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アウトローに関する雑多なログ
346
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・゜*ヽ(´ー`)/。・゜*
:2012/12/29(土) 13:01:06
明治天皇になった大室寅之佑を京都の御所に訪ねて、イギリスの外交官たちが謁見します。その時にイギリスの外交官の一人が日記に書いています。『御簾(みす)の中に大男がいた。顔色は真っ黒だった。唇に赤い紅を差していた。とても異様であった』。これは本当に異様な話なんです。孝明天皇というのは肖像画も残っていますが、細面の男です。そして睦仁(むつひと)というのがその子どもですけど、中山慶子(よしこ)と孝明天皇の間に生まれたのが明治天皇になる睦仁です。明治天皇になった大室寅之佑は中山慶子に一回も面接していません。僕はずいぶん調べました。一回も面接しない親子というのがあるでしょうか?ドナルド・キーンというのが明治天皇について書いてます。彼は一回だけ面接したというのを創生し親子の情を書いていますが、それとて一回だけしか面接をしたことがない。親子でありながらしかも一回も会ったことが無いというのは、これはもう正常ではありません。
それで中山忠能(ただやす)は公卿なんですけど日記をつけていて、『睦仁というのは非常に身体が弱くて細くていつも泣いていた』と。そしてまたある日記に突然彼は『奇兵隊天皇が生まれた』と書いてます。奇兵隊というのは高杉晋作が創り、大室寅之佑もそれに参加しました。特に身体が大きかったから、『力士隊』というのがありましたがその一員です。その『力士隊』の一員である大室寅之佑は、伊藤博文が大事に育てました。伊藤博文の家は大室寅之佑の家から歩いても、昔の人だったら30分ぐらいで行くんじゃないでしょうか、近いところに住んでいます。彼は伊藤博文に大事に育てられて、明治天皇に仕立てられたと私は思うんです。それは『奇兵隊天皇』という言葉を、中山慶子のお父さんがはっきり書いています。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/687.html
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