[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
26
:
やす
:2005/04/14(木) 22:40:23
日本古書通信909号
日本古書通信909号本日落手。人魚の嘆き様の連載「続署名本の世界」は、新著の予告とともに、『在りし日の歌』(刊行)世話人からの中島健蔵宛献呈本、『愛する神の歌』立原道造宛献呈本、高森文夫詩集『浚渫船』の中原中也宛献呈本の紹介が。人魚の嘆き様は「生前の著作は中也より少ないが、トータルの署名本の現存部数は確実に立原のほうが多いであろう。」と書いてをられるが、数多くの現物に当られてゐるひとの言葉だけに留意したい。
ただ文中最後にふれられてゐる「中原中也研究」創刊号(1996.3)所載の高森文夫に関するエピソード(福田百合子 中原中也『山羊の歌』初版の周辺―高森文夫訪問を機に)を、恥ずかしながら私はまだ読んでゐない。高森文夫氏自身が書き残したパッションあふれる好エッセイ(過ぎし夏の日の事ども―中原中也全集月報?1967.11)を、もう少しときほぐしたものだらうか。高森氏とは一度田中先生宅まで御案内したことがあるけれど、阿佐ヶ谷駅までの行きかえり、たうとう中原中也のことは訊けず終ひに了った。たまたまネット上でお孫さんが想ひ出を書いてをられるのをみつけたが、“シリアス系のキャラ”といふか、初対面から飛び込んでゆける詩人ならではのキャラといふ訳ではなかったことが残念であった。その後、『舷灯』といふ全詩集をお送り頂いたが、それならもっと強引にお話を伺っておくべきだったのだ。
>凌霄山人さま
「江戸の職業文人の詩にはイライラさせられます。」とありますが、たとへば「婆娑たり」なんて言葉、よく出てきますがたしかに実感沸きませんね。もちろん私の修行が足りないせゐでせうが、実際の刊行物としての詩集が手許になかったら、江戸時代の漢詩にこんなに入れ込んでゐたものかどうか。「原質の意義」なんて嘯いてゐますが所詮は玩物喪志の類ひかもわかりません。
ではでは。ごん太のおなかの具合が心配です。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板