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主観性の自覚と責任と支配

2ヤクチャン:2025/12/08(月) 17:26:54
ここで第一コメントとして、私が「主観性の自覚と責任と支配」について、どのような思想家を参照し、どのような角度から理解してきたのかを少し紹介します。今回紹介する学者はフッサール、キルケゴール、サルトル、フーコーの4名です(他にもプラトン、カーネマン、アーレント、アルチュセール等を参照していますが、ここでは4名に絞ります)。

まずフッサールの「意識の志向性」です。これは「主観性の自覚と責任と支配」の全体に関わる要素です。私は「行動を評価する前に、意識が何に向かっているのか」を問う視点として取り入れています。つまり、意識がどこへ向けられているかが、合理性や責任、そして他者・自己への支配(影響)を決めているのではないか、という点で重要だと考えています。

次にキルケゴールの「主体性真理」です。これは主観性の自覚を向上させる要素として扱っています。主体性の真理を理解することで、自分の発言や価値づけが「客観」ではなく「主観」に基づいていることに必然的に気づくことができます。つまり、自分の語りはあくまで主観である、という視点に立てるようになります。

次にサルトルの「自己欺瞞/レッテル貼り」についてです。これは主観性の無自覚が他者支配へ繋がる構造を指摘するために取り入れています。相手に貼ったレッテルは真実なのか? いや、それは「自分が相手をそう評価しただけ」ではないのか? という問いが立てられます。評価や決めつけを真実として扱う態度が支配へ繋がる、という構造をつかめます。

最後にフーコーの「規律権力/パノプティコン」です。これは、主観性の自覚や無自覚がどのように責任と支配に影響しているのかを分析する際に重要となります。規律権力によって支配されていること、規律権力によって正当化され、責任を放棄していることなどの「既に習慣化された支配」を可視化するために役立ちます。この構造の分解によって、主観性と責任の問題をより深めて考えることができます。


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