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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
300
:
やす
:2007/12/01(土) 20:29:46
「感泣亭秋報」第二号
??横浜の小山正見さまより「感泣亭秋報」第二号をお送り頂きました。ありがたうございました。
御存知のやうに「四季」の詩人小山正孝を偲ぶ年刊雑誌ですが、私にとって今回一番の読み物は、感泣亭例会での八木憲爾氏の談話を記録した「小山正孝と「四季」」でありました。歯に絹を着せぬ懐かしいお話しぶりが目に浮かびます。戦後角川書店から出た第三次「四季」の創刊号が一万部で半分以上返品、第五号の最終号に至っては千部出して売れたのが三百部といふ「討ち死」の実情など、はじめて知りました。ちょうど同じ頃、詩人も自らが中心となり、戦前「四季」で育った若手第二世代を結集して「胡桃」といふ雑誌を創刊してゐるのですが、八木会長のお話を敷衍すると、「四季」の露払ひ(もしくは斬り込み隊?)をする筈だったこの雑誌の収支も、そら恐ろしいやうな気がいたします。「夏季号」と銘打ち、季刊のつもりだったやうですが、189pといふ大部の冊子を一体いくら刷ったものでせう。この話は出なかったやうですが、実に雑誌「胡桃」は、一冊きりで終ったものの、混迷する戦後詩壇に抒情の正統を問ふ意気込みを感じる誌面で、みなさんが仰言る詩人の意外な一面の、これもひとつだらう、などと私は感じてをります。
また近藤晴彦氏の一文「小山正孝の詩の世界」では、リアリズムに長けた詩人が小説道に精進せず「立原ソネット」の呪縛に苦しんだことを惜しみ、しかも残された小説よりも詩の方に、より物語的余韻が馥郁と感じられる矛盾(?)についても指摘されてゐて、相槌を打ちながら拝読しました。尤も詩人が苦しみつつ書き継いで行った、情慾と実存の淵を垣間見せる戦後詩篇といふのは、(前にも書きましたが)私にはアルコール度が強すぎて堪能することができず、その分、伊勢山峻氏が口を極めて称賛されたところ、「水の上」をはじめ詩人の最初期の詩篇群に一層の愛著を覚えます。かの雑誌「胡桃」とともに赤坂書店から出された仙花紙の処女詩集『雪つぶて』を愛蔵してゐるやうな始末です。
とりいそぎここにても御礼を申上げます。ありがたうございました。
https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000426.jpg
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