[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
331
:
やす
:2008/03/19(水) 09:07:31
上巻読了。
『菅茶山』上巻読了。
ほぼ二百章ある大冊を、機械的に両截製本してゐますが、物語そのものは途中の、茶山先生五十四歳のところ、怙恃なく、子無く、師友も喪ひ、通常の江戸時代文人ならここらを以て終るあたりが、所謂「分水嶺」のやうであります。
「ところで、寛政はこの年十二年を以て終り、翌年は享和と改元されたが、足かけ十二年にわたった寛政年間は、茶山にとって身邊多事の時期であり、多くの親族や知友たちがこの世を去っていったのであった。
先ず寛政三年二月に茶山の父樗平が歿し、同八年二月には母半(はん)が死んだ。そして十二年八月には弟恥庵が京都で客死したのである。また、同僚や先輩のうちでは、二年十二月に中山子幹が、六年七月に佐々木良齋が死に、そして十年十一月には、茶山が最も畏敬し、親愛した西山拙齋が歿したのである。五十歳を過ぎた茶山の身邊は次第に寂寥の影を濃くしていたと言ってもよい[・・・]
が、やがて享和を経て、文化年間に入ると、伊澤蘭軒や、頼山陽や、北條霞亭のような、年齢からいって親子ほども差のある、若い世代の人々が、次第に多く、茶山の身邊に現われるようになったのであった。」(76 章435p)
静かに消えゆかうとする埋火を、掻き立て、引っ掻き回す役割を演ずる頼山陽をはじめ、「江戸後期の詩人たち」の主役級が次々に登場してくるわけですが、なんといっても山陽青年の、出奔、捕獲(笑)、謹慎、廃嫡となったその後の動静に沿って話は進みます。ここに至って『伊澤蘭軒』とも接続、何やらこの本も下巻が賑やかさうな気配。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板