したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

架空対談

2灰人@スキゾキッズ:2015/12/31(木) 15:11:17 ID:.2xE0d.k
E「こんにちは」
「よぉ、基地外」
「よぉ、バカ」
E「今、壇蜜さんの写真集を見てヌキたい気分です」
「はぁ?」
「私も小腹が空いてきた」
「ラーメン食べたい!」
E「ところで従軍慰安婦問題はどのように思いますか?」
「韓国が勝手に捏造した事で現実には存在しなかった」
「左派のマスコミが韓国に情報を売り込んで、そこから韓国政府が日本政府への外交を有利に進めるためによく言うようになった事だ」
カレーパソマソ「従軍慰安婦が存在したという公文書を示して欲しいよ」
E「ところで女性は男のどういう映像を見て性的慰安の対象とできますか?」
mixi思想・哲学コミュニティ副管理人「知らねぇーよw知り合いの女性に聞いてみたらどうですか?」
E「いやいや、あんたのところのコミュニティの管理人の女性、なんか威張っているけど
「黙れ!」
E「ところで他人の重要度はどのように決めていますか?人間は平等で人に迷惑をかけない限り自由に生きていていいというのはウソなんですか?」
玲奈「意味が分からない」
D「権威主義的性格にとっては全ての存在は二つにわかれる。力を持つ者と持たない者と。それが人物の力によろうと制度の力によろうと、服従への愛、賞賛、準備は、力によって自動的にひきおこされる。力は、その力が守ろうとする価値のゆえにではなく、それが力であるという理由によって、その人を夢中にする。その人の「愛」が力によって自動的にひきおこされるように、無力な人間や制度は自動的にその人の軽蔑をよびおこす。無力な人間をみると、彼を攻撃し、支配し、絶滅したくなる。権威主義的性格は、人間の自由を束縛するものを愛する。権威主義的性格にとっては、行動は根本的な無力感に根ざしている。この意味における行動とは、自己よりも高いなにものかのために行動することを意味する。その人にとっては、力がかけているということが、つねに罪や劣等感のまちがいのないしるしである。そして、もし信じている権威が弱点をあらわすと、その人の愛と尊敬とは、軽蔑と憎悪とにかわる。権威主義的哲学においては、平等の観念は存在しない。権威主義的性格は、ときには平等という言葉を、習慣的に、あるいはその人の目的に便利であるという理由で、使うこともある。しかしそれはその人にとって、どんな現実的な意味も、また重みもない。その人にとっては、この世界は力をもつものともたないもの、優れたものと劣ったものとからできている。優越と劣等のしるしを意味しない差別を、その人は考える事はできないのである。問題は、自分をうしなわないために<下に見たい相手>をどのように操るかということ、自分の望む事をどのようにして彼にやらせ、さらにどのようにして自分に責任のあることを<下に見たい相手>の責任とするかというところにある。もっと極端な場合には、人生をただ<下に見たい相手>を操る事だけで過ごすこともある。あるものは苦悩を操縦のためのおもな方法としている。そこでは結局どのような感覚、思考、感情も、<下に見たい相手>をあやつろうとする要求によって、彩られている」
C「玲奈は権威主義的性格で間違いない、と」
D「じゃあなぜ「弱くある自由」なんていう本を買って読んでいたのだろう?」
玲奈「Eとはじめてあった時、僕は生まれて初めて自由になれる気がした。これは本当だぜ」
E「エーリッヒ・フロムに関する勉強会とか、どこかでできないのでしょうか?」
C「君は本と友達になり本と寝る傾向があるのかな?」
D「本田貴之ファンクラブを盛り上げていこう!」


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板