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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板

347やす:2008/05/17(土) 23:24:36
『梁川星巖翁 附紅蘭女史』読書ノート
『梁川星巖翁 附紅蘭女史』読書ノート (閑人専用)

 こんばんは、黄巒書屋の稲津康之介です(笑)。
 予告の通り、伊藤信先生の名著『梁川星巖翁 附紅蘭女史』(大正14年, [西濃印刷株式会社内]梁川星巖翁遺徳顕彰会刊行)の読耕を開始しようと思ひます。

 今日までに梁川星巌とその妻紅蘭を扱った伝記といふのは、これを嚆矢として何冊か存在してゐるやうです。郷土の口語詩人武藤和夫による『勤王詩人梁川星巌』(昭和17年)、青年期の星巌を扱った中谷孝雄の小説『梁川星巖』(昭和18年)、東京に移転した子孫の稲津家、孫曽氏による『先覚詩人梁川星巖』(昭和33年)は、資料の引用に誤謬が散見されるのが残念、大原富枝氏の『梁川星巌・紅蘭 : 放浪の鴛鴦』は星巌夫妻の旅程に沿った西日本紀行が描かれ、なかで伊藤信について「この種の研究家にありがちな惚れ込みよう…空疎な讃辞があまりにも多く」(84p)と苦言を呈してゐます。その他専門書に載せる解説をはじめ、最近はまた『梁川星巌・紅蘭「京への道」桑名・ひとときの休息』(伊藤宗隆氏)なる地方出版書もあらはれました。しかし要するに、詩人の事跡はもらさず伊藤氏の「フィールドワーク」によって集められ、最初にして最大であるこの伝記本の中に収められてゐるのであって、けだし『梁川星巌全集』の全詩篇解釈の偉業とともに、すべての後続書が、唯一最善の参考書の著者として伊藤氏を仰いだことは、氏自らの例言を一読すれば納得ゆくところでありませう。このホームページ風に謂ふならば、伊東静雄や蓮田善明の伝記を書いた小高根二郎さんのやうな方、まづはそんな感じであります。もとより大正年間に成った著作ですから、巻頭の賛序はじめ、古色蒼然たる建前を有してはゐますけれど、為に詩人が今日忘却される原因となった「皇国思想による贔屓の引き倒し」は、この本において戦争中のやうなヒステリックのものとは思はれず、私には、(少なくとも冒頭からしばらく読んだかぎりでは)、憶測を以て断定せず、異説があれば紹介する労を惜しまぬ態度に一層の敬服を感じました。むしろ勤王思想について云ふならば、江戸時代後期に在野にあった詩人たちの、在野たる自負が、そのひそかな「反骨」のよりどころに据えてゐた概念として理解すべきなのであって、これを鬱々たる志として理解してゐる点では、同じ「反骨」でも星巌をヒッピーに譬へる大原富枝氏より、むしろ江戸時代に近い、今は喪はれた忠義の倫理が活きてゐた戦前文化圏の叙述に、一度寄り添って読んでみるのもいい、さう考へてみるのでした。古めかしい叙述が却って目下の漢字修養に適する点など、僻字癖がある詩人自らの詩篇より、むしろ伊藤氏の教養に裨益を蒙ることが多いんぢゃないかな、そのやうに思ってゐます。

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