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アウトローに関する雑多なログ

375・゜*ヽ(´ー`)/。・゜*:2013/02/24(日) 17:50:43
12 :名無しさん@3周年:2012/02/16(木) 17:04:13.12 ID:k2nEb0CT
国民と指導者の運命共同体

 ある民族の勃興と繁栄とは、要するにその民族の中にいる貴族の分子が、肉体的にも精神的にも
健全であるかないかに因って、非常に左右されるものであって、この関係は歴史の経験から判断
しても、殆ど疑うことの出来ぬ明らかな事実なのである。一国に健全な貴族が存在しておればこそ、
国民は始めて道徳並びに国家の繁栄に導かれて行くものだ。反対に肝腎の貴族が弱くなるか或いは滅びて
しまうと、それに依って指導されていた国民一般もまた必ず萎縮する。従ってその萎縮を避けようと思え
ば、そういう危機に先立って、今までの貴族に代りうるような、何らかの新しい指導者層を、その上
に載せなくてはならぬ。『本来優秀でそして支配的であった貴族が、一旦その富なり教養なり政治的
精進の力なりを失ってくるか、或いは貴族以外のほかの人民層が、之に取って代りうるような状態になる
と、今までの貴族には自分の支配に対する確信がなくなり、従って、その国家は病気にかかったも同然
で、果ては憲法の改変も不可避となる』(トライチュケ)だから国民全体と、之を指導する層との間に
は、極めて密接な一個の運命共同体という関係が成立する。

リヒャルト=ワルター=ダレー著 「血と土」

13 :名無しさん@3周年:2012/02/16(木) 17:05:33.79 ID:k2nEb0CT
族と意識的指導者主義

処が国民の指導が、ただ国民の優秀な層の手に委ねられているというだけの条件で、その優秀な才能
が何ら世襲的鞠養も育成もされないで放ってあるような場合には、その国民なり或いは国民の天分
なりというものが、やがてはきっと元も子もなく浪費され、荒れ果ててしまうに決まっている。素より、
一時は国民中のいい部分が上に立って支配しているのであるから、その限りにおいて、国が繁栄の域に
達しないという訳ではない。だがその繁栄は一時的な現象に過ぎない。その適例は近世における民主
主義の諸国の歴史である。即ち今まで貴族主義が支配していた所へ、忽然民主主義が取って代ったよ
うな国では、国内の体制がスッカリ変ってしまうのであるから、それまで下積みになっていた随分働き
のある有能な人間が、新たに人民の上層に立って、善治を行なうことも出来るだろう。だがこの民主主義
というものは本来妙な性格の持主であって、世襲の伝統に基づく人間の不平等を何よりも嫌いだという
のだから、今まで国民体の中へ遺伝的に植えつけられた値打ちのある能力などは、なるべく発揮させない
よう、頻りにこれを妨害したり、破壊したりしがちである。そこには民主主義の一番大きな欠点が発見さ
れる。即ち民主主義が台頭すると、一時は大いに栄え得ても、歴史の長い眼から見ていると、不思議に
も国民全体としての才能は次第に萎縮し、文化が枯死してしまうのが普通である。一体その原因はどこ
にあるのだろうか、との疑問はよく起る処であるが、右に述べた事情は、それに対する立派な答えの
鍵となるだろう。

リヒャルト=ワルター=ダレー著 「血と土」


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