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人事を尽くして天命に遊ぶ板

116トンチンカン信徒:2017/03/12(日) 00:02:04
〜異端派(学ぶ会)と森本学園の関係記事②〜

 つまり、園児たちがわけもわからず「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(危急の事態が生じたら、公のために奉仕し、永遠に続く皇室の運命を助けよ)」などという時代錯誤な言葉を唱和させられているあの光景は、日本会議でも繰り広げられていたものなのだ。  しかし、それも当然だろう。森友学園の教育方針はほとんど日本会議のそれと同一だからだ。森友学園のHPには「天皇国日本を再認識」「皇室を尊ぶ」。「愛国心の醸成」「日本人精神の育成」「道徳心を育て」などと言った言葉が羅列
されているが、これらの多くは日本会議の活動方針の中にも書かれているものだ。また、籠池夫妻がインタビューや行事あいさつで語っている歴史修正主義や軍国主義丸出しのセリフもほとんどは、日本会議のイデオローグたちがふだん、語っているようなことばかりだ。  森友学園は日本会議の運動にも協力してきた。塚本幼稚園では保護者に対して憲法改正を求める署名用紙を配布していたことも明らかになっているが、この運動の大元は「美しい日本の憲法をつくる国民の会」。そう、15年の武道館決起集会では安倍首相もビデオメッセージを送った日本会議の別働隊だ。  よくもまあ、これで「森友学園はネトウヨ」「同じに思われては心外」などといえたものではないか。両者の思想はほとんど同一、それどころか、時系列で追っていくと、むしろ、森友学園や籠池理事長をネトウヨ化させたのは日本会議なのではないか、という疑念さえ生じてくる。  複数のメディアが報じているが、森友学園の運営する塚本幼稚園がこうした軍歌を歌わせたり、教育勅語を暗唱させるような極右愛国教育を始めたのは、そんなに昔のことではない。先代、つまり籠池理事長の義父が経営していた時代にはそういう教育は一切行っていな
かったし、1985年、籠池氏が理事長を継いだ後もしばらくは行っていなかった。  各メディアの報道を総合すると、塚本幼稚園が園児に軍歌を歌わせ始めたのは2002年、教育勅語を暗唱させるようになったのは2005年くらいのことだ。  実は、この少し前、2002年頃に日本会議と深い関係にある「谷口雅春先生を学ぶ会」が発足している。菅野完氏の『日本会議の研究』(扶桑社)によれば、この「谷口雅春先生を学ぶ会」は生長の家の路線変更で教団を離れた元信者たちが展開し始めたファナティックな原理主義運動の中心団体で、稲田朋美防衛相や衛藤晟一総理大臣補佐官など、現在の安倍首相周辺の政治家をはじめ、百地章氏、高橋史朗氏など、安倍首相の極右ブレーンが参加していた。  そして、「週刊朝日」(朝日新聞出版)2017年3月10日号によると、2004年、この「谷口雅春先生を学ぶ会」の機関誌「月刊 谷口雅春先生を学ぶ」5月号に、森友学園・籠池理事長の妻で塚本幼稚園副園長の諄子氏が登場しているのだ。諄子氏は同誌で、病気をきっかけに「生長の家」の創始者・谷口の著書『生命の實相』に触れ、積極的に「生長の家」の活動に参加するようになったことを告白。こう紹介されていたという。
〈籠池さんのご主人靖(泰)憲さんは日本会議大阪の代表・運営委員(※)や多くの会の役員として、淳(諄)子さんは同女性部会理事として活躍し、ご夫妻ともに、公の場においてかけがえのない存在となっているのである〉  その後、籠池夫妻は同会と決裂したようだが、籠池夫人がある時期から「生長の家」の信者で、路線対立がきっかけで夫とともに原理運動である「谷口雅春先生を学ぶ会」や日本会議に参加。そして、極右路線に影響されていたことは確実だろう。  しかも、彼らが安倍首相を個人崇拝するようになったのも、日本会議がきっかけとなっている可能性が高い。森友学園が軍歌や教育勅語を園児に強要し始めたのは、北朝鮮拉致問題をきっかけに当時、小泉政権で官房副長官を務めていた安倍氏が頭角を現し、急速に日本会議への影響力を強めていった時期でもある。  安倍は首相に就任した後、日本会議の特別顧問に就任し、日本会議自体も安倍政権の別働隊のようになっていく。その過程で、籠池氏は安倍の歴史修正主義や戦前復活思想に共鳴し、園児に「安倍首相ガンバレ」と宣誓させるくらいに心酔していったのだろう。
※※※※※※※※※※※以下③へつづく。


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