせうか。頂点を見定め難い「山容」に生える雑多な草木が、二段組で1032pもあるこの「補遺巻」一冊にはびっしり植わってあって、従来の「丸くて大きな山」といふ表敬的な印象をかきわけて、実地に入り込むことができるやうになった、といふのが私の感想です。

 ただ、この一巻の為に分売不可の全6冊を抱き合はせで買はなくてはならないのはよいとして(笑)、残念なのは、『中原中也全集』のときと同様、造本が並装になってしまったこと、各巻巻頭に写真が一葉も収められなかったこと、そして私の大好きな(笑)「月報」がなかったことでした。さきに出た全集をそのまま再刷して付すなら、写真や月報もなければ仕切り直しにはなりませんし、前回と同じ装釘でこの6巻目だけを刊行したらよかったのです。いっそ別巻として、写真をあつめた「文学アルバム」、さらに第4次「四季」終刊号で行はれた追悼文を補完して「回顧」の巻など望みたいところですが、現在詩人の顕彰を街ぐるみで行ってゐる豊橋市の力を俟ちたいですね。


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