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「トキ」掲示板を語る板

212トンチンカン信徒:2017/02/09(木) 23:34:27
トキ本島版
得意そうに、こんな、
記事を、載せていた?

私は、聞きたくないけど?
母の友人が、雅春先生の録音テープを、聞かせくれる。

その中に?

『うみゆかば』を聞くと
『土左衛門に成ります』
と雅春先生の肉声が、流れていました。

この、”雅春先生マニアの人”

果たし、御ぞんじなのか?

バカは死でも、御目出度い!
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2403:転載

17/02/09(木) 19:47:59 ID:/unfzjeo
http://nipponkakuryoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-c130.html

ネット上で「海ゆかば」の音声があったので、聴いてみた。

まさに、「亡国の調(しらべ)」というのに相応しい、暗い雰囲気に満ちたものであった。ここまで暗澹たる気持ちになる音楽も、珍しい。

讃美歌調で荘厳なメロディーだという意見もあるが、同じ讃美歌調でも、インターナショナルの方がまだましなぐらいだ。

「海ゆかば」は、白村江の戦をテーマにした大伴家持の長歌である。

倭国(九州王朝)と唐との、直接対決となった白村江の戦。言ってみれば、最初の日中対戦であった。

大伴家持がこの歌を歌ったのは、白村江の戦の80年後だという。戦争の悲惨さを忘れぬよう、後世に伝えていこう――そうした思いから、彼はこの歌を歌ったのだろう。

この歌を「戦意高揚」の歌と解釈したら、あまりにも、狭い見方だ。

大東亜戦争から70年以上たった今、あの戦争のことは忘れ去られつつある。私は「戦後」どころか「冷戦後」世代だから、大東亜戦争のことは親に聞いてもよくわからない。

ただ、私の父も戦争の記憶が失われることへの危機感を持っており、大東亜戦争の際の当事者の話を学生時代にはよく聞いていたらしい。そうした話を、よく私に伝えてくれる。

大伴家持も、私の父と同じ思いだったのだろう。

彼は、確かに、天皇陛下のために亡くなった白村江の英霊たちには、「奉慰顕正」の気持ちを込めている。全体として、天皇陛下をたたえる歌でもある。

私も、陛下のために戦った兵士は素晴らしいと思う。(ただし、大和王朝の天皇が善戦で闘った記録はないから、この「大王の 辺(へ)にこそ死なめ」の一節からしても、この歌は九州王朝の天皇の下で戦った、倭国兵士への追悼の意味もあると解釈すべきだ。)

しかしながら、大伴家持は決して「戦争」そのものを称えていないことに、注意すべきだ。

九州王朝の王者である薩野麻は、白村江の戦をはじめとする一連の百済救出戦において、最前線で戦い、唐軍の捕虜となった。その時、大伴家の人間の中に主君である薩野麻を助けるために、自ら奴隷となった者もいる。

当然、薩野麻の身近でなくなっていた兵士も多くいた。それを、大伴家持が歌っていた。どう考えても、「戦意高揚」の歌になどなる訳が、ない。
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知らぬが、仏の法則か?
知ったかブッタ教です。


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